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 午後に予定したツアーはスキューバダイビング。道具一式にインストラクターが三人に対して一人付く体験ダイビングのツアーで、時期を外しているおかげで六人の他に同行者もなく、インストラクターを含めて和気藹々とした雰囲気の中で良い経験ができた。

 一日遊び倒して疲れきった一行は、宿で食事を済ませると早々にそれぞれの部屋へ引き揚げた。中でも、元々体力のない太郎と朝からスポーツ三昧でさすがにダウンした優と文也は部屋に戻ってすぐにベッドに入り、爆睡してしまったようだ。

 保は裕一の部屋のベッドに寝そべっていた。ツインの部屋とはいえ、リゾートホテル並みの造りであるから、ゆったりとしたソファセットにテラスにはデッキチェア、持ち込んだ飲み物を入れておけるように小さな冷蔵庫が隅に置かれていて、電熱器で沸かすポットもコーヒーや紅茶のバックも用意されている。ベッドもセミダブルが二台置かれていてずいぶんゆったりした造りだ。

 ベッドの上に寝転がった保はソファの方で髪をタオルドライ中の裕一をぼんやり眺めていた。

「たろちゃんに怒られてもうた」

「ん?」

 丁度手を止めたところで保に呟くように言われて、首を傾げて聞き返す。それに、保は困ったように苦笑をみせた。

「どうしようもあらへんやん。野望は諦めとうない。けど、ゆうくんとの事とは両立でけへんやろ? それに、ゆうくんは地元宮城やんか」

「仙台には帰らないよ。京都でバイト見つけた」

「……それ、聞いてへんよ」

「だって、旅行に出る直前に採用の連絡もらったし。不採用だったら諦めて仙台に帰るつもりだったからね、言ってなかった」

 答えながらタオルをバスルーム前の籠に放って保が寝そべっているベッドに近づき、ベッドの端に腰を下ろす。手を伸ばせば保の頭が撫でられる距離。さらさらの髪を梳かすように撫でると、保は心地よさそうに目を細めた。

「部屋は日本に戻ったら探す予定。便の良い所はもう空いてないだろうから、大学から離れたところで探そうと思ってるよ。どうせ俺一人だしそんなに長いこと住むつもりないから、ぼろくても安いところが良いよね」

「せやけど……おうちの人らは認めてくれてはるの?」

「バイトの内容が内容だったから、渋々ってところかな」

「内容?」

「うん。志望大学の教授の研究室で資料整理」

 それは確かに反対しにくい。なるほど、と思わず保も唸った。そんな保の反応に笑って、裕一はふっと真面目な表情を見せる。

「つきましてはたもっちゃん。セフレ、継続しませんか?」

「……えぇの? 今までと違て、そう頻繁には会えへんよ?」

「良いよ。息抜き場所に使ってくれればそれで良い。緊張しっぱなしじゃ疲れるだろ? 長期休暇毎にぐったりして帰ってきてたからさ、心配してたんだよ」

 それはその長期休暇に何をしていたのかを知っている裕一ならではの心配で、そうして事情をわかって見守っていてくれる存在が素直にありがたいとも思えるのだ。それ以上に心苦しくてどうしても憎まれ口を叩いてしまうのだけれど。

 今回ばかりはそんな憎まれ口も出て来なかった。保に言えたのはただ一言だけ。

「……おおきにな」

「どういたしまして。これからもよろしくね、たもっちゃん」

 珍しく素直に礼を言う保に裕一は嬉しそうに笑ってそう答えて、うつ伏せている保のこめかみに小さなキスを一つ落とした。




 帰りの飛行機は、保だけが関空行き、それ以外の五人は成田行きに分かれて搭乗することになった。
 地理的にも時間的にも長い間離れ離れになる保に、太郎と文也が最後まで別れを惜しんでいて、その相棒二人もそっけないわけでもなく保を気遣う声をかけていた。ただ一人、京都で住む家を探すのに手伝ってくれるという保に数日後に再会する裕一だけが、じゃあまた、と軽い挨拶だ。

 成田行きの飛行機が離陸してシートベルト着用サインが消えた途端、裕一は文也と太郎から質問攻めにあった。といっても、二人の態度から何らかの結論が出ているのだろうとは見て取れたので、からかい半分なのだが。

「へぇ。じゃあ、ゆうくんは京都に行くんだ」

 まだ聞いていなかった太郎が納得半分で復唱すると、文也と交代して真後ろの座席に移動した正史が現実的な問いかけをする。

「荷物はどうするんだ? 寮の引き払い期限は明後日だろう」

「うん、それなんだよね。荷物は引越し業者が日割りで預かってくれるとは思うんだけどさ。引越しってほどの荷物もないし。正直困ってる」

「うちに来る? 何日かなら泊められるよ。ねぇ、優」

「そうだな。丁度明日引越しだから、荷物も一緒に運んでやるよ」

 先に勧めてきたのは文也で、優もあっさり同意した。だが、それは明らかに新婚家庭にお邪魔するような状況で、遠慮するべきではないかと思うのだが。

「うちでも良いよ、と言いたいところだけど、うちは泊めてあげられるスペースがないねぇ」

「加藤の荷物が多くてな。まだ寝る場所しか空いていない状態だ。悪いな」

「いや、そんな、っていうかそんな迷惑かけられないよ」

 友人全員に気遣われて慌てて遠慮する裕一だったが、内心は非常に感謝しているのだ。やはり、持つべきものは友人ということか。

「遠慮すんなよ。どうせ一部屋余ってる。寝るところもあるからな」

「余ってるって、さいっちゃん。東京の東急沿線駅徒歩五分で部屋余らせてるなんてどんだけ贅沢なの」

「ボケ。俺の勉強部屋だ」

「……あ、そういうこと」

 優の誘い文句に太郎が敏感に突っ込んでほとんどじゃれあうレベルでやり取りをしている様子を笑って見ていて、裕一は同じように幸せそうに見守っている文也に頭を下げた。

「お世話になります」

「どうぞどうぞ。ゆっくりしていってね」

 この友人たちとは太く長い付き合いになりそうだ、と満足げに頷いて、正史は足元のバックパックから持参した文庫本を開いた。

 飛行機は南国の高い空の上をまだ寒い日本を目指して飛んでいく。到着まで、あと七時間。





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