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 文化祭当日。

 お化け喫茶という面白い企画に真っ先に飛びついた新し物好きが、飛び出すお化け人形に度肝を抜かれ、頼まれてもいないのに口コミを広げたせいで、この企画は大成功だった。用意した飲み物が足りず、後から追加買出しが何度も発生したくらいだ。

 理事長夫婦も、人気を想像したらしく初日の午前中イの一番に顔を出したが、想像以上の盛況ぶりに驚いて、息子には頑張れと声をかけたものの、そっと立ち去っていった。

 奥方は、入り口出口に置かれた飛び出し人形に、実に驚いたらしい。その後半年ほど、思い出しては正史に「驚いたのよぉ」と訴えるのだから、よほどのことだ。が、それは楽しい驚きではあったらしい。まさか高校生がこんな発想をするとは、思ってもいなかったのだろう。

 確かに、クラスメイトに文也がいなければ、この飛び出しお化け人形は存在すらしていなかったに違いない。

 二日をかけて催された文化祭の二日目の午後には、もうこれ以上飲み物の追加はしない、との喫茶店班長の判断により、その時残っていた飲み物を売りさばいてからは、お化け屋敷オンリーに切り替えてしまった。おかげで、ほとんど店に縛られていたクラスメイトたちは、紙芝居イベント時間を除いては、交代制の留守番を二、三人置いて、各自自由行動時間となった。

 喫茶店班に限らず、全員がウエイターやら飲み物の買出しやら宣伝回りやらで立ち働いていたので、自由行動時間など取れないだろうと諦めていたクラスメイトもいたが、そこはそれ、せっかくの文化祭なのだから楽しまなくてどうする、というわけだ。

 そんなわけで仕事から解放された太郎は、正史と一緒に校内を回っていたが、何気なく歩いているうちに、あの階段に差し掛かっていた。

「あ〜。やっぱりまだいる」

「霊か」

 下から見上げて、太郎がそんな風にぼやくので、正史もまたその視線に合わせて中空に目を向ける。もちろん、何が見えるわけでもない。

「何とかしてあげたいね」

 転落事故で濡れ衣を着せられたのも、霊にとってはどこ吹く風。というよりも認識すらされていない。きっかけもなく自縛霊が成仏するはずがなく、あれからたった数週間では何かのきっかけがあったとは考えられない。したがって、やはり同じようにそこにただ佇んでいるわけだ。

「顔とか服装なんかは見えないのか?」

「顔はダメだね。眼鏡も、してるんだかしてないんだかはっきりしない。服装なら、濃い色のTシャツを中に着て、チェックの半袖シャツを羽織って、下はたぶんジーパン、かな?」

「かな?」

「うん。色もはっきりしなくてさ、セピア写真見てるような感じなんだよ」

 だから、詳しい色柄は良くわからない、というわけだ。見えない人間にとっては、見えるといっても普通の人間を見る感覚とは違うのだ、という認識が少し理解できたくらいなのだが。

「そんな服装じゃ、この学校には掃いて捨てるほどいるな」

「うん。まぁ、着てるものからして、若い年代だとは思うけど」

 それにしても、ここの学生であったかどうかすら定かではない見立てだ。

「素性を、調べてみるか?」

「あの霊の?」

 正史の提案は、太郎にとっては思っても見なかったことだったらしい。驚いて問い返すので、正史は軽く肩をすくめて返す。

「気になるんだろう?」

「そりゃ、気にならなくはないけど。手がかりなんてないに等しいよ」

「創立十年に満たないこの学校で自縛霊だ。わざわざここに縛られるのだから、何か関係があったはずだろう? それだけで手がかりはまず十分ではないか」

 それに、ちょうど文化祭ももうすぐ終わって、今まで準備にかけていた時間が回せるのだ。タイミングとしては問題ない。

「別に自縛されてるだけで、何かの悪影響があるわけでもないからなぁ。そこまでする義理はないけど」

「だが、気になるんだろう? 何、暇つぶしだと思えば良い。わからなくて元々だ」

 違うか?と無言で問われて、太郎はしばらく彼氏を見つめていたが、それから苦笑して頷いた。

「違いない」

 そうと決まれば早速。打ち合わせもせずに動き始められるのは、何も文也と優の無敵コンビだけではない。示し合わせたわけではないが、さしあたってできることなど大して多くはなく、二人は同じ目的地に向かってユーターンと相成った。




「で?」

 いつも通り、特待生階の談話室は、探偵団の打ち合わせ場所となっている。霊の素性を洗うことにした、と報告する二人に、保は身を乗り出した。文化祭を跨いでの宿題など無粋の何者でもないのだが、そんな無粋なことをしてのけた数学教師に文句を呟きつつ、裕一と二人、文也に解き方を教えてもらっている最中のことだ。

 今回は完全な太郎と正史の趣味なので、公に手伝ってくれというわけにもいかず、二人ともそんな申し出をするつもりなど毛頭ない。ただ、探偵団と別行動になってしまうための報告だった。

 だが、仲間はずれを良しとする保ではない。逃がすまいと身を乗り出すので、太郎が宥めて、まぁまぁ落ち着いて、と保を席に戻す。

「今回の件は、単純に俺の興味だから、皆を巻き込むわけにもいかないし」

「何言ってるの。ボクの脅迫の時だって、ボク自身のことで学校側は取り合いもしなかったのに、みんな助けてくれたでしょ? 今更そんな水臭いこと言う?」

「そうだよ。あの時は本当に助かったんだからね。手伝わせてよ」

 保の言葉に便乗して裕一までもが引き下がらない姿勢を見せるので、太郎は困ったように文也に視線をやった。

 こういう場合、じぶんよりもよほど大人な判断をしてくれる文也に助け舟を求めるのは自然の成り行きだ。

 が、文也は太郎の期待に反して、軽く肩をすくめるだけだった。

「仲間はずれは良くないよ、たろちゃん、委員長。人手、欲しいでしょ?」

「……佐藤までそう言うとはな」

「おや、たもっちゃんたちを止めると思った? それは期待を裏切ってごめんね。良いじゃない、今は依頼もないんだし。それに、僕もあの時濡れ衣を着せられかけた霊のことは、気にしてはいたんだ。存在がわかってるなら、できる限りのことはしたいよ。霊能者じゃないんだから成仏させることは出来なくても、出来ないなりに何かしたい」

 ロボット工学博士なだけあって、心霊現象やら未知の生命体やら文明やらと言った胡散臭いネタは鼻で笑い飛ばすタイプだが、とはいえ、自分の身近に心霊現象を具体的に語れる人間が今までいなかったからこその話だ。実際にそこにいると断言する友人が目の前にいるのだから、信用すべきだろう、というくらいには、文也の頭は柔軟だったらしい。

 そして、それは優もまた、同意見なようだ。肯定も否定もせず、ただその場から離れることもまったく考えていない。

「依頼は、ある。一年三組で文化祭でクラスを空にした時に盗難があったらしい。聞き込み調査の依頼が来た」

「だったらなおさら、手分けしなくちゃね。盗難事件の聞き込みなんて、六人もいても仕方がないでしょ? 文化祭の当日じゃ、部外者の可能性もあるしさ。霊の方はどこまで調べが進んでるの?」

 文也は、この件に関わることを拒否させない構えのようで、それはもう、全員がそんな態度なので、正史は太郎と顔を見合わせた。太郎は太郎で、脱力して首を振る。

「理事長に確認したけど、この学校に在校していて事故とか病気で亡くなった人はいないって。だから、この学校に関わる人ではないかもしれない」

「じゃ、土地自身に縛られてるのかもね。ここ、学校になる前は森でしょ? 自殺とか死体遺棄とかの線で、新聞を検索してみようよ」

「そんな古い新聞……」

 どうやって検索するの?と不思議そうな保に、文也は当然のように笑うのだが。

「図書館に行けば置いてあるよ、古い新聞とか縮小版。県立図書館規模ならCD-ROMで保管してるんじゃないかな? なければ、大学図書館に足を伸ばすって手もある」

 さすが元大学生。論文を書くために必要な資料の検索に、新聞や雑誌の検索ツールは使いこなしていたらしい。いまやインターネットでも過去の記事検索が出来たりするのだが、さすがにそれらは有料で、登録していないのだ。ならば、図書館が妥当だ。

 検索仕事なら任せておきなさい、と胸を叩く文也に、古い新聞を探す、という発想こそあったものの、具体的な作業までは思い至っていなかった太郎は、自分の限界を思い知る。

「頼んで、良いかな?」

「良し良し。おにいさんに任せておきなさい」

 いつの間に文也がお兄さんになったのかは不明だが、まぁ年上には違いないので逆らうのを止めておいた太郎の肩に、正史はぽんと手を載せた。どうやら、同情したらしい。

「じゃ、ボクたちは?」

「人海戦術要員だよ、たもっちゃん。頑張ろうね」

「今回は俺もこっちだ。手伝う」

 どうせ文也についていっても手伝いにならないとわかっている優の申し出に、保と裕一はきょとんとした目を向けた。文也と優は一セット、という暗黙の了解があったから、意外だったらしい。

「何だよ。仕事しなくていいなら手伝わねぇぞ」

 ふふん、と笑いながらの反応だから、意外そうな視線は想像の範疇だったのだろう。本気とも冗談とも取れる口調だ。

 大体方針は定まったところで、よし、と正史が手を打った。

「佐藤は図書館で調べ物、加藤は他に調べられる線を当たってくれ。その他は、盗難事件だ」

「了解」

「はーい」

 話をまとめて指令を出す正史に、全員が了承の返事を返す。

 確かに、最初から正史はリーダーとして扱われていたが、最近はその立場も板についてきたようだ。

 話が終わったと見て、優は文也を誘って風呂に向かい、保と裕一は宿題に意識を戻す。そんな状況を眺めていた太郎は、それから、何故だか嬉しそうにくすくすと笑い出した。笑う要因など特にないはずで、保と裕一が驚いて太郎に視線を向けたが、笑いやむ様子もなく、お互いに顔を見合わせて首を傾げていた。





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