聖誕祭 1


(2004年クリスマス限定SS)



 その日。
 終業式を終えると同時に、ほとんどの学生が実家へ帰ってしまった学生寮に、場違いな歌声が響いていた。

 藤堂学園高等学校学生寮第1棟508号室。
 玄関前の名札には、佐藤文也、とある。

 日付は12月24日。天皇誕生日の翌日であり、一般に言うところのクリスマス・イブだ。

 場違いな、というのは、その声が女の子の声だからであって、聞こえてくる歌はこの時期に似合った歌ではあった。
 ここは、男子校だ。女の子の声が聞こえてくるなど、この部屋でなければありえないだろう。
 まして、小学校も低学年の女子児童らしい声など。

『じんぐるべーる、じんぐるべーる。すっずっがーなるぅー』

 実に楽しそうに歌う声に、時折男子高校生らしい、若く張りのある声がかぶった。
 音程でいう所のバリトンの声。

 顔見知りならすぐにその声の持ち主の名を当てられるだろう。
 ただし、その声が歌っている事実に、驚愕するかもしれないが。

 この部屋にほぼ毎日入り浸っている、斉藤優の声である。

「きょうは〜たのっしい〜、クリスマス〜」

 スマートな体つきに比較的高めの身長で、端正な顔立ちながら、不良少年だった名残なのか目つきが鋭く印象的な、一般的な高校生の優の歌声は、なかなかに楽しそうだ。
 意外と音程も合っていて、歌がうまい、といえる部類に入る。

 その傍らで、比べるとずいぶん小柄な、天然の茶髪とサファイアのピアスが目を引く青年が、熱心にパソコンのキーボードを叩いている。

 ベッドに投げ出されたポータブルMDプレイヤーと付属のスピーカーが、優が女の子の声と合わせて歌っている曲の音楽を鳴らしていた。

 ところで、その女の子はというと。
 優の足元で、体長30センチにも満たない、ぷっくりした身体の女の子の人形が、勝手に踊り狂っていた。

 その人形、名を、くぅ、という。ここにいる文也が作り上げた、知の結晶。独立歩行する小型ロボットだ。
 いや、歩行というレベルの問題ではないだろう。こんなにしなやかな動きで踊り狂うのだから。

 くぅは、今日は珍しく、外部電源が接続されていた。
 背中から電源コードが延びて、その辺に転がっている延長コードに繋がっている。

「うん。大体そんなモンかな?」

「くぅ、歌うまくなったなぁ」

『ホントぉ? わーい、誉められちゃった』

 優が小さな頭に手を伸ばしてぐりぐり撫でると、くぅは飛び跳ねて喜んだ。
 おさげに結んだ髪が、ぽんぽんとはねる。

 一方で、文也はパソコンの画面上にたくさん開いていたテキストファイルをすべて閉じ、ディスプレイの電源を切った。
 本体はそのままであるのは、それがくぅを動かすサーバーになっているからだ。

 ついで、延長コードからくぅに繋がる電源ケーブルを抜き、楽しそうに飛び跳ねるくぅを抱き上げた。

「優。行こ?」

「おう」

 3人は、揃って部屋を出て行く。
 時刻はちょうど、夜の7時になろうとしていた。




 学生寮と校舎をつなぐ渡り廊下の途中に、大部分の学生が食事をする、食堂がある。
 朝の7時から9時と、昼の11時から13時、夜は18時から20時が営業時間で、近所にすむ年配の主婦たちが食堂のおばちゃんとして働いていた。

 1学年が100人前後で3学年、合計300名分の高校生の食事を賄うのだ。
 食事時は、毎回戦場と化す。

 そこは、今日はしかし、割合静かだった。
 というのも、終業式のこの日に実家に帰る人が多いので、この時間まで残っている居残り組は全学年あわせても50人程度なのだ。

 そして、クリスマス・イブのこの日、食堂はきれいに片付けられ、パーティーの準備が整っていた。

 本来、居残り組といわれるのは、何らかの事情があって実家に帰れない人を指すわけだが、今残っている人の半分は、明日の飛行機や新幹線で帰る遠方者も含まれている。
 せっかくのクリスマスをそれぞれ寂しく過ごすのではなく、どうせならパーティーを開いて楽しもう、という趣旨で、このクリスマスパーティーが始まったのは、ちょうど3年前だそうだ。

 この日ばかりは、学生がほとんどなこの食堂も、学内に残っている教職員の姿が目立った。

 パーティーの進行は、全員が協力して行う。
 部屋の飾りつけ班、料理調達班、出し物班の3つに適当に分かれて、それぞれに自らの役割をこなすわけだ。
 もちろん、役に入らなくても問題はないのだが、何かの班に入っていたほうが、楽しめるのは事実だ。

 文也と優がくぅに歌を教えていたのも、その出し物の一環だった。

 探偵団の仲間では、加藤太郎と後藤正史の両名が、居残り組で残っていた。
 太郎は、大晦日に実家に帰って、松の内には戻ってくる予定だそうだ。
 ちなみに、二人は飾り付けに回っている。

 メンバーがあらかた揃ったところで、最初だけは堅苦しく、理事長の挨拶が始まった。

「みなさん。今年も一年、良く頑張りました。今年、残すところあと6日。一年の締めくくりを幸せのうちにすごせるよう、冬休みを楽しんでください。今日は、クリスマスです。大いに楽しみましょう」

 なんとも、簡単な挨拶だ。そして、さらに、乾杯の音頭も理事長が取った。

「メリークリスマス!」

『メリークリスマース!!』

 水用プラスチックコップが高々と掲げられ、なみなみと注がれた色とりどりのジュースがそれぞれに波打つ。

 文也と優は、出し物班としては準備こそしてきたものの、こういう華やかな席はどうも苦手で、食堂の隅のほうで食事に手を付けていた。
 その二人の肩を、叩くものがいる。
 振り返れば、太郎だった。手に持っているのは、どう見てもビールだ。

「たろちゃん。何飲んでるの?」

「うふっ。ビールだよん。理事長にもらったの」

「今日は無礼講だそうだ」

 横から、話題の理事長の血を引く息子が説明を付ける。その手には、彼もまたビールを持っていた。

 無礼講っていっても、と文也が眉をひそめる。

「何言ってるかな。未成年だ、って」

「いいじゃん、別に。二十歳になっていきなり身体が変わるわけでもないしさ。アルコールも適量なら毒じゃないよ」

「そういう問題じゃないでしょ」

 まったくもう、と言いながら呆れてみせた。
 その相手は、実際にビール片手に上機嫌なこの二人なのか、それとも二人に酒を勧めた理事長か。

 そこへ、いつの間にか探偵団の顧問に納まってしまっている、喫煙室の常連、体育教師の生田の声がマイク越しに張り上げられる。

『えー。盛り上がってまいりましたところで、恒例になりました、出し物班による余興をはじめたいと思います』

 その声に、文也と優は同時にそちらを振り返った。机の上に大人しく座らせたくぅを抱き上げ、ステージが設置されている配膳台前へ移動する。
 何しろ、余興のトップバッターだ。いってらっしゃい、と太郎が手を振って送り出した。

 例年そうなのだが、出し物班は立候補者が少ないため、これだけは半強制的に何名か選出されている。
 半分は、出席する教師から、もう半分は、主に喫煙室利用者の学生から。
 というのも、大抵声をかけるのはその年の司会に当たった教師なのだが、何の偶然か、毎回喫煙家の教師が司会に指名されていて、彼らが声をかけやすい学生と言えば、喫煙室の利用者なのだ。

 文也と優も、例外ではない。

『トップバッターは、学生探偵団の看板娘、くぅちゃんです』

 優が延長コードを持ってきて、文也はそれに電源を繋いで、と準備をしている間に、生田教諭から紹介が行われる。

 さらに、ピンマイクを服につけてコードを電源ケーブルに絡ませ、文也はくぅを送り出した。

 配膳台の上を走って、くぅは一人で観客の前に出る。
 こんな経験は初めてだが、さすがにロボットのくぅには、躊躇する様子がない。

 観客に向かって、ぴょこん、と一礼した。

『一生懸命練習した歌を歌います。みんなも一緒に歌ってくださいっ』

 ちなみに、機械で合成された声が歌を歌うなど、前代未聞である。
 言葉に抑揚をつけることでさえ、最新技術といって良い部類に入るというのに、さらに節をつけて音程を合わせるというのだ。
 専門家になれば、おそらくは腰を抜かすほど驚くはずだ。
 が、このすごさを、目の前の観客はわかるのかどうか。

 文也が持参したMDを再生する。
 スピーカーから、いかにも日本人が作った風な歌詞の、軽快なクリスマスソングが流れ出した。

『あわてんぼうのぉ、サンタクロースぅ。クリスマスまえ〜に〜、やってきたっ』

 ついでに、小さな身体をフルに動かして、踊りだす。

 余興など無視して、それぞれのお喋りに夢中になっていた観客たちの視線が、次第にくぅに集まる。

『鳴らしておくれよ鐘を〜』

 リンリンリン、と歌いながら、くぅはその小さな両手を力いっぱい振る。
 その一生懸命な行動が、ロボットだとわかっていても微笑ましく、見ている人の表情を和ませた。

 やがて、一緒に歌う人の姿がちらほらと見受けられるようになる。

 曲が2曲目の「サンタが街にやってくる」になると、さらに一緒に歌う人が増え、最後の「ジングルベル」では、大合唱になった。

 くぅの歌で盛り上がったパーティーは、そのままお開きまで大盛況で、日付が変わる頃、名残惜しそうに面々はそれぞれの部屋に帰っていった。





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