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 数寄屋造りの家というのは、本当にどこも同じ造りをしている。階段を上っていった風景が、自分の知っている風景に酷似しているせいで、迷うこともなく優は目的地へ向かっていった。

 一番奥の部屋。突き当たりに小さな窓がついていて明り取りになっているので、廊下の暗さよりは明るく感じる。そこに、木製のドアがついていた。確かに、鍵はない。

 まずはノックをしてみる。返答がないのは承知の上だ。

 次いで、ゆっくりとノブを回した。こちら側に引いて、ドアを開ける。

 部屋の中は、雨戸が閉められているのだろう、真っ暗で何も見えない。

「文也?」

 どこにいるかすらわからない闇の中に、目を凝らす。声を掛けても、返事がない。ただ、押し殺した息遣いだけは聞こえるので、ここにいるのは確かなのだろう。

「文也。いるんだろ?」

 声を掛けながら、優は部屋に入り、戸を閉めた。雨戸の隙間から少しの光が漏れてくる、真っ暗闇だ。

 しばらく目を凝らして、ようやく慣れた頃、部屋の片隅に人の影が見えた。

「電気、点けるよ」

 突然明るくなったらびっくりさせるので、声を掛ける。そして、手探りで蛍光灯の紐を引いた。古い蛍光灯が、しばらく経ってから光を灯す。それでやっと、そこにしゃがみこむ文也の姿が見えた。

 まさに、しゃがみこむ、である。

 放心状態で、きっと優がここにいることすら気がついていない。

 文也の様子がおかしいことは、くぅにもわかったのだろう。文也に手を伸ばして、優の腕の中で暴れる。

『まぁくん。ふーちゃん、変だよ?』

「あぁ。そうだな」

 そうとしか、答えられない。ゆっくり文也に近づいていって、すぐ隣に膝を着いた。くぅが優の腕から抜け出して、文也の身体によじ登る。

『ふーちゃん。くぅだよ。わかる?』

 文也の背中をよじ登って、その頬に手を伸ばす。文也からの反応はない。耳元で話しかけているのに、全く聞こえていないようだ。

 こんな状態の相手に話しかけたのはさすがに初めてなくぅが、戸惑って優を見上げた。ご主人様が無視する、その事実しかくぅにはわからない。ただ、その状況が、普通でないことは認識しているらしく、文也の肌に直に触れて、自分を認識してもらおうと働きかけた。

「文也。目を覚まして。俺だよ。優だよ」

 声を掛けて、優はくぅもろとも、自分の胸に恋人を抱き寄せる。三日も風呂に入っていなくて、便所にすら行っていないということは、新陳代謝に異常を来たしているはずで、少し体臭がきつい。それが、優には全く気になっていないのが、不思議だった。

 というよりは、気にはなるが、それよりも文也を正常な状態に呼び戻すのが先決なのだ。

 ちゅっと額にキスを落とす。頬に触れて、自分の頬を寄せる。できるかぎり、身体を抱き寄せる。

「文也」

 耳たぶをかじる。うなじを撫で上げる。フワフワの髪に口付ける。

 文也から、反応はない。

「くぅ。おつかいして。一階に下りて、加藤に暖かい濡れタオルを持ってきてもらって」

『はぁい』

 文也がまったく反応を示さないのに、くぅが寂しそうな表情をしていた。暗い声で、優の指示に従う。文也から降りて、優に開けてもらったドアを出て行く。それを見送って、優は文也の元へ戻ると、ゆっくりとその身体を横たえた。下は畳敷きなので、痛くはないはずだ。

 文也を寝かせた優は、文也がびっくりしないように気を使いながら、その服を脱がせていく。優しい愛撫をかかさない。素肌を撫で、キスを落とし、声を掛けて。まだまだ寒いこの時期だ。エアコンは回っているものの、寒いのには違いないので、自分も上の服を脱いで文也に肌を寄せた。そこに重ねて置いたままになっている布団セットから掛け布団を引っ張り出して、上にかぶった。

 下着一枚まで服を脱がせた頃、ドアがノックされた。

「さいっちゃん? タオル、持って来たよ」

 下に残った太郎の声に、優は文也を掛け布団でくるんで暖かくしてやって、自分はシャツを申し訳程度に羽織ると、ドアを開いた。三枚も、作ってきてくれたらしい。さすが、気が利く。

「大丈夫?」

 まだ熱いタオルを渡しながら、心配そうにそう尋ねる。優の格好がこの季節にしては異様なほどなのに、どうやら気にしていないらしく、ただ心配そうな表情だ。

「難しいところだな。まったく反応がない。俺に気づいてくれないんだ」

「重症だね。大変だと思うけど」

「あぁ。大丈夫だ。命に代えても、文也は俺が元に戻す」

 うん。太郎は、そう頷くしかない。ここは、優にしか任せられない場面だ。自分がでしゃばるべきなのは、こちらではなくて、むしろ家族の方だから。

「くぅ、借りてもいい? 先に、話しちゃうよ。本当は、さとっちも同席した方が良いんだけど、それどころじゃなさそうだしね」

 あぁ、そうだな。そう答えて、優は太郎の肩にしがみついているくぅの頭に手を置いた。まるで子供を扱うように、ぐりぐりと撫でてやる。

「くぅ。文也の家族に、ご挨拶しておいで。ふーちゃんは天才なんだよ、って自慢して」

『うん。わかった』

「じゃ、借りてく」

 自分の肩からくぅを降ろして、抱きしめた。それに、優も頷く。太郎は、平気そうにしながらも辛そうに眉を寄せている優の肩を、勇気付けるようにぽんぽんと叩くと、ドアを閉めて戻っていった。

 立ち去っていく足音を送って、優も文也のもとへ戻った。

「寒い? 文也」

 掛け布団に包まって、縮こまって自分の身体を抱きしめていた文也を、一緒に布団の中に入って抱き寄せる。それから、持ってきてもらったタオルを一枚広げ、文也の胸にそっと置いた。

 ぴくっ。

 おそらく初めて、こちらからの刺激に反応した。身体が大きく震える。それに気がついたが、優はそのまま無視をして、タオルを肌に滑らせた。

「気持ち良いだろ? じっとしてろよ。身体全部拭いてやるから」

 今更だが、文也の快感点なら、おそらく本人よりもよく把握している優だ。拭いてやりながら、時折文也の弱いところを刺激してやる。快感は、人間にとって心地よい部類の中では最高の刺激だ。そこから感覚を取り戻させてやるのが、最も手っ取り早い。間違いなく、自分をここへ送り込んだ弁護士と友人は、それが目的での人選なのだ。こればっかりは、他の人間にはできない。たとえ家族でも。





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