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 一方、時間は少し戻って十二時前。

 クジラが海面に姿を現しているのを観察して大はしゃぎした太郎と保は、すぐそばでにこにこと笑って見守ってくれる正史と一緒にデッキで風に吹かれていた。港へ戻る船の上だ。

 しばらくはくだらない話に盛り上がっていて、ふと会話が途切れる。その瞬間、太郎は急に真面目な表情になって保の顔を覗き込んだ。

「たもっちゃん。ゆうくんとのこと、どうするつもりなの?」

「……どうって……」

 いままでの会話のついでな口調で問われたのなら、考えるまでもなく「別にどうもしないけど〜?」と答えただろう。けれど、普段は軽いノリの太郎がこうして真剣に問いかけてくると、そんな気軽な返答ができない雰囲気なのだ。おかげで、保は困ったように口ごもった。

「友達だよ、今まで通り」

「ゆうくんの前でだけは方言丸出しのくせに? セックス込みの深い関係のくせに? そんなこと言うの?」

 保の呟くような答えに、畳み掛けるように太郎が問い詰めていく。今までだったらそんな曖昧な返事で引き下がっただろうけれど、今回は引く気がない。

「だって、この旅が最後のチャンスだよ? 手放しちゃったらもう戻って来ないよ?」

 本当にこれがラストチャンスだ。何しろ、ホノルル空港で成田行きと関空行きに分かれてしまう。今夜が最後の夜にもなりかねない。

 二年生の二学期初日からずっと行動を共にしてきた友達だからこそ、後悔して欲しくないのだ。でなければ、この太郎がこんなに心配そうにお節介を焼くわけもない。
 そもそも、相手の返事をある程度予測したら確認せずに決め付けてしまう癖がある太郎だ。それでわざわざ確認しようと思うのだから、翻意して欲しいと望んでいるのに他ならない。

 太郎が珍しく他人の事情に熱心に干渉してくるので、迷惑に思う前にびっくりしてしまった保が目を丸くして隣の正史に視線を向けた。それから自覚している小動物チックな愛くるしい仕草で小首を傾げてみせる。この友人たちには不要なぶりっ子だが、もう癖だろう。

 保の可愛らしい仕草に正史は苦笑を見せるだけだったが。

「最初に言い出したのは佐藤だぞ」

 それだけを言われても何のことやらわからないのだが。まつげの長い大き目の目をパチパチと瞬きさせて、保は次いで唇を尖らせた。

「むぅ。さとっちは相変わらずお節介だ」

「たもっちゃん。それは俺も怒るよ?」

「……ごめん」

 正史の言いたいことも太郎の言葉の意味も、保には伝わっているようだ。その上での「お節介」評価だから、不適切を指摘しながらも何故「お節介」なのかは太郎にもわかっている。

「正直ね、これがたもっちゃんとゆうくんのことでなかったら俺は放っておいたよ。当人同士がどうにかするべきことだろう? 本当はさ。でも、たもっちゃんとゆうくんには幸せになって欲しいんだよ。俺たちが望む幸せと違う方向に進むことになるんだとしても、このまま離れ離れになって自然消滅って、後腐れありすぎるじゃん。俺は、卒業してもみんなでまた集まって遊びたいって思うし、そうしたらたもっちゃんとゆうくんも顔を合わせるじゃない? 気を使って誘えないって、嫌だから。何の気遣いもしないで遊ぼうって声かけたいよ。だから、本人たちがそれで良いんだとしても、俺はちゃんと二人の間で決着をつけて欲しい。そうして、二人ともが幸せになってくれたら良いって思う」

 こうして太郎に珍しいお節介を焼いたのが、半分は自分のためだという都合も含めて説明されて、保は太郎の言葉を否定できなかった。お互いに話をして割り切ってセフレの関係にあった裕一との仲だが、日が経つにつれて自然と感情に変化が生じているのは無視のできない事実だ。だからこそ、拒否するにも友人たちを納得させられる言い訳が思いつけない。

 それでも、高校に入学する前からずっと思い続けて、長期休暇のたびに懸命に活動してきた野望を、諦められない。動機が自分の出生にあるだけに、根が深いのだ。それこそ、好きなのに好きになれないジレンマに陥っていて、それでも思い切ることができないでいる。
 裕一との関係がその野望と両立できないからなおのこと、どちらかを取るしかない究極の選択を迫られていて、それならいっそ卒業という強制終了に身を任せてしまおうと投げ出していたのだ。

 考えてみてね、とダメ押しされて、保は頷くしかなかった。





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