二代目探偵団活動日誌 1



 俺の名は、井森啓司。二年生に進級した途端、特待生階に引っ越すことになった、五人のうちの一人。

 俺がお世話になっている学校、藤堂学園には、去年の二学期から、何とも不思議な制度が始まった。学生で組織する探偵団。生徒会とは別に、学生の間に起こる様々な事件を解決するために結成された部署で、人選は学園からのご指名だ。

 俺が選ばれた理由は、多分成績だろう。本来であれば、地元の有名私立高校にも入学できたはずと思われるだけの成績は取っている。通信簿も五段階評価の五が横並びだ。

 けど、だ。俺が誇れるものなんて、それこそ成績だけで、勉強ごとには強いけど応用が効かないのも自覚してるんだ。だから、それだけで選ばれたのだとすれば、実に不安だ。

 何しろ、初代の先輩諸氏が揃いも揃って粒揃いなんだから。比べたら、そりゃ見劣りもする。

 俺の他には、幼少の頃から剣道一筋だったなかなかの使い手と、地元の県で絵画コンクールに何度も入賞している未来の画家と、二年生きっての美少年と、俺と成績を争っている成績優秀者。どいつもこいつも、クラスが違うせいもあってまったく接点が無い。

 唯一、俺たち二代目探偵団のリーダーになった藤堂理事長の息子、藤堂雅治だけが、同じクラスなせいもあって顔見知りだった程度だ。

 それでも引き受けた理由は、先輩たちがとても楽しそうだったからに他ならず。

 引っ越してきて、共用のリビングスペースである談話室に入って、俺がまず出会ったのは、小さな少女だった。

 いや、もう、心底驚いたよ。いや、もちろん、ここは男子校なんだから、っていう理由もあるけど、それ以前に、そのサイズは人間じゃないし。

 談話室の丸テーブルの上で、ふわんと膨らんだスカートを揺らしながら一人で踊っているその少女は、背丈がペットボトルサイズだった。それも、500ミリの。

 その少女は、踊り狂っていた動きをぴたっと止めて、俺を見上げ、テーブルの端まで駆け寄ってきて、首を傾げた。

『だぁれ?』

 いや、その台詞は俺のほうこそ言いたいのだけれど。

 と、背後から誰かのくすくす笑いが聞こえてきて、俺はそちらを振り返った。

 そこにいたのは、茶髪に青い石のピアスをした小柄な青年で。先輩たちの中にいたと思う。えーと、名前は……。

「くぅ。後で皆と一緒に紹介してあげるよ。おいで。充電しておこう」

『はぁい』

 元気良く手を挙げて返事をした彼女を片手で抱き上げて、その先輩はまた談話室を出て行ってしまう。すれ違う時に、座ってたら?と席を勧めたくらいで、ほぼ無関心って感じだった。

 次に入ってきたのが、俺たち二代目のリーダー、藤堂だった。

「あ、井森。丁度良かった。初仕事だ、手伝って」

 無理やり引っ張られるように、俺は彼に手を引かれ、談話室を後にすることになった。だから、全員との初顔合わせは夜に持ち越しとなった。




 くぅとの初対面を話したら、藤堂に大爆笑されてしまった。

 時間は、あれから五時間後。夕食を済ませ、談話室に全員が集まっていた。三年生の六人と二年生の六人。

「だって。さとっち先輩のくぅちゃんって、すでに有名じゃない? 去年のクリスマス会で歌って踊って大はしゃぎしてたしさ」

「俺、クリスマスは早々に地元に帰ったから」

 言い訳がましい俺に、二年のメンバーまでよってたかってツッコむ。なんでも、肩に人形を乗せた佐藤先輩の姿は、珍しくないらしい。知らないのは俺だけか。

 そりゃ、世間に疎い自覚はあるけどさ。まさかそこまで鈍かったとは。自分で驚いた。

 俺が驚いている横で、話は先に進んでいた。

「で? 僕たちの初仕事は?」

 保先輩に負けず劣らず可愛らしい、俺たちの同学年生、真下マヒルが、藤堂に話を振ると、藤堂はもったいぶるように頷いて見せた。

「今日の昼間、早速お呼び出しがかかったよ」

「新入生のイジメ問題だよ。もったいぶるまでもなく、よくあることだろ」

 一緒に引っ張り出された俺が簡単に説明する。と、藤堂は俺を振り返って、困ったように笑った。

 先輩たちは、ただ黙って俺たちの会話を聞いていた。何だか、目で会話が交わされているように見えるところが、信頼しあっているのだろうと実感するのだけれど。俺たちがその域に達するのはまだまだ先のことだろう。

 俺が突き放すような説明をするのに、同じく二代目メンバーの木村陽一が眉を寄せた。根っからの風紀委員というイメージがある奴だ。お堅い感じで、ちょっと肌に合わないタイプ。

「そのよくあることを先生の手を煩わせずに学生の手で解決するのが、俺たちの役目だろう? 井森の発言は職務放棄に当たるな」

「まぁまぁ。そう気負わないでさ、気楽にいこうよ。イジメは問題視するから問題として成立するのであって、よくあることと認めてしまえば案外あっさり解決するものさ」

 また独特な主張をするのは、どう見てもスポーツマンには見えない剣道家の榎戸公平。その榎戸の発言のどこが面白かったのか、残りの一人、今川宏が大爆笑している。

 それで?と話を戻して藤堂に先を促す真下に、藤堂はちょっと困って、先輩たちに視線をやった。

「兄貴。知恵貸してよ」

 その藤堂の視線を追って、俺たち五人も先輩たちの方に視線を向けた。

 この藤堂と、先代リーダーの後藤さんが異母兄弟であることは、学内では常識の範疇だから、さすがに誰もその間柄を今更問いただしたりはしない。そのかわり、表向きから見るその関係を想像できない気楽な口調に、少し驚く程度。

 藤堂の要請を受けて、後藤さんは軽く肩をすくめると、自分では口を開かずに、すぐ隣にいた加藤さんに視線を向けた。それを引き受けて、特に何かやり取りした様子もなく、加藤さんが普通に口を開く。

「相田くんっていったっけ? 中学生時代はヤンチャしてました、って感じの子でしょ?」

「その子が、誰かをイジメてるの?」

 事実関係もまだ知らされていない真下が先走って問いかけるのに、俺は即座に首を横に振った。

「その、逆だ」

「え? イジメられてるの?」

 驚いたのは、真下だけではなくて、木村も今川も榎戸もだった。

 まぁ、確かに、元不良って聞けば、イジメっ子をまず想像するだろうから、驚くのも無理は無い。実際その現場を仲裁してきた俺でも、まだちょっと半信半疑だし。

 けれど、先輩たちの反応は、なるほどねぇ、もしくは、さもありなん、ってところだった。想像できた事態だということなんだろうか。

「うちの学生の半数近くは、イジメを受けてきた立場だから、イジメの加害者にイメージの近い相手が一人でいて、こっちが複数人なら、仕返しを考えるのもごく自然ではあるよね」

「しかし、この学園の特性をいまいち理解してないな、その一年坊主ども」

 ちっ、と忌々しげに舌打ちしてそう反応したのが、俺たち二年生にはいない、元不良っぽい雰囲気の先輩で、どうもそういう雰囲気を持つ人に対する先入観が拭えないせいで、俺はその舌打ちに反応して首をすくめてしまった。

 それは、今川もだったらしい。俺よりもずっとオーバーアクションで身を引くから、当然斉藤先輩にも気付かれて。

 気付かれたのはわかったのに、彼からはそれ以上の反応がなかった。じろり、と睨みつけてくるくらいはするだろうと思ったのに、どちらかというとバツが悪そうにそっぽを向いてしまった感じだ。

 その斉藤先輩の隣にいる佐藤先輩が、少し困ったように微笑んだ。

「優の出番だろうね」

「……当人にとっちゃ、余計なお世話だろうよ。地元で仲間とつるんで暴れててもいいところを、わざわざこんな山奥に引っ込んでくるんだぞ。それなりの覚悟は出来てるさ」

「できてたの?」

「一応な。俺は幸い、そういう目にも遭わなかったが」

「優は、だって、一人でも十分恐いもん。気の弱い子たちが十人くらい集まったところで、優の方に軍配上がるでしょ」

「言えてる〜。ボクもさいっちゃんには恐くて近づけなかったし〜」

 今では平気でその相手をからかうことも出来るらしい保先輩にそう言われて、ちょっと憮然とした表情だったけれど。反論はない。認めているのか、聞き流しているのか、それはわからないけれど、自分の持つ雰囲気と容姿からくるマイナスイメージを、受け止めている証拠なのだろう。それが、彼の言う覚悟なのだと思う。

 そういえば、確かに、昼間イジメの仲裁にでかけた時も、相田本人は気にした様子もなくて受け流していて、周りで見ているギャラリーが見かねて通報してきた形だった。

 思い返して自分ひとりで納得していると、その俺の耳に、ひそひそと話す真下の声が聞こえてきた。

「ねぇ。この学園の特性って?」

 問いかけた相手は、木村だったらしい。問われた方も、答えかけて、首を傾げている。

 その声を聞き取ったのは、藤堂だった。

「うちの入試の選考基準、知ってる?」

「え? え〜と。……何だろ。学力度外視なのは知ってるけど、そういえば基準なんて知らない」

 言われてみれば、今まで考えたこともなかった。

 藤堂学園の入試は、筆記テストの他に、面接テストがある。三人の面接官と一人で対峙して、問われた質問に答える形式の面接は、思い返しても大したことは聞かれていなかったと思うのだけれど、実際、面接テストの結果が合否に直結するらしい。どこを見て判断しているのは、いまいちわからない。

 俺たち二年生がことごとく答えられないでいると、藤堂は先輩たちの方にも問いかける視線を向けた。そして、その視線を受けた先輩たちは、答えられない俺たちにこそ驚いているようだった。

「まさか知らないとは思わなかった」

 そう言ったのが、加藤先輩や後藤先輩なら、貴方たちには敵いません、となるわけだけれど、それは保先輩の台詞だった。つまり、常識の範疇、っていうことだ。それに、保先輩の隣の内藤先輩まで、こくこくと頷いているんだ。

「地元の高校に通えなくて、かつ、自分の現状を理解して打破しようと努力していること。基準はそれだけのはずだよ」

「その内容を初対面の相手に説明できる人しか入学できないからね、学力はともかくそれなりに想像力があって説明能力があって適応能力もある人が選ばれてくるわけさ。だから、うちの学校は自己責任の上で何をしても良いって言い切れるわけ。サボろうが徘徊しようが引きこもろうが、個人の自由。救いを求められれば最大の協力はするけれど、自分から現状を打破する意思を持てない人間まで引っ張りあげる気は無い」

「反対にね、個人の自由を認めている学校だから、学生同士にも必要以上の干渉を控えるように、協力を求めてるはずなんだ。入学するときに、これだけは守るように、って言われた三項目が、それにあたる」

 言える?と問われて、俺は同学年生たちを見回した。申し訳ないけれど、俺はうろ覚えだった。なんとなくはわかるし、一年生活して身に染み付いたから、改めて言葉に表現しようとすると、咄嗟に出てこない。

 出てきたのは、木村だった。神妙に頷いて、指を折る。

「親しき仲にも礼儀あり、情けは人のためならず、触らぬ神に祟りなし」

「ちなみに、意味は?」

「いくら親しい間柄であったとしても、それぞれ深い事情を持って集まってきた仲間なのだから、傷に踏み込まないように注意すること。助けを求められたら出来る限りの協力をすること。相手の事情を知らない間は、相手の弱点がわからないのだから、むやみやたらと首を突っ込まないこと。ですよね」

 つまり、今回の場合、相手の事情も知らず先入観だけで行動した新入生たちについて、この学校の特性を理解できていない、と言っていたらしい。

「現状では、相田くんはまだ反撃に転じないで堪えてくれているけど、いつ堪忍袋の緒が切れるかわからないわけだし、今のうちにそこのところを理解させないとね。見た目だけで大した力も無い子だったら、刃傷沙汰にはならないだろうけど、これがさいっちゃん並だった場合、手に負えない可能性が出てくる」

「……俺はどんな猛獣なんだ」

 憮然とした様子で呟く斉藤先輩に他の先輩たちは楽しそうに笑っていたけれど。俺たち二年生にとっては、斉藤先輩は見るからに凶暴そうで、引きつり笑いしかできなかった。

 それで、と話を戻したのは、佐藤先輩だった。斉藤先輩が猛獣なら、佐藤先輩こそ猛獣使いだろう。

「今回は二年生に解決してもらうの?」

「今回は研修ってことで、俺たちの仕事を見て覚えてもらうのが良いんじゃないかな。ね、旦那」

「そこまで手取り足取りすることは無いだろう。雅治に任せておけば良い。ただ、まぁ、相田くんに関しては……」

「さいっちゃんの出番だね」

「……しゃあねぇなぁ」

 加藤先輩の断言に後藤先輩まで頷いて、斉藤先輩は渋々頷いていた。隣で、佐藤先輩が何とも楽しそうに笑っていた。





[ 71/86 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -