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学生であるという立場を主張して、文化祭に仕事期間が重ならないように調整したおかげで、まだまだ次の締め切りまで余裕がある太郎は、その日も正史の部屋に自分の寝床を定めていた。
狭いシングルのベッドに、二人並ぶと、さらに狭いのだが。そろそろ人肌が心地良い気温なので、二人ぴったりくっついて、うとうととまどろんでいる。
絡んだ足は、お互いに自分自身を相手に委ねている証拠なのだろう。胸の前に両手を縮めて丸まった格好の太郎を、正史の腕が抱き寄せている。
ここ数日は文化祭の準備に大忙しで、疲れて泥のように眠る日々が続いていたから、お互いに性欲も溜まっているはずなのだが、二人ともそんな気分にはならないようだ。
「ねぇ、旦那」
「ん?」
そろそろ日付の変わる時刻。もう眠ってしまっていると思っていた正史は、はっきりした声で呼ばれて、少し驚いた。問い返すと、太郎はまた笑ったらしい。小刻みに体が揺れる。
「信じてくれて、ありがとう」
「……自縛霊の事か?」
信じるの信じないのと論じる内容は、ここ最近ではその霊のことくらいだ。うん、と頷く太郎の頭をそっと撫でて、正史は少し笑って返す。
「確かに俺は幽霊なんて見えないが、だからといって否定するつもりもないぞ。日本は怪談の多い国だし、実際に見えると自己申告する人は少なくもない。普段見えないから存在しないかといえば、それはおかしな話だ。雷も、音はするが光らない雷だってある。そもそも空気中に充満している酸素だの窒素だのも目に見えるものではない。そんなレベルで、霊だってあるというのならあるのだろうと思う。まぁ、あの世だとか天国と地獄だとか、賽の河原だとか、そういうものが本当に存在するのかといえば、実に疑わしいとは思うがな」
そもそも、この学校の前の道をさらに山のほうへ登っていった所にある古いトンネルも、県内では有名な心霊スポットだ。まったくあり得ない話なら、日本全国に存在する心霊スポットの噂は、一体どこから自然発生するというのか。
もちろん、噂が尾ひれを付けて広まるような、本当はまったく心霊スポットなどではないところもあるだろう。が、すべてがすべてではないはずなのだ。
それが、正史の主張だった。
「旦那って、そういういかがわしいものは全否定するタイプだと思ってた」
「失礼だな。そんなわけがないだろう。まして、加藤はそういうことで嘘をつくような人間ではない。加藤のほうこそ、お話だけの世界だと割り切っているものだと思っていたぞ。見えるとは思ってなかったからな」
そっか、そうだよね、と一人で納得している太郎を、正史は愛おしそうな表情で見守る。確かに学力はあるし、頭の回転も速いが、時々大ボケをかます愛嬌も持ち合わせていて、そこが可愛いと正史は常々思っている。だから、こうしてとぼけた事を言い出す太郎を、抱きしめたくなる。
「納得したか?」
「うん。……ふふっ。旦那のこと、惚れ直したかも」
「何でまた」
「だって、嬉しかったんだもん」
二人の胸の間で縮めていた腕を伸ばして正史に抱きつく。実に幸せそうに笑いながら。抱き寄せられて、自分からキスをして。
「ね。しよ?」
「もう夜も遅いぞ」
「良いじゃん。したい」
「仕方のないヤツだ」
幸せそうな表情でおねだりされて、それを拒否する理由など正史は持ち合わせていない。自分から覆いかぶさってくる太郎に、魂まで吸い取るつもりのキスで返して、パジャマのボタンに手をかけた。
西側階段の霊の正体は、詳しく調べていくにつれ、もっと大きな事件を発覚させることになるのだが、それはまた、次のお話。
おわり
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