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 人間たちが大いに楽しんだクリスマスパーティーは、その楽しさなどわからないだろうロボットのくぅまで、浮かれて帰り道に歌ってしまうほどの盛況ぶりだった。

 一緒に帰ってきた太郎が、くぅと一緒になって歌っている。
 そのすぐ後ろを、正史は楽しそうに笑って追いかけてきた。

 二人とも、飲んでいたアルコールは残っていないらしく、普通の顔色で普通の足取りだ。
 さすがにコップ一杯程度では酔わないらしい。

 やがて、歌に飽きたらしい太郎が文也の顔を覗き込む。

「ねぇ、さとっち」

 その太郎の表情は、興味津々、な感じで、思わず文也は身構えてしまったのだが。

「くぅの歌って、特許になるの?」

 その問いは、くぅが歌うことのすごさを太郎は認識している証拠に他ならず、文也はそう問いかける太郎に嬉しそうに笑いかけた。

「残念ながら、ならないよ。ロボットじゃないけど、デジタル音声に歌を歌わせる特許は、すでにアメリカで許認可が出てる。ただ、まぁ、日本語で歌う、っていうのは、まだ初めてだと思うけどね。特許にはならないよ」

 そっかぁ、と残念そうに答えながら、しかし、太郎はその説明に引っ掛かりがあったらしく、首を傾げる。

「日本語で、って注釈は、もしかして、意味がある?」

「言葉を発する仕組みが違うからね。英語と」

「仕組み?」

 聞き返しながら、太郎にとってはまったくの専門分野外だというのに、面白そうに身を乗り出す。
 周りで聞いている優と正史も、聞き耳を立てた。

 文也は、実に専門家らしくない、とも言えるのだが、彼らに専門分野に関わる説明をするとき、簡単にかみ砕いて説明してくれる。
 それは、この中では一番回転の鈍い優でさえ、へぇ、と必ず納得させる、実にわかりやすい説明だった。

 だから、文也が説明をするときは、全員がそれに聞き入るのだ。
 知識欲を程よく満たしてくれるので。

「基本的に、音を発する単位が違うんだよ。言語と文字の派生過程による違いだと言われてるけどね。英語は、単語ごとに発音があって、日本語は五十音なんだ。同じ表音文字でも、アルファベットは前後の関係で音が変わってくるけど、ひらがなカタカナはそれぞれに決まった音で、それを繋げばだいたい意味の通じる言葉になる。実際、方言なんて同じ言葉でもイントネーションが変わってくるし、それでも何となく通じるでしょ?」

 そのあたりの違いは、知らない単語に当たった時に、如実にその違いが現れてくる。
 日本語なら、ひらがなをつなげはとりあえず読めるが、英語は何となくの語感だけで、それが正解することも意外と稀だ。
 まぁ、日本語の場合、それが漢字で書かれていたらどうしようもないので、同じと言えば同じなのだが。

「でも、じゃあ、くぅが持ってる日本語の発音辞書って、英語より簡単?」

「それが、そうでもない。英和辞書、覚えてる? あそこに、発音記号って使われてるでしょ?」

 言われて、思い浮かべた図は、おそらく3人ともほぼ同じだろう。それぞれに、うん、と頷く。

「英語では、あれに似たものが使われてる。あの記号、五十種もないからね、英語の発音辞書の方が簡単」

「じゃあ、五十音を発音記号で表現すれば良いんじゃねぇ?」

 そんな提案をしたのは優で、しかしそれは、太郎に否定された。

「それは無理だと思うよ。英単語の読み方をひらがなで書き表せないのと同じで、逆もまたしかり」

 それが当たりだったようで、文也もこくりと頷いた。

「英語の音と日本語の音は違うからね。まぁ、似たようなことはやってるんだけど、まったく同じとはいかない。でね、この先がちょっと専門的なんだけど。音って、空気の揺れで伝わるのは知ってるでしょ? その揺れ方を変えてあげることで、音を作るんだけどね。歌って、その微妙な揺れと音域の波を利用して音程を変えて作るんだ」

「揺れと、波?」

「ま、そんなもんだと思っておけばいいよ。1か0かのデジタルじゃないって事。コード接続でも無線でもそうなんだけど、通信には波を使ってて、その波長の上下で0と1を連続して送ってるの。まぁ、目で見えないからわかりづらいよね。波長計を見ればなんとなく、あぁ、って思うと思うんだけど。んでね。その波を、五十音に当てはめて丁度良い音域になるように、波の幅を変えていくんだけど。くぅは、まだ全部の音を調節し終えてないんだ。だから、歌える曲は今日の3つだけ。「きよしこの夜」までは間に合わなかった」

 音階を持ってない音は平音になっちゃうけど、歌わせてみる?

 そう、文也が提案すると、太郎と正史は揃って頷いた。傍らで、調整前のくぅを知っている優が笑いを押し殺した。

 もともとは4曲歌わせる予定で、音符は覚えさせてあるらしい。

「くぅ。きよしこの夜、歌って」

 言われて、文也の腕に抱かれているくぅは、こくん、と頷いた。
 それが賛美歌であることは教えられているらしい。胸の前で手を合わせ、両手の指を絡める。

『きーよしー、こーのよーるー』

「うわ。くぅ、音痴」

『むぅ。たろちゃんに笑われたぁ』

 えーん、と泣き真似をして、くぅが文也に抱きつく。
 それを受け止めてあやして、文也は優と顔を見合わせると、堪えきれずに笑い出した。




 優がくぅに翌日のアラームを解除するように指示をして充電器に置いている間に、文也は留守中に来ていたメールを確認する。
 1、2通の迷惑メールと、1、2通のダイレクトメールと、メールマガジンと。

「あれ? カインからメールが来てるよ。添付ファイル付き」

 言われて、優もそれを覗き込んだ。
 開封してみれば、「Merry Cristmas!!」の本文と、ビデオレターのつもりらしく、MPEGファイルの添付があった。

 ウイルスチェックを通して開いてみると、その画面上いっぱいに、文也に面影の似ている欧米人らしい顔つきの男の顔が現れた。
 カイン、とは、文也の父親の従兄弟の子供で、ようは親戚である。
 そして、アメリカでは第一人者と呼ばれる、ロボット工学者だ。

『メリークリスマース!! アーンド、ハッピーバースデー、マサル!! (楽しんでるかい、二人とも。この良き日に、二人でたくさんたくさんイチャイチャするんだろうね。良いなぁ、羨ましいよ。また、遊びにおいでね)チャオ』

 総時間数、30秒。嵐のように現れ、あっという間にメッセージは終了した。

 ディスプレイを見つめる二人の視線は、その人の良さそうな男の顔に釘付けだ。
 しかも、あっけにとられている。

 しばらくして、背後からそれを見つめている優を、文也は振り返った。

「ハッピーバースデー?」

「……あぁ、うん。25日。言ってなかったっけ?」

「聞いてないよぉ。ひどい、カインには言ってるのに、どうして僕に教えてくれないかな」

「いや、っていうか、教えたかな? カインに……。あぁ、教えたかも。花火作ってるときに、ところでマサルは?って言われて」

 そうか、あの時か、などと優は一人で納得していて、文也は拗ねたように唇を尖らせてふくれて見せる。
 それから、自分よりは余程逞しい恋人の胸に抱きついた。

「教えてくれなくちゃ、ダメじゃない。大事な日なんだから」

「あぁ、うん。ごめん。忘れてた」

 別に良いんだけど、と誤魔化しながら謝る優を、文也は叱る目で見上げて、甘えた様子で胸に頬を押し付けた。

「誕生日のプレゼント。何が良い?」

「別に、いらないよ?」

「だって、僕、花火もらった。嬉しかったから、お返ししたい」

 だから、欲しいものない?と聞かれ、優は首を傾げる。
 特にない。と答えるしかない。
 文也がここにいるから、他には何も必要ないのだから。

 思って、ふと、顔を上げた。

「ホントに、おねだりして良い?」

「いいよ。何でも」

「文也が良い。文也さ、今日、上乗ってよ」

「はぁ?」

 一体、急に何を言い出すかと思えば、と呆れた声で聞き返した文也は、もう一度優のおねだりを反芻して、遅ればせながら顔を真っ赤にした。
 耳まで真っ赤になって俯いてしまう。

「上、乗るの?」

「ダメ? 文也、いつも恥ずかしがって見せてくれないんだもん。ね、今日はお願い。俺の誕生日なんだから」

「……自分で、動けないかも」

「いいよ、そしたら、下から突いてあげる」

 本気で恥ずかしがって顔をみせてくれなくなった文也に、優はさらにイジワルっぽく、エッチな言葉で攻め立てた。もうすでに、文也を煽り始めていて。

 そっと文也の大事なところに指を這わせる。
 背中から抱きついているから、何でも好きなように出来てしまう。
 真っ赤に染まった耳たぶをゆるく噛めば、文也の肩が震えた。

「ね。お願い」

 そう、強請る言葉を耳に吹き込む。
 文也が小さく頷いたのがかろうじてわかって、優はその文也を抱きしめた。




 日付が変わった12月25日。キリストがこの世に生を受けた日。

 同じ日を誕生日に持つ男は、今までで一番嬉しいプレゼントをもらって、食べてしまいたいくらい愛しい恋人を抱きしめて、幸せな幸せな眠りにつく。

 窓の外では、今年は遅れていた雪が、夜の闇を照らすように静かに舞っていた。





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