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 優に追いつき追い越して、中野は玄関を開けると、中へ声を掛けた。

「こんにちは。中野です」

「はぁい」

 家の奥から聞こえてきた応答は、この家に古くから仕えている、家政婦の松子の声だ。他にも使用人や家政婦は何人かいるのだが、台所の責任者を任されている彼女は、接客も担当している。

 奥からスリッパの音を鳴らしながらやってきた松子は、中野の他に若い男の子が二人もいるのに少し驚いたが、それからにっこりと営業スマイルを見せた。

「いらっしゃいませ。文也坊ちゃまのお友達の方でいらっしゃいますわね? 遠いところをようこそおいでくださいました。ささ、どうぞおあがりください」

 深々と頭を下げて挨拶をして、三人分のスリッパを手早く用意し、三人を客間へと促す。三人が脱いだ靴は、後からやってきた若い女性が揃えてくれた。

 通された客間には、先客があった。入っていった中野の顔を見て、立ち上がり、深々と頭を下げる。

「先生。お待ちしておりました」

 その声は、昨日中野が電話をした相手、佐藤家当主の老執事、渡辺であった。どうぞ、と上座を勧めるので、三人揃ってぞろぞろとそちらへ入っていく。

 全員がソファに腰を落ち着けたところで、松子が茶を持って入ってくる。

「他の皆さんは?」

 出してもらった茶に礼を言って、早速中野が話を切り出す。他の皆さん、つまり、佐藤家の人々のことだ。それに対して、渡辺は軽く頷く。

「皆様は居間に集まっておられます。これからご案内いたしますが、その……」

 途中で言葉を濁した渡辺は、正体不明の二人の若者を、困ったように見やった。今日連れてくることは、松子があっさりと確認できたことで、伝わっているものとわかるのだが、確か、一人の予定だったはずなのだ。何故増えているのか。理由が知りたいところではある。

「二人とも、文也君の大事なお友達です」

「加藤です」

「……斉藤です」

 太郎が先に名乗るのに、優が真似をする。というよりも、太郎が名乗ったのだから、優も名乗らないわけにはいかなくなった、というのが正解かもしれない。

「文也君の様子は、いかがです?」

「変わりありません。部屋に閉じこもったきり、声を掛けてもお返事いただけず、お食事も召し上がらない」

 渡辺がそう説明するのに、驚いた様子で優と太郎が中野を見やった。ここに来るまでに大層な時間があったのだが、そのことには触れずに来たのだ。したがって、文也の様子を知ったのは、これが初めてである。

 優がそれに気づいたのは昨日のことだが、実際文也が連れ去られたのは、さらに二日も前だった。それだけ気づかなくて何が恋人だ、と自己嫌悪してしまったのだが、最近はそのくらいのすれ違いが当たり前になっているので、仕方が無いといえば仕方の無い話である。

 その日、実家に帰ってきて、何故か用意されていた自分用の部屋に閉じこもって、それ以来文也は一歩もそこから出て来ていなかった。食事を取らないどころか、トイレにも行かなければ風呂にも入らない。まるで電気の切れたロボットのように、部屋の片隅にうずくまって、ぴくりとも動かない。

 部屋に鍵はかからないので誰でも自由に入室可能だが、文也を部屋の外に連れ出すことに成功した人間は、今のところ一人もいなかった。

 渡辺が、このままでは死んでしまう、と感じたのも、当然のことなのである。

「文也君は、きっと、家族に自分の本当の経歴を言うつもりは無いだろうと思う。告白する気があるのなら、閉じこもる必要は無いからね」

 それが、中野の見解であった。だからこそ、周りの知っている人間が、文也の抵抗を押し切ってでも、知らせるしかない。それも、できる限り早い段階で。

 その中野の見解は、優にとっても、太郎にとっても、共通の見解であった。そして、だからこそ、留守番していたくぅを、フル充電で連れてきたのだ。論より証拠。世界に一体しかいない、文也の知の結晶体だ。これ以上の証拠は、ありえない。

 そういうことか。そう、納得して頷いて、優は膝に乗せていたノートパソコン入りのカバンを開けた。電源ボタンを押す。そのままカバンをまた閉じてしまうのは、電源さえ入っていれば他には何もいらないためだ。

 しばらくして、太郎の腕の中で、大人しくぶら下がっていたくぅの身体が、ぴくん、と跳ねた。

「くぅ。起動完了合図して」

 優にそう言われて、くぅは声のする方を見やった。片手は太郎の腕をつかみ、片手は優に向かって伸ばされる。

『まぁくんだ。おはよう。現在起動中。ちょっと待ってね』

 突然動き出した、一人の青年の腕に抱かれた人形に、渡辺はパカンと顎を落とした。正に、開いた口が塞がらない、という表情そのものである。ということは、中野はまだ渡辺にも事実を告げていないのだろう。ロボット工学博士だ、と知っていれば、もう少し反応が穏やかなはずなのだから。

『起動処理終わったよ』

「じゃあ、ちょっと大人しくしてて」

『はぁい』

 まるで幼い子供の反応なのだが、それが反対に、驚きを誘ってしまう。渡辺の目は先程からそれを見つめていた。そんな渡辺の表情に気づいて、中野が軽く笑う。

「じゃ、居間へ移動しますか。加藤君、一緒に来て。斉藤君、文也君を迎えに行ってくれるかな」

「わかりました。くぅ、おいで。文也を迎えに行こう」

『うん。ふーちゃんのお迎えに行くぅ』

 答えるや、太郎の腕から這い出ようとしたので、慌てて太郎がそれを優の肩に乗せた。肩乗りくぅは、彼らの間では普通の光景なので、自然にそこへ乗せてしまうのだ。移動させられて、くぅが優の服を握り締め、よじ登る。

「文也君の部屋は階段を上って右側の一番奥の部屋だよ」

 くぅと反対にノートパソコンを太郎に持たせて立ち上がった優を、中野が見上げてそう言う。つまりは、一人でも行けるだろう、という判断だ。家の構造が似ている分、戸惑うことも無く優も頷いた。

「文也のこと、泣かすかもしれないんで、フォローお願いします」

 そう言いおいて、優が先に客間を出て行く。ひらひらと手を振って太郎がそれを見送り、中野は自分の聞き間違いに顔を真っ赤にしていた。泣かす、を、鳴かす、と聞いてしまったのだ。まぁ、やることは大差ないのだろうが。実際、中野が考えても、それが一番確実な、文也をこちらの世界に呼び戻す手段なのだから。





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