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文化祭は、十月に予定されている。ちょうど体育の日にぶつけての計画だ。それは、体育祭の年はちょうど良い日程なので、それに文化祭を合わせた形だった。
おかげで、準備期間はあまりない。今は九月半ば。もう一ヵ月も残っていないのだ。
教室内は、三つのグループに分かれていた。
一つは紙芝居グループ。有名な怪談を、要約してお手製紙芝居を作る。題材は耳無し芳一に決定した。裕一と保は、この紙芝居グループに入り、絵描きに勤しんでいる。裕一は意外と絵がうまい。これも思わぬ才能だ。
一つは、喫茶グループ。市販のペットボトル飲料、缶ジュース等の名前をコワ可愛く付け替えよう、とグループ内で相談している。たとえば、トマトジュースなら『ヴァンパイアの主食』、コーラなら『闇色炭酸飲料』といった具合だった。ここに、太郎が入っていた。オカルト系の話ばかり書いている太郎だ。それこそお手の物だった。
そして、一つはお化け屋敷グループ。大体の部屋の配置を考えて、後はひたすら作業の連続だ。文也と優はこのチームで、部屋の入り口と出口に配置する、ポンッと飛び出して人をびっくりさせるおもちゃの作成にいそいそと取り組んでいた。
入り口は教室のドアと連動する仕組みで、出口はゼンマイとゴムとバネで簡単に出来る半永久機関を利用している。さすがはロボットを作るだけの事はあって、自動で動くものの仕組みは文也の頭に何パターンも入っているらしい。
正史はその三グループすべてを手伝いながら見て回り、人手の足りないところにはどこかから融通して、他のクラスや生徒会、先生方との折衝に当たっていた。
そんな、楽しく忙しいこの時期。
探偵団へ仕事の依頼が来たのは、まさにこのちょうど間の悪い時期だった。
まず相談を受けたのは、正史だ。ペットボトルの既製品飲料を使用するとはいえ、一応食品取り扱いなので、いろいろと手続きがある。食品に触れる人間は検便必須、書類作成に立ち入り検査の受け入れなど。
その詳しい話を聞きに職員室に赴いた正史が、その場に居合わせてしまったのが運のつきだった。
「転落事故?」
正史と話をしていた担任が、他の先生の話に首を突っ込む。
なんでも、西側の一階と二階をつなぐ階段で、転落事故が相次いでいるらしい。それぞれは尻餅、軽い捻挫などの軽症で済んでいるので、大した騒ぎにはならないが、それでもこれだけ頻発するとなると気味が悪い。
それで、職員室内ではちょっとした噂になっていたのだ。まだ職員会議にのぼるほどではないのだが。
「お前ら、ちょっと調査してみないか?」
担任としては、軽い気持ちだったのだろう。目の前に出来たばかりの探偵団のリーダーがいるのだ。話を振るにはちょうど良いタイミングだった。
「じゃ、任せたぞ」
やる、と正史が頷く前に、勝手に決めて、ポン、と正史の二の腕を叩く。まったく軽いノリでの依頼だった。
その夜。寮の談話室に集まった六人は、難しい顔を付き合わせていた。
何にせよ、今の時期は実に間が悪い。みんな、お化け喫茶の準備で大忙しで、保と裕一にいたっては、紙芝居持参でこの場にいたのだ。事故にあった生徒の話を聞いて回るほど、余裕は無い。
「転落事故、ねぇ」
うーん、と考え込んでしまったのは、太郎だった。その意味深な反応に、全員が太郎に視線を向ける。
「ねぇ、って何だ? 何か思い当たるのか?」
「うん、まぁ、理由に思い当たる節はあるんだけど。今まではなんでもなかったのに、この時期だけ立て続けなんでしょう? そのきっかけがわかんない」
説明を受けて疑問が深まるというのはどういうわけなのか。文也は優と、保は裕一と、顔を見合わせてしまった。
友人たちが不思議そうな顔をしているので、太郎は肩をすくめる。
「いるんだよ、あそこ。留まっちゃってるから、自縛だと思うんだけど。でも、いつもは悪さしないからねぇ。何でこの時期なのかなぁ?」
「……おばけ?」
「うん、霊」
まぁ、当たり前のようにあっさりと、太郎は頷いた。
確かに、太郎の著作物の分野はオカルトだが、まさか本人に霊を見る能力があるなどとは、誰もが予想していなかった。それどころか、信じないタイプだと思っていたのだ。それが、信じるも何も見えるんだから、などと断言されてしまえば、周囲が唖然として固まってしまうのも当然の成り行きだった。
「何なら、見に行く?」
「……加藤。この中で霊を見れるのはお前だけだと思うぞ」
恋人のくせに、正史が太郎を呼ぶのは苗字だった。これだけ周りであだ名呼びしていてもまったく流されないところが、誰に似たものか、頑固だ。
太郎は太郎で、なかなかマイペースなところがあるらしい。きょとん、と目を丸くして、そうなの?と周囲を見回している。全員に頷き返されて、何故か嬉しそうだ。
「そっかぁ。俺にも俺にだけ出来ることがあったんだねぇ」
リーダーを差し置いて仲間たちを率いる能力を持っているくせに、何を言っているのやら、という反応だった。
しかし、霊となると、専門家ではない彼らには何ともしようがないのだが。
「旦那、どうする? 霊の仕業って報告して後は学校の判断に任せるか、霊以外の可能性にかけて調査してみるか」
前者の案ならば、探偵団としては何もしない。彼らが煩わされることも無く、せいぜいが該当の階段を通行禁止にする程度だ。だが、後者の案ならば、彼らが活動しなければならない代わりに、階段の通行禁止以外の策を講じることも可能だ。
さて、どうするか。その判断は、太郎は全面的に正史に委ねるのだ。
なにしろ、策を出すところまでは参謀の仕事だが、実際の判断はリーダーが下すべきだと判断しているのだ。それに、間違った判断は下さない、と断言できる程度に信頼もしていた。だからこそ、それこそ実にあっさりと、全権を委ねてしまう。
どうする?と尋ねられて、正史は腕を組んだ。
「霊を説得することは出来ないんだな?」
「霊能者じゃないしね、俺。見えるだけで、話せないし」
なるほど、そんなものなのか、とその場の全員が納得する。それが、納得に足るだけの理由だというわけではなく、ただ単に見えないものを論点にしても何の判断も出来ないのだから、断言できる人間の言葉を鵜呑みにするしかないのだろう。
ならば、と正史の判断はあっさりしていた。
「ならば後者だな。諦めるのは簡単だが、あまり大袈裟にするのはマズイだろう。それこそ、本職の霊能者に頼む手もあるが、出来ることはやっておきたい。これ以上事故の犠牲者を増やさないためにも」
リーダーの決断なら嫌とは言えず、嫌というだけの論拠も無く、全員がそれぞれに渋々ながら頷いた。
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