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 結局、夜遅くまでホテル内はどこかしら浮き足立ったように騒がしく、ホテルの廊下は人が出入りしたり歩いたりの音がいつまでも聞こえていた。

 飲み物を買いに自販機へ行くついでに見に行ったホールは、テーブルや椅子などはまだ雑然としたままではあったが、飲食物とそれらの皿やコップなどはとうに片付けられており、人も残っていなかった。そのまま流れ解散で、良かったようだ。

 朝になったらホテルに礼を言わなければ、と思いながら、文也たちが取っていた部屋に戻った正史は、シングルベッドの一つを占拠するように二人が眠っている姿が真っ先に目に入り、思わず噴出した。

 二人というのは、太郎と保の二人だ。エディと名づけられた少年ロボットと遊んで、遊び疲れたらしい。いつまでも子供のようだ。そこが可愛いのだが。

 思わず和んでしまった正史を目撃した、留守番をしていた3人が、そんな正史をからかう様に言う。

「本当に保護者だね、委員長」

「そんな、食っちまいたい、みたいな目で見るなよなぁ。こっちが照れるだろ」

「っつーか、その目で保も一緒に見るのはやめてくれ」

 口々に勝手なことを言う友人たちのそれぞれに、希望された飲み物を手渡して、正史は二人が寝ているベッドの端に腰を下ろした。

 寝ている人には手を出せなかったエディが、すかさず近寄ってきて、正史の膝によじ登る。

 エディには、日本語辞書が搭載されていない。したがって、話しかけてくるエディの言葉は当然英語だ。

『Masashi! Please, play with me!!』

 一緒に遊んでくれていた二人が寝てしまったので、つまらなかったのだろう。舌っ足らずな子供らしい英語で甘えてくるので、正史は苦笑してそのロボットの頭を撫でた。甘えるなら、産みの親にすればいいものを、メンバーの中で一番遊んでくれそうにない人に強請るのだから、不思議なものだ。

 そう思っていたら、正史の視線から何を読み取ったのか、文也がこちらにやってきて隣に座った。手に持っているのは炭酸ジュースだった。

 普段洋酒ばかり口にしている文也には、ホテルの自販機で売っているような缶入りのアルコールでは物足りないらしく、それならばノンアルコールで良い、と割り切っているらしい。相方はビール片手に裕一と談笑中だ。

「エディの性格をね、お節介な子に設定してあるんだよ。友達の会話の輪に入って来ない、孤立するタイプの人に近寄っていくように教えてある」

「なんでまた? 嫌がられるだろうに」

「エディの販売先をね、養護施設や老人ホーム、学校なんかに焦点を当ててるんだ。集団生活って、孤立しやすいだろう? それを、補える存在にしたかった」

 僕も優も孤立するタイプだったからね、と学生時代を振り返ってみせる。実際、団結力の強いこの学年では、一番疎外されやすいタイプだったように思う。探偵団に入っていなければ、孤立したまま卒業していただろうし、それを二人とも自ら望んでいたようにも思い出された。

 振り返ってみて、そうでなくて良かった、と二人は感じていたのだろう。でなければ、わざわざ孤立防止機能など発想もしないに違いない。

「今日は、わざわざ来てもらって、悪かったな」

 過去を振り返っていたらしく、ボンヤリと遠い目をしていた文也に、正史はそう言って頭を下げた。

 きっと、今日の招待客のうちで、もっとも遠い距離を戻ってきてくれたのが、この二人だ。国籍こそ日本のままだが、生活基盤をアメリカに移し、滅多に日本には帰ってこない二人だ。しかも、何の休暇時期でもない普通の土曜日だ。日付変更線を越えなければならない遠距離の旅では、随分と休暇日数が必要だっただろうに。

 幹事として、礼と共に頭を下げた正史に、文也は笑って手を振った。

「ついでに、研究所の皆と社員旅行に来てるんだよ。だから、大したことじゃないから。気にしないで」

 その一緒に来ている人々は東京に残してきているのだとか。そうだったのか、と少し驚いた正史に、優もいつのまにかこちらに意識を向けていて、ふっと笑った。

「日本語の堪能なのが一人いるからな、安心して任せられるのさ。みんな初めての日本旅行に大騒ぎだぜ。一緒にいると、外人から見た日本を再発見できて、なかなか面白い」

「今日は、浅草と秋葉原を回ったんだってさ。皆技術畑の人間だから、アキバはベタな観光スポットなんだよね」

「日本は先端技術が安い値段で溢れてる、ってのは、世界の技術者には常識のようになっててな。日本に行くって話せば、友人たちからあっという間に土産の山を頼まれることになるのさ」

 普段は、日本に来るたびに友人に頼まれた土産モノを買い揃えるのに一日費やしていた二人にとっては、だったら一緒に連れてきちゃえ、という発想は実に自然だったらしい。

 エディの開発も一段落してタイミングが良かったし、と話を戻して、優が正史の膝に手を伸ばす。

「Edy! Come here」

『Yes, Master』

 鋭い命令口調で指示されて、エディが素直に優の手に移動していく。Sleep、と呪文のような命令を受けて、四肢から力を抜いたエディを、優は自分のボストンバックに落とした。くぅにはしない、モノ扱い。だが、文也も二人目の子供にはくぅほど愛情を注いでいないのか、平然と受け止めている。

 その動作を見ていて、なぁ、と話しかけたのは、正史と裕一が同時だった。

 先に話を進めたのは裕一だ。

「日本語版が出る時は、連絡くれへんか? 今度無医村に診療所開くことになってな、そこに置いておきたいんや。お年寄りたちの良い相手になるやろ」

「無医村?」

 現在、総合病院で医師をしているという話は聞いていた彼らは、初めて聞いたそれに首を傾げる。そう、と裕一は真剣な面持ちで頷いた。

「小さな温泉宿を抱えた村なんだが、過疎が進んでてな。そこに、保が旅館を建てるって計画してる。それについていくつもりなんだよ。医者のいない村の旅館じゃ不安があるだろう? それに、無医村は、医者の一人として、一つでもなくしたいと思う」

「今の居酒屋経営はどうなるんだよ。ようやく軌道に乗ったところだろう?」

「それは、経営母体の料亭に任せるさ。もともと、社長職を引き受けたのも、恩返しのつもりだったんだ。資金も貯まったし、料亭と居酒屋は相談役に退いて、今度こそやりたいことをやるんだ、って」

 それに、12年間裕一をつき合わせて京都に引き止めた恩返しでもあるらしい。その場所は、宮城県の山間部で、裕一の実家に近かった。

 今度こそ、周囲のしがらみから一歩引いて、自分たちの幸せを第一に考える環境を、築き始められる。それが、高校時代に抱えていた野望を別の形で実現させた保が、後始末をすべて終えて、ようやく自分のために動き出した、近況だった。それがどんな野望だったのか、この友人たちにも明かされてはいなかったが。

「そっかぁ。まぁ、料亭の旦那やってたたもっちゃんなら、旅館の旦那もそう苦じゃないだろうしな。幸せになりなよ?」

「あぁ。もちろんだよ」

 自分のために、周囲を納得させられる形で、京都を離れる決心をしてくれた保に、頭が上がらない。けれど、だからこそ、彼を幸せにするのは自分の役目だと思う。裕一は、しっかりと責任感ある大人の男の顔をしていた。

 それで、委員長はなんだったんだ、と水を向けられ、正史は肩をすくめた。

「内藤と同じだ。日本語版が出る時は、連絡をくれ。学校に、学年あたり一体ずつくらい、欲しい」

「学園になら、寄贈するぞ。なぁ、文也」

「うん。僕たちを助けてくれた母校だもの、そんな形で恩返しできるなら、喜んで」

 それこそ、開発者権限を行使したスペシャルバージョンで、と気軽に約束してくれる。断る理由もなく、正史は素直に喜び、ありがとう、と礼を述べた。

 先に充電をかねて休んでいたはずのくぅが、ロボットにはありえない寝言をむにゃむにゃと呟いて寝返りを打つ。正史と裕一がさすがに驚いて注目し、文也と優は二人の反応に笑い出していた。





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