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 教室に戻ると、文也は仕掛け作りの真っ最中だった。

 ポリバケツの頭にどこから調達してきたのかわからないが自前のゼンマイにダンボールで作った歯車で、引き戸になっている教室のドアの、互い違いになった向こう側のドアの下の方に、扉を開けても邪魔にならないくらいの細いロープを結びつけ、反対側の扉を開くとロープがその間に挟まれて引っ張られて、それによってゼンマイが巻かれる仕組みになっているらしい。
 引っ張られるとポリバケツが下に下がり、一定の長さでスイッチが入ってポンッと飛び出してくる。こんなものを、いともあっさりと作ってしまう文也は、やはりさすがだ。

 もう一体の全自動のほうはすでに出来上がっていて、後は上に乗せる人形の完成を待つばかりだった。

 しばらく中の機械をいじって、顔を上げる。扉のほうへ。

「優。扉開けて」

「おう」

 扉の向こうに優がいて向こうから入れと追いやられたのだが、つまりこういう理由だったらしい。調整中だったのだろう。

 ゆっくりと扉が開かれて、人一人分入れるだけの隙間が出来ると、まさしくポンッと音がしてポリバケツが飛び出してくる。飛び出すこと自体は知っていたが、そのタイミングが思いもよらず、太郎はうわっと声を上げて飛びのいた。

 その声で、背後に人がいるのにようやく気づいたのだろう。少し驚いた表情で、文也は後ろを振り返った。

「びっくりした。いるならいるって言ってよ」

 どうやら、熱中すると周りを気にしなくなるタイプだったらしい。それにしても、水を得た魚、とはまさにこのことだ。普段の投げやりな態度がなりを潜め、まるで子供のように目をキラキラと輝かせて、実に生き生きとしている。

 こうやって、熱中して頑張っている姿を見ると、童顔であることも手伝って、同年代に見えるのだが。いや、そもそも、今の文也を見て二歳年上だと判断するのは難しい。

「うん、ごめん。どう? 調子のほう」

 明らかに、黙って背後に立っていた太郎の方に非がある。ので、素直に謝った。それから、見た目はもうほぼ完璧なそれの、出来上がり具合を聞いてみる。それに、文也はにこっと笑って返してくれた。上出来なのだろう。

「後は当日微調整するだけ」

 戻ってきて、と優に手招きするので、多分今日はもう終わりなのだろう。それをみて、あからさまにほっとした。これなら、連れ出しても大丈夫だ。

「ちょっと付き合って欲しい」

「本物の方?」

 正史がそう切り出したので、探偵団の仕事のほうだと判断できたらしい。小首を傾げて返してくるので、正史と太郎はそろって頷いた。

「本物もいるにはいるらしいが、それと今回の件は別件らしい。階段に一段、妙に滑る段があってな」

 戻ってきた優も、途中から聞いてもわかる話に参加してきて、文也と顔を見合わせた。

「一段だけか?」

「そうだ。そこに何か塗られているのではないかと思うんだが、見てもらえるか?」

 塗られている、と聞いて、文也は軽く眉を寄せる。

「故意?」

「さぁ、どうだろう。それは調べてみないと何とも言えん。そもそも、何が塗られているのかすらわからない」

 その正史の口調から、それほど危機的な状況ではないことはわかったのだろう。打って変わって平然と、ふぅん、と答えると、そこにあったドライバーを手に取って立ち上がった。正史と並んでも鼻の先くらいしかない身長を目いっぱい伸ばして伸びをして、座りっぱなしだった身体のコリをほぐし。

 人形を作っていたクラスメイトたちに、できたよ、と声をかけて、文也は正史と太郎に連れられて教室を出て行き、優は一緒に行く必要を見出せずに人形作りに加わった。




 ここだ、と示されて、足を滑らせて見た文也は、つるんとした感じに、何故か嬉しそうに笑った。ホントだ〜、などとはしゃいで、つるつる滑って遊んでいる。

「どう思う?」

「グリスでも塗っちゃったのかな? ちょっと削ってみればわかるよ」

 そのための、ドライバーだったらしい。マイナスドライバーで、へらの部分が大きめだ。それを滑る段の表面に寝かせて擦ると、ガリガリと少し嫌な音がした。

 ドライバーの先には、やはり油脂成分のようなものが付着していた。

「油は油だけど。なんだろう、これ」

 くんくん、と鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、文也は首を傾げる。それから、正史を見上げた。

「転落事故って、いつからだっけ?」

「今月に入ってからだな。連続して十五件」

「それって、つまり、新学期になってから、ってことだよね?」

「まぁ、言い換えれば、そうだな」

 確認して、文也はまた、うーん、と唸った。軽く首を傾げて。

「調べてみないと断定はできないけど。これ、一学期の末に大掃除したときの、ワックスじゃないかな?」

 それは、なるほど考えうる仮説で、正史は太郎と顔を見合わせた。

「だが、何故一段だけ」

「こぼしたのを慌てて簡単に拭いて、そのままにしちゃった、とか。洗剤で簡単に落ちるし、掃除しておけばもう大丈夫だよ」

 何ならやっておこうか?と簡単に引き受けてしまう文也に、そこまでの義務は自分たちにはないから、と正史は首を振る。が、それにしても、この場所を誰かが掃除しなければ、またそれ以上の犠牲者がありえるわけであって。

「とりあえず、親父殿には連絡しておこう。それと、ここに張り紙だな」

「滑ります、転落注意?」

「うむ」

 確認するように小首をかしげる太郎に正史はあっさりと頷いた。

 ところで、その油の正体がわかれば、そこまでで探偵団としての仕事は終わりで良いはずなのだが。

 その後はどうする?と、文也と太郎に見つめられて、正史は腕を組んだ。

「ここの霊はこのままで良いのか?」

「どうにも出来ないしね」

「ならば、後はワックスをこぼした犯人だな、問題は。放っておくか、探し出すか」

 迷うということは、どちらでも良いということだろう。なので、文也は肩をすくめる。

「放っておいて良いなら放っておこうよ。僕たちも暇じゃないし」

「そうだな。では、この件はこれで終了だ。先生方には俺から報告しておく。これの正体も、化学の友永先生にでも調べてもらおう」

「ホント? じゃあ、僕は何もしないで放っておこう」

 その、サンプリングした脂分の解析だけは引き受けるつもりでいたらしい。それもしないで良いとなれば、作業をする担当の文也としては気が楽になる。とりあえずサンプルとして保管しておくつもりではあるようだが。

 それにしても、この程度の問題なら、ちょっと出向いてきて調べればわかりそうなものなのだが。それに、学生探偵団を引っ張り出そうというのはいかがなものか。

 解決したにもかかわらず、少し不機嫌に考え込んでしまった正史に、太郎はその横で様子を眺めて、首を傾げていた。





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