3




 翌朝。山梨県のとある山奥にある全寮制男子高校、藤堂学園に、外来の車がやってきた。運転手の趣味であるらしい、黒塗りのドイツ産スポーツカーである。

 いかにも高そうな車がやってきたのに、それを迎えた優は驚いた。さすが佐藤家顧問弁護士、というべきなのか、それとも趣味が高じた道楽なのか。どちらとも判断がつかない。

 やってきたのは、もちろん、中野義人弁護士である。

 優の隣にいた初対面の少年に、ぺこりと頭を下げて、近づいてきた。

「おはよう。良く眠れたかい?」

「案外ちゃんと寝ましたよ。彼も同行させて欲しいんですが、構いませんか?」

 それは、実際には平均的な若者の身長があるのにもかかわらず、なんとなく小柄なイメージのある少年であった。分厚い眼鏡をかけている他は、これといった特徴もない。おそらく、文也と優の共通の友人なのだろうが。

「遊びに行くわけじゃないよ?」

「そんなの、当然じゃないですか。こいつ、そこらの大人なんかよりよっぽど役に立ちますよ」

「こいつ呼ばわりなわけ? ひどいなぁ、さいっちゃん」

 紹介されて、そういう説明を受けて、彼がふざけて返してくる。ひどいなぁ、などと言いながら、楽しそうに笑っていた。心の余裕が見えた。どうやら、彼をそばにおいているおかげで、優も落ち着いていられるらしい。

 そこへ、後ろから三人の少年たちがぞろぞろとやってきた。

「悪い。遅れたか?」

「別に待ってなかったから大丈夫」

 一人の少年が、手にノートパソコン用らしいキャリングケースを提げていた。もう一人は、少女の人形を胸に抱えている。

「とりあえず、充電はフルにしてきたよ。パソコン起動すれば動くんでしょ?」

「あぁ。悪いな」

 はい、と渡されて、優と連れの少年がそれぞれ荷物を受け取る。中野も見覚えのあるその人形は、記憶が確かならば、文也の傑作ロボットだ。それを、こうやって平然と運んでくるということは、このメンバーの中では秘密になっていないらしい。文也が信頼している証拠だ。

 連れの少年が、ノートパソコンを持ってきた男に近寄って、軽くキスを交わす。つまり、その二人はそういう間柄らしい。文也と優もそういう関係なので、別段軽蔑したりはしないが、さすがに現場を目撃して驚いた。

 にこっとその少年が笑って見せる。

「行ってくるね」

「佐藤を無事に連れ帰って来いよ」

「ラジャ」

 ちゃっ、と敬礼をして見せて、こちらへやってくる。どうやら、後から来た三人は見送りらしい。

 そういえば、文也はこの学校で、友人たちと探偵の真似事をしていると言っていた。そのメンバーなのかもしれない。

「よし、行こうか」

 はい。そう、高校生二人がそろって応えた。




 高速道路をひたすら走る途中、同行した少年のことを聞いた中野は、その素性にさすがに驚いた。なんと、高校生作家なのだという。しかも、中学生時代から、全国模試で順位表上位50名のリストから下に落ちたことが無いというから、とんでもない天才児だ。文也と肩を並べるか、もっとすごいかもしれない。探偵団の中では参謀の役目を負っているのだという。

「じゃあ、文也君は?」

「荒事担当兼おもちゃ作り係、ですかね? ねぇ、さいっちゃん」

「ん? 参謀助手、じゃねぇのか?」

 ここに、太郎の認識と優の認識の違いが初めて現れたらしく、二人は顔を見合わせると、ぷっと吹き出した。太郎は実に楽しそうに笑っている。優も困ったような表情だ。つまり、どちらの認識も間違ってはいないらしい。

 それにしても、この加藤太郎という名の少年は、文也にそっくりだ。もちろん、外見は全く似ていないのだが、物腰、雰囲気、話し方、態度、どれを取ってみても、本性を見せている状態の文也と変わらない。今風に言うと、キャラがかぶっている、というところだ。これなら、兄弟は無理としても、遠縁の親戚くらいは信じられる。

 道中、太郎はほぼ常に何かをしていた。優や中野に話しかけたり、歌を歌ったり、動かない少女のロボットで人形遊びをして苦笑を買ったり。それは、二人だけでは重苦しくなる雰囲気を、できるだけ明るくしておこうという配慮のようで、行動にあきれて見せるものの、優の口から太郎のそれを咎める台詞は出てこなかった。ふざけていてくれることで気が紛れるのだから、感謝こそすれ、咎めるなんてとんでもない行為だ。

 やがて、車は中央道から一般道へと入っていった。このあたりは、優の地元もすぐ近くて、大体の地理がわかる。その家は、最寄り駅からバスで10分の、閑静な住宅街の一角にあった。

 庶民には縁のない、立派な門を潜り抜け、車は玉砂利の敷かれた玄関前の広場に停まった。車を下りて、太郎は思わず360度周囲を見回す。ほえぇ、との意味不明な反応つきだ。優の方は、そう大きな感動も無いようだが。

「確かに、デカイ家だな」

「俺、こんな立派な家、初めて入るよ」

 まだスイッチの入っていないロボットを抱きしめて、太郎はため息混じりに感想を述べる。苦笑を返して、優は玄関へと歩き出した。慌てて太郎もついていく。

 家は大きめの数寄屋造二階建て、広い庭には来客用の駐車スペースの他に、日本庭園と称してもおかしくない規模の洗練された庭があり、人工の川が流れ、時折鹿威しの音が鳴る。まるでどこかの料亭か、量より質を重視する高級旅館か、はたまた日本芸能の家元の邸宅か、といった風情だ。

 この環境に気後れすることの無い優を、後ろから追いかけて見つめて、中野は軽く肩をすくめた。さすが、同等規模の屋敷を実家に持つだけのことはある。さっぱり動じていないところがいっそ頼もしい。





[ 58/86 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -