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 そんな中、弟の祐樹が初めて口を開いた。

「兄貴は、俺が家を継げば良いとか思ってるみたいだけど、それって無責任じゃないの? 長男だろ?」

「長男なら、両親に嫌われていても後を継がなきゃいけないの? 一人立ちしたいというなら止めないけど、うちでああいう猫可愛がり方をされてた人間には、世間様はなかなか厳しいと思うよ」

 不満そうな口応えをする弟に、文也が苦笑を返す。その隣では、ちょうどくぅを抱き上げていた優が、一人で勝手に笑っていた。

「うちの弟は、そう考えると、かなり素直だったなぁ。家業の修行しないなら後継権譲れ、って脅されたぞ、こないだ」

「譲ったの?」

「まぁ、家継いでも、俺にはほとんどメリットないからなぁ」

 太郎に突っ込まれて、衝撃の事実を告白する。そもそも、家を継ぐ、という言葉を使う家の生まれであることすら知らなかった太郎としては、目から鱗状態だ。

 その間にも兄弟の会話は続いている。

「そういう話とは違うだろ? 一人で暮らしても佐藤家の長男には変わりないじゃないか」

「だから、長男だから、って家継ぐとは限らないでしょ? 僕がうちの家業継いで、システムキッチン屋さんになんてなったら、それこそ全人類の損失でしょうが」

 それを自分で言うか、と突っ込んだのが太郎で、優はただ笑っていて、力強く頷くのは中野と祖父である。ということは、彼らは文也に後を継がせる気はないらしい。

 頷いた祖父に、父親が怪訝な表情を見せる。これを受けて、祖父はようやく自分の意見を述べた。

「皆、進みたい道に進めば良い。会社は家族経営できるほど小さくはないし、いずれ他人が会社運営をすることになるだろう。私が一代で興した会社だ。そこに孫の代まで縛りつけるつもりはない。まして、文也には類稀なる才能が備わっていて、しかもすでにその道で認められつつある存在だ。それを潰す権利は、家族であるというだけの関係にはないはずだよ」

 言われて、不満そうなのは文也の家族たちだった。まさか、父が、祖父が、そんなことを言うとは思わなかったらしい。その言葉は、祖父の本心なのだろう。文也も意外だったようで、祖父を見つめてしまう。

「それ、本心ですか?」

「あぁ。無論、本心だよ。文也も、その方が嬉しいのだろう? 可愛い子には旅をさせよ、と言う。頑張ってごらん。ここがお前の実家であることには変わりないだろう。そんなに究極論を語るものではない。誰でもある程度納得できる方法を考えるのが、現実的というものだ。丁度、文也は独立を望んでいて、祐樹はまだしばらくは家にいるつもりなのだろう? それで良いではないか」

 何か問題でもあるかね?というように片眉をあげて、祖父は自分の息子夫婦を見やった。一見、文也の味方のように見える意見だが、彼はどうやら中立の立場のつもりらしい。それから、文也をじっと見つめ、どうやら何かを見定めていたようだったが、やがて視線を転じて、もう一度息子を見る。

「お前も、そうやって文也を叱れる立場ではないな。文也が留学先でどうしていたのかくらい、親なら、本人に内緒で探っておくとか、できるだろう? まったくの他人の家に厄介になったわけではない。お前にとっては血縁に当たる、従兄弟の子と同居していたのだ。定期的に探りを入れるくらい、わけもなかろうに。その態度では、文也が『自分は親に見放されている』と思うのも、仕方がなかろうなぁ」

 言われて、確かに、と頷いてしまう優である。どうやって調べたのか、秘密主義の文也が話したのでもなさそうなのに、祖父は文也が大卒であることを当然のように受けとめていたのだ。つまり、彼でさえ、孫の実経歴を把握し得たわけである。となれば、親の職務怠慢と取られるのも、無理はない話だ、ということになるわけだ。

「父さんは、黙っていてください」

「いいや。黙ってはおれんよ。お前たち、自分の息子が可愛くはないのか? 無理矢理戻されて部屋に閉じこもってしまうほど、心を壊しかけた子供を気遣うのは、親としても年長者としても、当然のことだと思うがの」

 そんな風にかばってくれるとは思っていなかった文也が、そう言われてびっくりして、祖父をじっと見つめてしまった。さりげなく文也に寄り添っていた優が、もっとやれ、と小声ではっぱをかけるのに、そばにいて唯一聞こえた文也が苦笑する。

「良いです、別に。両親には何も期待していませんから。僕の将来の邪魔だけ、しないでおいていただければ」

「文也君の卒業後の後見は、及ばずながら、私が務めさせて頂きます」

 そこに、ようやく、佐藤家の顧問弁護士が口を挟む。表立って文也の味方に立っている、唯一の関係者だ。それなりの権利と義務があるはずだった。

「幸い、私の事務所と自宅のどちらとも程近い場所に部屋を借りてくれましたし、今までも何かと頼ってくれていましたので、何かあっても十分対処できます」

「そういう問題では……」

 中野がそう請け合うのに、父親は戸惑い、しかしかたくなに文也にこだわろうとする。おそらく、自分が文也を自宅に呼び寄せた理由を、とんでもない事実を知らされて封じられ、文也をどう扱ってよいか、わからなくなっているのだろう。

 そんな息子の気持ちが読めたのか、どうなのか、祖父があからさまにため息をついた。

「今まで何の干渉もせずに文也を放っておいたのだろう? 文也ももうすでに二十歳だ。自分の人生設計も出来ているだろうし、今更口出しされても困るだろう。今まで通り干渉しようとせず、影から見守ってやったらどうだ?」

 のう、文也。そう祖父が話を振ってくるのに、文也は一瞬きょとんとした顔をし、それからバカにするように軽く笑って見せた。

「影から見守るだけの度量があれば、御祖父様に言われるまでもないんじゃないですか? ま、何と言われようと、言いなりになる気もないですけどね」

 そんな風に言いきって、文也は次いで祖父を見る。

「しばらく、この家の敷居をまたぐこともないと思います。御祖父様には、大変お世話になりました」

「もう、行くのかね?」

 問い返したその声が、少し寂しそうだったのが、文也は嬉しかった。この家が嫌いで、中学生の時に耐え切れなくて逃げ出したほどなのだが、こうして名残を惜しんでくれる人がいる事実は、それだけで何よりの救いだった。

「お腹もすきましたし、友達が待ってますから」

「なら、送っていこう。食事経由で学校まで、で良いね?」

 すぐにそう申し出て、中野は傍らに寄り添っていた主人を見下ろす。パイプを燻らす彼は、その顧問弁護士を見上げると、軽く頷いた。

 まだ何か言いたそうな両親と弟を見やり、先に部屋を出ていく中野を追うように友人たちを促すと、文也はあからさまにため息をついた。

「世間体やらあるべき家族像なんて固定観念をとっぱらって、僕をどう思っているのか、自分の胸に聞いてみたらいかがですか? 答えは皆さんがそれぞれ持ってますよ」

 じゃ。そう、軽い挨拶を残して、文也もその部屋を出ていった。





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