ちびっこ騒動記 1




 とたとたとた。

 パタパタパタ。

 全寮制男子校の中で聞くには異様に体重の軽い人間の走る音に、まるでスリッパを鳴らしているような音に、道行く学生が思わず振り返る。そして、驚愕のうちにその影を見送る。

 少年は、まったく周りの視線など気にせずに、一目散に寮内を走っていた。

 少年の姿は、この全寮制男子校において、というよりは、高校という施設の中において、あまりにも不自然であった。そして、一般的な商店街に置いてみても、やはり不自然だったろう。
 肩が出るほどぶかぶかの厚手のTシャツを申し訳程度に着込み、腰が余りすぎて今にもずり落ちそうなハーフパンツの裾を捲り上げて、彼にしては大きすぎるA4サイズのカバンを引きずっているのだ。
 いくら10月初旬まで引きずった残暑がまだ残っているとはいえ、いくら私服が許可されている学校であるとはいえ、この姿はあまりにも不自然だろう。一般常識的に。

 校舎棟から寮棟への渡り廊下を通り過ぎ、五棟ある寮を次々と踏破し、第五棟から第一棟まで一気に駆け抜けて、階段を最上階へ昇りきる。

 ちょうど中央に位置する階段から右に曲がって、まず自分で鍵を開けた部屋に引きずってきた荷物を放ると、階段を挟んで反対側へ急いだ。

 ピンポンピンポンピンポン。

 せわしなく連続してチャイムを鳴らし、部屋の中にいるはずの住人を呼び出す。そのチャイムも、手を伸ばしてようやく届くほどの高い位置にあるのだが、そんな不便さすらもものともしていない。

 しばらくして、部屋の主がその扉を開けながら、文句を言う。

「加藤、お前な。チャイム壊す気か……あ?」

 とりあえず最後まで抗議を言い終えて、そこで固まった。

 後藤正史。高校二年生。理事長の妾腹の息子であり、今年実験的に発足した学生探偵団、通称『藤の探偵団』のリーダーを務める男だ。

 その冷静沈着を絵に描いたような男が、この時ばかりは唖然とした表情で固まった。まったく、由々しき事態と言っていいだろう。

 そんな反応を、だが、それをさせた当の本人は、満足げにけらけらと笑った。

 誰がどう見ても、幼稚園児か小学一年生な容姿を持つ少年だが、正史から見れば、紛れもない同い年の恋人なのだ。

「……加藤、だよな?」

「そぉだよ〜ん。ダーリンっ」

 ぴょん、と跳ねて、少年は正史の腹に抱きついた。受け止めきれずに、正史が尻餅をつく。それは、少年が重かったわけでも抱きつかれた衝撃が強かったわけでもなく、とにかく驚いているせいだ。おかげで、とっさに身構えることも出来なかった。

「びっくりした?」

 きゃははっと実に楽しそうに笑って、少年は正史の顔を覗き込む。正史はその少年をしばらく呆然と見詰めていたが、ようやく頭の整理がついたのだろう、盛大なため息をついた。

「びっくりした、なんてものじゃないだろうっ。加藤、お前、それ、どうしたんだ」

「へっへー。高杉センセの遊びに付き合ったのだよ〜ん」

「……またか」

 その教師の名前で、どうやら事情の八割方を理解してしまったらしい。正史は仕方がなさそうに肩を落とした。

「で、戻れるんだろうな?」

「解毒剤はちゃんと飲んできたよ。今までの実績からいって、明日の朝には戻ってる予定」

「……そう願うよ」

 完全に脱力した様子で、深くため息をつく正史であった。





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