10




 翌日。

 目を覚ました文也は、近くに人の気配がして驚いた。優に抱かれて気を失うように眠りについたのは、もう夜中だったのは覚えている。それからぐっすり眠ったのだから、昼くらいではないだろうか。

 授業中な時間の気がするのだが。

「目が覚めた?」

 声をかけてきたそれが、思っていた声と違って、面食らった。優だとばかり思っていたが、それは太郎の声だ。

「え? 何で?」

 きっと心配していてくれたのだが、文也は思わずそう聞いてしまった。寝ぼけているのはわかるので、太郎は実におかしそうに笑う。

「おう。起きたな。ちょうど昼飯の時間だ。着替えたら、食堂に行くぞ」

 あぁ、腹減った。そうぼやいて見せたのが、優の声だ。おそらく太郎は優に付き合ってくれていたのだろう。なるほど、と納得できるほどには目が覚めて、文也は目を開けた。

 そこにいたのは、優と太郎の二人だけだった。

 ぽんっと着替えを放られて、文也はそれを見下ろす。太郎が気を使って先に出て行った。男同士なのだから、気兼ねすることもないのだが。

「何食う? 雑炊でも作ってもらうか? あれから、うどんしか食ってねぇぞ、お前」

 そんな問いかけをしながら、優は床に散らばした参考書の類を片付ける。二人で勉強していたらしい。

「くぅは?」

「充電中。さっきまで数学ではまっててさ、電卓してもらってた」

 文也が起きないから、と恨みがましく言うので、思わず笑ってしまう。

「解決したの?」

「いんや。加藤も匙投げたから、後で文也に教えてもらおう、って」

 なんだか優が、らしくなく、真面目な受験生をしていて、少し驚いた。それから、ふと、罪悪感にさいなまれる。

「授業中でしょ? 受けてくれば良いのに」

「……文也。お前、やっぱり自覚してないな?」

 え? 自覚、などと言われて、驚いて優を見つめてしまう。大きなため息が続いたので、とまどった。

「まぁ、いいや。その話は後だ。飯、行くぞ」

 着替えを終えた文也を引っ張りあげ、そのまま部屋を出る。手を引かれるのにしたがってついていって、文也は首を傾げるのだった。




 まだ、昼休みには少し早い時間だったらしい。食堂には、授業をサボった学生がちらほらと見受けられる他、ほとんどの席が空いている。

 雑炊が食べたいとわがままを言う優に、食堂のおばちゃんは、苦笑を浮かべつつ、応じてくれた。まだ混み始めるには早い時間だ。食堂のおばちゃんたちも、この学生探偵の世話になったことがあって、気に入られているのも、理由の一つだろう。

 出来たての雑炊をどんぶりに二皿もらって、優と隣り合わせに座って、熱々のそれを食べ始めた頃、授業が終わったらしく、学生たちの一団がやってきた。間一髪、である。

 ゆっくり全部食え、との優の監視つきで、やっと半分食べたところで、授業に出ていた半分、正史、保、裕一の三人がやってきた。

「さとっち、おはよう」

「やっと起きたね。ねぼすけさん」

 手にA定食を持って、裕一が片手を空けて、文也の頭を撫でまわす。正史はさっさと太郎の隣に陣取った。

「ホントはボクたちもさとっちのそばにいたかったんだけど。委員長が、授業受けろって、無理矢理引きずってくんだ。ひどいよねぇ」

「何を言う。大勢で大騒ぎをしていては、佐藤が落ち着いて寝られないだろう」

「だって、昨日あれだけ騒いでも、寝返り一つ打たなかったんだよ」

 あれはある意味すごいよねぇ、などと言って茶化して見せる。その表情が心から笑っていなくて、文也を注意深く観察している風なので、心配されているんだとわかる。

「ご迷惑をおかけしました」

 皆がこんなに心配してくれるのが照れくさくて、文也は簡単にそう言って頭を下げる。なんの、と太郎が手を振り、正史は苦笑を浮かべた。保と裕一は顔を見合わせて首を傾げる。

「ちょっと、さいっちゃん。もしかして、さとっち、自分で気づいてないの?」

 それは、実に意味深で、本人にとっては意味不明な問いかけだった。だが、文也を除いた全員が、その保の問いかけが意味するところをわかっているらしい。視線が4人分、優に集まる。優が頷くと、それらの視線の先は、そのまま文也に並行移動した。

「え? 何?」

 不思議そうに聞き返す文也に、それぞれがそのパートナーと顔を見合わせる。

「さとっち、自分の行動、振りかえってごらん」

「10秒に1回、さいっちゃん見てるの、本当に気づいてないの?」

「無意識に、さいっちゃん探してるでしょ?」

 それは、本当に無意識だったらしく、裕一、保、太郎に、立て続けに言われて首を傾げる。そう?と優を見やると、優までうなづいて返してきた。向かい側の正史も、どうやら肯定しているらしい。む、と短く、声を発する。

「ま、実家で三日間も一人で閉じこもってた後遺症だろう。人恋しいんだよ、きっと。だからな、普通に一人でいられるようになるまで、そばにいてやるから。カテキョしてよ」

「うん。俺もそれ、お勧め。どうせ授業だって受験対策なんだし、さとっちとマンツーマンの方が、さいっちゃんには効率的なんだから、ちょうど良いんじゃない?」

 甘えちゃいなさいな、と太郎にも言われて、文也はその申し出を断ることが出来なくなってしまった。大丈夫だから優は授業に、という断り文句が封じられては、文也には選択肢がない。

「良いの?」

「っていうか、是非そうして。無理しないで、早く元気になって欲しい」

 仲間たちを代表してそう答えて、保はリーダーである正史に同意を求めた。正史も、悩むことなく頷く。

「卒業旅行に行くのだろう? 受験がないのは佐藤だけだからな。早く本調子に戻ってくれ」

 それは、そんな理由を装ってはいるが、本当に心配してくれているのだ。口調でわかる。だから、文也は俯いてしまった。頷くしかない。

「……うん。わかった」

「意地張るなよ? 心の病気は、ゆっくり確実に直さないと、後まで残るからね?」

 それは、結局カウンセラーへの道を選んだ太郎の、勉強成果と実体験に基づく教訓によるもので、文也も、それは探偵活動を通した実感があるので、素直にうなづいた。自分が精神的な病に侵されたのは、認めたくはないが、どうやら事実であるらしい。とすれば、おとなしく治療に専念するべきだった。

 文也がその事実を認識してくれたのに、太郎は安心したらしい。にっこりと微笑んで見せる。

「じゃあ、午後は俺も授業に行ってくるね。放課後、ちょっと数学教えてもらって良いかな?」

「あ、ボク物理。たろちゃんの説明じゃわかんなくって」

「悪かったね、説明下手で」

「違うよぉ。あの問題がわけわかんなすぎなんだよぉ」

 保が情けない声で自分の失言に言い訳をするのに、皆が笑った。まだ暗い顔をしている文也の頭を、優が元気づけるようにぽんと叩いた。





[ 65/86 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -