干支ひとまわり同窓会 1




 日本の大部分の会社で期首期末に当たる3月から4月と9月10月を避け、子供のいる家庭ならば子供が夏休みに入る7月8月を除き、教育職にある人間が忙しい中間期末試験のある5、7、10、12、3月と役所の期末で決算前の駆け込み作業に追われる1月から3月も避けて、雨の多い6月を除けば、適当な時期は11月しか残らない。

 母校で教職についている二人が指揮を取る形で計画されたその同窓会が、11月の第一土曜日に開催されることが決定したのは、そんな理由からだった。

 山梨県の山間部にあり、それぞれに事情を抱えた学生を全国から集めた全寮制男子校、藤堂学園。大らかな校風と自主自立を旨とする教育方針で、心に様々な傷を抱える多感な男子高校生を立派に社会に送り出してきた、名物高校である。

 その長くない校史の中でも、一際特徴的な学年が、この日同窓会を開催したその年代だった。現在にまで脈々と受け継がれる学生探偵団の初代メンバーを輩出し、芸術芸能分野で才能を開花させた逸材に、現在会社経営者となっている人間も随分と多い。

 卒業から、12年。

 電話やはがき、インターネット、友人網など、様々な経路を使って知らされた、同窓会の案内には、必ずその会名が告げられていた。「干支ひとまわり同窓会」。独創的なネーミングは、今回の幹事の名を聞けば、全員が納得したという。

 幹事は、藤堂学園を創設した理事長の息子で、現在藤堂学園で政経を教える教諭でもある理事長代理、後藤正史だった。ということは、その恋人であり、小説家として学生時代から有名人だった加藤太郎の命名だろう、とは、その学年で一緒に学んだ同級生たちは一人残らず想像できたのだ。

 会場として用意された、これも藤堂家の経営グループ傘下である、甲府市内の某ホテルには、事故や病気で命を落とした人と、病気や怪我で入院中の人以外の全員が、集まっていた。

 そもそも、藤堂学園に入学する生徒は、何かしらの問題を抱えた、一癖二癖は当たり前に持っている生徒ばかりだ。世の中を冷めた目でしか見られない捻くれた性格の生徒も、割合はだいぶ高い。

 にもかかわらず、この学年の結束力は、半端ではない。1学年に200人は下らない人数のそれぞれが、ほぼ全員、顔と名前を一致させて、挨拶ができるほどなのだから、異常ともいえるほどだ。

 それは、おそらく、彼らを先導した探偵団メンバーの功績なのだろう。高校にはつき物である、文化祭や体育祭などのイベントで、率先して彼らを引っ張り、盛り上げてきたメンバーと、それでいて仲間を信じて任せてくれた彼らの指揮指導力が、この結果をもたらしたのだ。

 このメンバーに会うのは卒業以来だという人も多いのだが、それでも、久しぶりに会った友人と挨拶を交わし、現在の連絡先などを交換し、近況報告など立ち話に余念がない。それは、その当時のノリが、このメンバーに囲まれているだけで、自然に引き出されるせいだった。

 卒業して12年という、半端な時期の同窓会は、この学年でも特に秀でた能力の持ち主が多かった、2年生時のA組、通称花組のメンバーの半分ほどが集まったクラス会で持ち上がった企画だった。

 文化祭ではお化け屋敷喫茶などという珍しい企画を成功させたこのクラスは、3年生になってクラスがバラバラになっても結束力が固く、卒業後もたびたび集まっては飲んで騒いで盛り上がった仲で、学年全員を集めて同窓会を企画しようという案も、ほとんど必然で出たものだったのだ。

 したがって、幹事として主業務にあたったのは、藤堂学園に戻って仕事をしている二人だが、実際に人を集める連絡役を担ったのは彼らよりも、他の仲間たちの仕事だった。

 この学校自体が、全国各地から生徒を集めているおかげで、同窓会の出席者も大半が県外からの参加だ。したがって、この日、ホテル全体を借り切る形になっていた。一般客を受け入れようにも、3ヶ月前に企画して連絡を回して、1ヶ月前には関係者以外の予約者無しで3分の2が埋まっていたのだ。ホテルとしても、貸しきってしまった方が都合がよかったに違いない。

 そのため、同窓会の予定時間が過ぎて締めの挨拶が終わっても、メンバーはなかなかホールを出ず、ホテルからも退出の催促はなかった。

 明日の朝までそのままで良いですよ、という支配人の好意の言葉をもらって、騒ぎの収まらないホールから出てきた、幹事役の正史は、ロビーに置かれたソファに腰を下ろした途端、背後から肩を叩かれた。

「お疲れさん」

「……あぁ、内藤か。お疲れ」

 探偵団時代からずっと、友人たちを姓で呼び続けている正史に、ほっとした様子で労われて、裕一は肩をすくめ、隣に腰を下ろした。

「たろちゃんは、まだ中で騒いでるん?」

「あいつは、人に囲まれて喋ってるのが好きな奴だからな。まるで水を得た魚だ」

「そこに、惚れとるんやろ?」

「……お前も、京都弁が板についてきたな」

 ふふっと余裕の笑みを返す裕一に、大人になったんだな、と思う正史だ。

 もちろん、学生だった当時から、そんなに子供っぽいことはしなかった裕一ではあるが。大人の男の余裕は、30歳という年齢ならではなのだろう。

 大学入試こそ一浪したものの、その後はストレートで順調に進み、現在は京都市内の総合病院で内科医として勤務している。仙台出身で、親の跡を継ぐために、バスケプレイヤーの道を自ら諦めた裕一にしては、少し不思議な現状ではあった。まぁ、親を優先してスポーツは諦められても、恋人は諦められなかったのだろう。

 一方、その恋人の保は、親を優先した男だった。きっと、裕一が仙台に帰ってしまったなら、遠距離恋愛を覚悟してもそれでも京都に残ったはずだ。

 現在は、修行のために世話になった料亭の、新規事業展開の責任者として、全国チェーンになりつつある居酒屋経営企業の社長を勤めている。つい先ごろ甲府にもできたその店は、京風おばんざい料理店で、本格的な料亭の味をおばんざいにアレンジし、リーズナブルに楽しめる店になっていた。

 当の保本人は、太郎と同じく、学友たちに囲まれているのだろう。社長業から離れてプライベートの顔をしている彼は、いまだに学生に間違われるほどの童顔だ。しかも、学生時代学年一だった可愛らしさも健在。

 この同窓会が干支一回りなら、その恋人との仲はさらに一年多いので、今更浮気やなんやと勘繰ることもなく、自然に恋人を信じて放し飼い状態の二人だ。恋人自慢もさすがに飽きたので、なかなか普段顔を合わせることのできない二人は、近況報告に終始した。

 本人たちに自覚はないが、随分と夢中で話し込んでいたらしい。二人の見合わせる視線をさえぎるように、缶コーヒーが二本差し出されて、正史も裕一も驚いてその手の先を見上げた。

 そこにいたのは、結局身長は伸び悩んだままの二歳年上の友人だった。

「ロビーでそんなに夢中で喋らなくても、部屋に戻ればいいじゃない?」

 普段英語で話しているとは思えない流暢な日本語で苦笑と共に零されて、正史と裕一は顔を見合わせ肩をすくめた。

 医者になって以来、随分と精神的に大人になった裕一と、太郎と13年も連れ添って随分簡単な性格になった正史は、だいぶ息の合う間柄になっていたらしい。高校時代なら、こんなにも熱心に話し合う仲ではなかったように思うのだ。

 そこに、太郎と保を引き連れて、優が戻ってきた。

「さとっち、くぅ、連れてきたんだって?」

「久しぶりに会いたい〜!」

 誕生から15年が経ち、あちこちにガタが来ては直してきたので、時代に合わせて改良されて当初とは顔立ちも変わっている、文也と優の娘のような小型ロボットのことだ。

 当時は大容量チップなどまだ存在せず、頭脳は無線LANを使って通常のパソコンに置いていたが、今では単独で十分賄えるようになった。放熱には苦慮したが、現在では小型のノートパソコン並みのスペックを積んだ高性能ロボットだ。稼働時間も随分と長く伸び、頻繁な充電が不要になった上、小さな自家発電まで搭載している。

 高校時代の友人については、最後に会ったのは卒業旅行、というほど過去のことだ。覚えてるかなぁ、と文也自身が少し不安そうだったりする。

「くぅ。覚えてる?」

 見た目、一緒に連れてきているようには見えなかったのだが。どこに隠れていたのか、正式な会であるからとスーツ姿の文也の肩によじ登って来たのは、やはり500ミリペットボトルサイズの少女型ロボットだった。

『わぁ。たろちゃんとたもっちゃんだぁ。委員長とゆうくんもいるのぉ。久しぶり〜』

 こちらも、随分久しぶりの日本語モードなのだが、つい昨日まで英語しか話していなかったとは思えない、自然な日本語で少女ははしゃいだ。

 顔立ちはなんとなく日本人形風に変わったものの、茶色の目と金髪に近い髪は同じで、口調も仕草も同じなので、それがくぅであるとは全員一致で納得できた。

 文也の肩に掴まって、ずり落ちそうになりながら古い友人たちに手を伸ばすくぅの仕草に、全員が懐かしそうに目元を和ませる。

「今度、MT社から、うちで開発した小型ロボットが発売になるんだ。試作品を連れてきてるんだが、見るか?」

 事実上、くぅの弟として開発された廉価版人型ロボット。プレスリリースは来月になるので、この場限りのオフレコ情報なのだが、優はそれを自慢げに話して、借りている部屋のキーをこれ見よがしに見せびらかした。

 これでいて、アメリカ合衆国はボストン市街地に施設を構えるロボット開発研究施設の代表責任者である優だ。久しぶりに意地の悪い優らしい表情を見た文也が、嬉しそうに笑って、ソファに腰を落ち着けたままの子供っぽい恋人の保護者たちを見下ろした。

「恋人、優に連れてかれちゃうよ? 旦那様方?」

 まるで馬の眼前にぶら下げたニンジンのごとく、部屋の鍵を餌にエレベーターに促していく優に、正史と裕一が慌てて立ち上がるので、文也はその表情をこそ楽しんで、笑っていた。





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