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 しばらくして、文也は特大のため息をついた。くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱にナイスシュート。
 それから、優に抱きついた。

「どうした?」

「あの人、マスターも取ってなかったんだ」

「は?」

 学士、修士、博士の違いも知らない優である。何の話だかわからず、聞き返した。
 返されて、文也がくすくすと笑い出す。

「やっと修士取ったって。それと、結婚したよ、って報告。それから、大学に戻ってこないか、ってさ」

「……卒業したんだろ?」

「うん。修士すっ飛ばしてね。だから、研究員として」

 バカみたい。そう呟いて、文也はくすくす笑っている。
 だが、それが笑うようなことなのか、優は首を傾げた。仲の良い友人ならあって当たり前の連絡だろう。それとも、他に何か馬鹿馬鹿しいことでも書いてあったのか。

「そもそも、ドクターの学位を持ってる人が、微妙に畑違いの研究室に修士の下っ端に誘われて、のこのこ行くわけないじゃない。ねぇ」

「……そりゃそうだな」

 納得して、それと同時に肩をすくめる。

「それで? 文也の気持ちは、何か変わった?」

「うん。楽になったよ。ありがとう、そばにいてくれて」

 そういう割には、すがりつくように優を抱きしめているのだが、優はその言葉を信用することにした。
 よしよし、と頭を撫でてやる。文也はその気持ちよさに照れて、うつむいた。

 しばらくそうしていて、一体何に引っかかったのか、優が首を傾げる。
 ん?と声が聞こえて、文也が彼の顔を見上げた。

「何? どうしたの?」

 文也の不安そうな表情に、優はまだ首を傾げたままだ。

「文也さぁ、大卒だよな?」

「うん。優より2歳年上。年上は嫌?」

「……まだ気にしてんのかよ。そうじゃなくてさ」

 同級生より2歳年上なのを気にしているのは、付き合い始めたときから知っているから、優は少し呆れて見せる。
 そして、恋人を抱きしめた。今の文也はとにかく儚げで、とても2歳年上には見えないし。守ってやりたくなるのだから、年など関係ない。

「計算が合わなくないか? 俺、バカだからさ、間違ってるかもしれないけど。アメリカは飛び級制度があるのは知ってるよ。けど、それにしたって、向こうに行って帰ってくるまで、4年……ねぇだろ?」

 中学2年生の春に渡米したとして、この学校の入試に間に合ううちに帰ってきたのだから、単純計算しても丸4年経っていない。入試に間に合うためには、少なくとも1月末には日本にいなければならないからだ。
 ということは、たった三年半そこそこで博士号を取ったということで。

「そんなこと、できるのか?」

 計算を整理して話して、それから優は質問口調で文也の顔を覗き込む。覗き込んだその顔は、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「年齢制限、年数制限がないんだよ、基本的に。研究成果がその学位に見合っていれば良いわけで。博士号なんて、研究が認められるものであれば、学校に所属していたり研究所にいたりしなくても、一般人で十分取れるんだから」

 そんな答えを出して、文也はしばらくぶりにベッドから降りる。紙切れと愛用の万年筆を持って戻ってくると、そこに1本の線を引いた。それを時系列をあらわす線として、年、月、学年などを書き込んでいく。

 文也が渡米したのは、中学2年生の春、進級してすぐの頃だ。
 直後は、向こうの中学校に通っていた。言語留学という立場だった。
 アメリカの年度は9月から始まる。ホームステイした遠い親戚に勧められて、5月に大検を受け、6月には高校卒業相当の資格を取得、7月に大学受験、9月には高校をすっ飛ばして大学生になっていた。
 さすがの名門校、マサチューセッツ工科大学でも、そんな飛び級をしてくる人は数年来いなかったので、一気に有名人になったのだが、同じ大学にルームメイトでもあるその親戚が在学していたおかげで、特にトラブルもなく、キャンパスライフをエンジョイして来たらしい。
 いずれにしても、入学当時14歳である。物珍しさに慣れてきたら、文也は学園の人気者になっていた。

 いくら飛び級が認められているとはいえ、いくら大検取得しているとはいえ、やはりそれはかなり特別な措置で、滅多に受けられるものではない。
 それを、外国人で、しかも渡米して数ヶ月の14歳の少年に認めるのだ。それを認めさせるだけの力が文也にはあるのだ。

「ロボット工学なんて、中学生じゃ興味はあってもまだまだ先な気がするものでしょ? 僕の場合、持って行った超小型のラジコンロボットと、物理、数学の成績を評価してもらったんだよ」

「ラジコンロボット?」

 耳慣れない言葉に聞き返す。
 文也は、机の下に突っ込んだ段ボール箱の中身を手探って、何かを取り出した。手元を見ると、そこには鉄の部品の塊がある。

「単4電池で動くんだ。見てて」

 それを足元に置くと、途端にものすごい勢いで走り出した。ベッドの脇に置いたサイドテーブルにぶつかってひっくり返る。
 これリモコン、と言って、まるでテレビゲームのアナログコントローラのような物体を手渡された。さすがにひっくり返ってしまったら自力では動けないらしく、バーを倒すと足らしい6本の棒がカシャカシャと空を切る。

「おもしれぇ。遊んでいいか?」

「いいよ」

 立っているついでにそのロボットを起き上がらせる。それから、また優の隣に戻ってきた。
 優が新しいおもちゃに夢中になっているのに、嬉しそうに笑って。

 文也が大学生だったのは、丸3年間だった。
 一般に、大学生活は4年間だが、順当に単位を取れれば、苦労なく3年間で卒業必要単位数は取れるようになっている。それは、4年生は卒業論文に精を出せ、という大学の方針だ。
 文也は、頑張って2年半で必要単位を集め、残りの半年で博士論文を書き上げた。本人の能力もあるが、英語がネイティブでない文也の論文執筆を手伝った友人たちや付いた教授の苦労の賜物だろう。
 くぅが二足歩行に成功したときは、とにかく周りの全員が自分のことのように喜んでくれたのだ。

 文也の大学生活の学費は奨学金で全額まかなわれている。卒業時の成績もトップだったおかげで、返済免除になっている。費用面では何の問題もない。

 その上。

「無線LANを使ってシステムを外出しにした技術でね、特許が取れちゃったんだ。今、月に15万、特許料が入ってる。二年間まったく使ってないからね、だいぶたまったんじゃないかな?」

「……実は金持ち?」

「う〜ん、高校生にしては?」

 月15万程度じゃねぇ、と呟いて、文也は苦笑する。学生の身分で贅沢な評価だ。社会人でも、それだけの給料を得られない人もいるというのに。

「その金、何に使うんだ?」

「ん〜。くぅ2号の開発費用、かな?」

 どうやら、貯めているだけで、何も考えていないらしい。
 問われてはじめて考えた答えがそれなのなら、ロボット作りが余程好きなのだ。
 勉強はどれもこれも大嫌いな優には理解できない世界だ。





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