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ここ数日、優は自分の部屋に戻った記憶がない。
正確には、文也と付きあい始めてから、だ。
着替えを取りにちょっと寄る程度で、学校へも、文也の部屋から出て、文也の部屋に帰る。とにかくずっと文也にべったりくっついていて、暇さえあれば素肌で触れ合っていた。
一時も離れていたくない。そんな感情は、優にとっては生まれて初めての経験で、本当は戸惑ってもいるのだ。
他人など、うっとうしいだけで、いつも一緒にいるなんて想像するだけでも吐き気すらしていた優にとって、自分がこうなるとは、まったく信じられないことで。
でも、それが、生まれて初めて恋をした、その人への想いなら、許せてしまうのだ。
自分らしくない行動も、文也が原因なら、文也のためなら、何でもできる。バカップルと呼ばれても気にならない。この自慢の恋人を、見せびらかせて歩きたいくらいだ。
そんな考え方をするようになった自分が、冷静なもう1人の優には不思議で仕方がないのだが。
「タバコ、若いうちに止めた方がいいよ」
突然言われて、振り返った。
真夜中。
優以外に寮内で起きている人もいないほどの真夜中だ。
文也の部屋で、窓を開けて煙が部屋に入らないように気を使いながら、タバコを吸っていた。文也はつい先ほどまで寝ていたはずだが。
「起こしたか?」
携帯灰皿に灰を落とし、ついでに火ももみ消して、優はベッドへ戻っていく。
「悪い。寒かったか」
自分がいたスペースがぽっかり口をあけていて、優は肩をすくめる。
手早く服を脱ぎ捨てて、そこにもぐりこんだ。文也が全裸なのだから、肌を合わせる自分も脱いでしまった方が暖かい。
「タバコ。やめられない?」
言いながら、身体を寄せてくる。
タバコのにおいが残っているのに近づいてくるのだから、タバコのにおいが嫌だとか、そういうことではなさそうだ。
キスをして欲しい、との無言の催促に、喜んで応えた。
貪る文也の唇は、日を追うごとに積極的で、それだけで下半身が暴走を始める。
どこまでも、飽きることがない。一日中抱き合っていても、きっと足りないのだろう。
それが、とてつもなく幸せだった。
「何吸ってるの?」
タバコを吸わない文也が、銘柄を聞いてわかるとは思えないが、聞かれて優は自分のタバコに手を伸ばした。
「これ。マイルドセブンの1ミリ」
「うわ。軽いの吸ってるね。おいしい? 一本頂戴」
へ? 最後の一言に耳を疑う。どう見ても、今まで手を出したこともなさそうなのに、いともあっさりと言ってのけたからだ。誰がどう見ても、文也は優等生タイプなのに。
「吸ったこと、あるのか?」
「元ヘビースモーカーだよ。帰国とともにやめたけどね。こっちのタバコ、高いんだもん」
そう言って、文也はくすくすと笑った。言われた方は首をかしげている。
「何?」
頂戴、と手を差し出したまま、文也は優の反応に不思議そうな顔をした。イヤ、と首を振って、文也にタバコの包みを差し出す。
縦に振ると、何本かが口から飛び出してきた。それを、かなり慣れた手つきで1本受け取る。優がつけたライターの火に顔を寄せる。
ふう、と一服。それが、文也や他の喫煙室の利用者たちのように吹かしただけではなく、かなり深く吸い込んでいるのに、優はまた驚いた。
そんなことをしたら、優でさえむせってしまうに違いない。少なくとも、優の知る限り、校内でこんな吸い方をする人は他にいない。
「む〜。やっぱり軽い。同じ値段出すならもったいないよ」
僕なら絶対買わない。そう言いながら、言う割りにやめようとしないのは、もしかして煙に飢えていたせいだろうか。優はそんな文也に眉を寄せた。
「……そんな吸い方したら、身体に良くないぞ」
そのタバコの提供元が言うセリフではないが、そう言って優はそれを取り上げる。
あぁ〜、という情けない声を出して、文也はそれを名残惜しそうに見送った。優が取り上げたものを自分の口に運ぶのに、ぷっと膨れて見せる。
「ズルイ。僕がもらったのに」
「俺はだって、吹かしてるだけだぞ。文句ばかり言う奴にはやらん」
「ケチ」
いいもんっ、などと言って文也は優に背を向ける。
そのまま寝てしまう体勢に、ヤベ、と呟いて、優はタバコの火をもみ消した。
「……なぁ、文也」
「……」
反応がない。どうやら本当に怒らせてしまったらしい。文也を怒らせてしまうのはこれで二回目だ。
慣れていないのもあるが、やはり惚れた弱みだろう。優は慌てて文也に手を滑らせる。こうなったら、なし崩しに忘れさせてしまうしかない。
滅多に怒らない文也は、一度怒ると、ごめん、くらいではご機嫌を直してくれないのだ。
「ごめん。そんなに拗ねないで。な?」
文也の背に擦り寄っていく。文也の弱いところならみんな覚えた。うなじに肩に背中に。キスの雨を降らせていく。
キスするたびにピクリと反応するのに、心底ほっとした。その行為を嫌がっていない。本気で嫌がられたことがあるから、これは大丈夫だとわかる。
「文也は? 何吸ってたんだ?」
拗ねているときは、弱点ばかり攻めて快感に酔わせてしまおうと思うのは、何も優だけではないだろう。
優だって精力旺盛な若い男だ。本気を出させたら、心では意地になって拗ねていても、身体が勝手に快感を貪り始める。
そこは、受ける文也だって若さは同じで、そうなっては抵抗するなど無駄な努力だ。
「なぁ?」
「ん〜?」
怒っていたことすら、もう忘れたらしい。背中ばかり触られるのを嫌がって、自分でゴロンと百八十度寝返りを打ち、優に擦り寄ってくる。
そんな仕草が嬉しくて、優は文也を自分の下に組み敷いた。とろん、と文也の目が濡れて潤んでいる。その色っぽさは殺人的だ。
「タバコ。何が好き?」
「マルボロか、ピース」
「……ノーマル?」
「うん」
「そりゃ、強いな」
参った。そう呟いて、優は文也の首筋に噛み付いた。
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