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 喫煙室は、実は校内で一番、教師と生徒の仲が良い場所だ。
 そこに、二時限に一回は現れる頻度の人間は、それこそまさにニコチン中毒者で、手の施しようがない同志だった。
 その一人に数えられている優に、その日は珍しく連れがいた。もちろん、文也だ。

 タバコの一件は、結局エッチで誤魔化しても文也は忘れてくれなくて、起きた途端に不機嫌になってしまったので、「マルボロ一箱おごるから」で手を打ってもらったのだ。

 校内にタバコを売っている場所は、この喫煙室の自動販売機のみで、他で手に入れようとしたらバスで30分のふもとの商店街まで行かなければならないから、だからこその連れだった。

 椅子からタバコの灰を払い落として、文也は優からタバコの箱を受け取り、そこに座る。空いた椅子を引きずってきて、優もすぐそばに座った。灰皿を手前に引き寄せる。

 この部屋ではあまり聞きなれない音に、室内に居合わせた全員の視線が文也に集まった。隣の優もその手を見つめている。紙箱の中で複数の木片がぶつかり合う音。

「マッチ?」

「リンの匂いが好きなんだ」

 シャッと軽快な音を立て、マッチに火をつける。はい、と出された火に、優は自分のタバコを近づけた。

「へぇ。マッチの匂いなんて初めて嗅いだな」

「使ったこと、ない?」

「いつも100円ライター」

 だろうねぇ、と半ば納得したように文也が頷いた。

 文也もタバコに火をつけると、それを待っていたように、向こうでタバコ中だった体育の生田教諭と英語の佐藤教諭が、椅子を持ってやってきた。

「おい、斉藤。お前、いくらなんでも、きれいな肺まで黒くするこたないだろうよ」

「何だ、それ。俺がこいつに強制してるとでもいうのか? 俺でも、こんな強いのをこういう吸い方はしねぇぞ」

 こんな、と言って文也を示す。言われた文也は、否定もできずただ楽しそうに笑っていた。
 手にはマルボロの赤箱。ふぅ、と深い息とともに煙を吐き出す。確かに、と二人の教諭は肩をすくめた。

「2Aの佐藤か」

「よろしくお願いします」

 ペコ、と頭を下げたのは仲間入りの挨拶だ。禁煙中止らしい。おかしいなぁ、とぼやいていたのを知っている優は、隣で実に嬉しそうだ。

「ところで、佐藤先生」

 近寄ってきた割には特に用もなかったのか、生田教諭が佐藤教諭に声をかける。もしかしたら、佐藤つながりなのかもしれないが。そういえば、苗字が同じだ。

「例のエアメール。あて先は見つかりましたか?」

「いえ、まったく。住所は確かにここなんだが、どの佐藤先生もわからないらしくて、お手上げなんですよ。と言って、エアメールでしょう? 送り返すのもねぇ」

「エアメール、ですか?」

 きょとん、という顔で、文也に問いかけられて、二人の教諭はその学生を見やった。隣で優も興味津々だ。

「何の話だよ、センセ」

「あぁ。それがな」

 別に秘密にしておくべきことでもないらしい。佐藤教諭が身振り手ぶり含めて話しはじめる。
 何のことはない。学校宛にエアメールが届いたのだ。
 ただし、受取人に個人名が記入されているのに、寮の部屋番号がない。学生も教員も、ほとんどが寮住まいのこの学校では、個人宛の郵便物は大抵部屋番号まで書くもので、それはマンションやアパートなどと扱いは同じだから、部屋番号が書かれていないと届けようにも手元に届けることができない。
 そこで、英語で書かれたエアメールであて先がSATOなので、英語教諭の佐藤に白羽の矢が当たった。違うのであれば探して届けてくれ、ということだ。

「でな、宛名が、Dr.Fumiya Sato……」

「文也じゃん」

「あ、それ、僕です」

 名前を言った途端、二人の学生が同時に声を上げた。教諭側は、一瞬驚いたが、それから顔を見合わせ、疑わしい目を返す。

「ドクター、だよ?」

「ですよ?」

 あっさり頷く。それは知らない優も、疑わしい目を向ける人の仲間入りをした。文也が苦笑する。

「中2で渡米して、向こうで大学まで行っちゃったんですよ。博士号も向こうで。運が良かったんですけどね。なので、同級生より2歳も年上なんです」

 まるで何でもないことのように話すが、それは実はとんでもないことだということを、文也はわかっているのだろうか。
 優でさえ、これまで付き合ってきてとてもそうは見えない文也に、信じられない、という視線を隠そうともしない。

「……疑うわけではないがね。どこの大学を?」

「マサチューセッツ工科大学。ロボット工学科です。小型の独立歩行ロボット開発で、博士号を取りました」

「……あれは、独立歩行の域を超えてるだろ」

 『くぅ』を知っている優がそう突っ込みをいれるのに、そうだねぇ、とのんびり答えている所が、文也の大物たる所以かもしれない。ものすごいことのはずなのだが。

「手紙、いただけます?」

 ぼけーっと文也を見つめていた佐藤教諭は、そう文也に要求されて、我に返った。ここで待ってろ、と言い置いて慌ててタバコの火を消し、部屋を出て行く。

「ん〜。でも、誰だろう? ここの住所は向こうの友人たちには教えてないのになぁ」

 ぷか〜、と煙を吐き出して、首を傾げる。自分が口に出して呟いたのに、おそらく気づいていないのだろう。恋人と教師がそろって見つめているのに、まったく気にしていないのだから。

「文也、お前って、凄い奴だったんだな」

「佐藤の成績は、上の中くらいだと思うんだがなぁ」

 人は見かけによらない、と話す二人に、文也は他人事のようにくすくすと笑っていた。

 結局、佐藤教諭から手紙を受け取った文也は、差出人を見て眉をひそめ、ポケットにそれを突っ込んでしまった。
 それ以来、文也が一日中不機嫌で、柄にもなく優は心配そうに恋人を見つめている。クラスメイトたちは、文也と優が仲良くなってから教室が明るかったのに、急に元に戻ってしまったようでとまどっている。元々、この教室の雰囲気が重かったのは優のせいだったのだが。





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