第六話 「正史」 1




 この学校では、少し教育方針が特殊だ。そのため、実は至る所に予算が足りないツケが来る。

 たとえば、文化祭と体育祭が年毎に交互にあったりだとか。

 一年のうちに両方開催するほど、金銭的日程的余裕はないのだ。

 そして、今年は文化祭の年だった。

「他に提案はないですか?」

 担任教師が教室の後ろに椅子を持って行って居眠りする中、クラス会議は着々と進行していた。

 議事進行には、学級委員である後藤正史が当たっている。あだ名が委員長というだけあって、議論の進め方はだいぶ堂に入っていた。本人の資質だろう。

 理事長の妾腹の息子である事実は学校全体に知れ渡っている公然の秘密だが、これぞこの学校ならではというべきか、個々のプライベートには深く突っ込まない、という暗黙の了解がここでも働いていて、正史に対してその事について何らかの言いがかりやらイジメやらといった問題は発生していなかった。

 だからこそ、逆に正史自身の中に問題は閉じ込められてしまっている、ということでもあるのだが。

 ともかくも、文化祭のクラス行事の計画は、遅々としながらも何とか進んでいた。

 黒板には、喫茶店、劇、ドミノ、焼きそば屋、お好み焼き屋、紙芝居、ライブハウス、お化け屋敷、と、考え付くだけのものをすべて挙げた状態の列挙がなされていた。

 この中から一つを選ぶというのは、これはなかなか難しい。多数決にしても、だいぶ票は分かれるだろう。

「他にはないですか? では、以上の……いち、にぃ、さん……八つの選択肢から一つを選ぶわけですが、このまま選んでも埒が明かないので、それぞれに利点と欠点を上げてもらいたいのですが、どうですか?」

 それは、クラスの大部分の生徒が、斬新な発想だと思ったらしい。それぞれに近くの席の友人と顔を見合わせ、がやがやとそれぞれがばらばらに話し合っている。

 さんせ〜、と間延びした声で賛成の挙手をしたのは、保だった。クラスの、というよりは、この学校の、アイドル的存在の少年だ。何よりこのかわいらしい容姿は、男子校にとってはオアシスのようなもので、本人もそれを自覚して、利用している節があった。

 まぁ、正史にとっては、仲間うちの一人という認識だが。

 保が賛成の声を上げたことで、あちらこちらから頷きと賛成の声が上がりだした。さすがはアイドル、大した影響力だ。

「じゃあ、利点と欠点を挙げてみたいと思いますが、まずは喫茶店。何かありますか?」

 しーん。静まり返ってしまう。突然言われてもわからない、という意思表示なのだろうか。一分、誰からも反応が無くて、正史も困ってしまったが。

「……加藤。全部埋められるか?」

「オッケー」

 こういう時は、少し職権を乱用するに限る。何しろ、この学園の学生探偵団の参謀官だ。その頭脳は自他共に認めるもので、クラス内でも誰もが容認するだろう人選だった。

 そういう意味では、太郎は太郎で、他のクラスメイトたちが一通り出した後にまとめてやろうと思っていたのだが、まぁ、進まないことには仕方が無い。

「んじゃ、頭から。喫茶店の利点は、当日店番だけで済むことと、準備も大してかからないこと。何かつまめるもの出すにしたって簡単なものとかお菓子とかで事が足りる。まぁ、メイド喫茶とかコスプレ喫茶とかにしない限りは楽チンでしょ。ただし、楽チンなだけに、他のクラスとかぶる可能性大。これが欠点。次は劇だけど、これは難しいでしょ。練習しなきゃいけないし、衣装そろえなきゃいけないし、そもそも脚本誰書くの?俺には期待しないでね。ただし、面白い劇やればその日の話題はさらえるし、苦労すればそれだけ良い思い出になるのも間違いない。それから……」

「早い早い。ちょっと待て。書き終わらん」

 太郎の挙げる利点と欠点を黒板に書き込んでいく正史が、太郎の話のテンポの早さに音を上げる。どうやらわかっていたらしく、太郎はくすくすと楽しそうに笑って言葉を切った。かわりに、カタン、と音を立てて椅子を引き、立ち上がったのは、なんと優で。

「委員長、欠点書きな。利点は書いてやる」

 それは、驚くべき展開だった。何事にもさめているように見えた、実際あまり協力的ではない優が、自分から率先して手伝うなど、今までであればありえなかった。

 最近は常につるんで行動している恋人の文也は、そんな優を嬉しそうに見ていた。自分と付き合うようになってから、どんどん更生していき、どんどん社交的になっていく恋人が、どうやら嬉しいらしい。

 黒板に文字を書くなど実は初めての優は、意外と字がうまい。書き方から見ても、書きなぐっているはずなのだが、黒板上の文字は誰の目からも読みやすく、キレイな文字だった。これもまた、意外な才能だ。

 正史と優が並んで黒板に書きつけ、書き終わるのを待ちながら太郎はそれぞれの出し物に利点欠点を挙げていく。連係プレーとしては上手な役割分担だ。

「以上、俺が思うところでの利点と欠点。他にあればどうぞ?」

 どうぞ、と他人顔のクラスメイトたちに話を振って、太郎は自論を締めた。ちょうど良く、優も書き終わって自分の席に戻っていく。

「他に思いつくところはありませんか? ……無さそうなので、この中から多数決で決めたいと思います。喫茶店が良い人は挙手願います」

 判断基準は、太郎がすべて出したものの、結局選ぶのはクラスメイトたちだ。苦労してもやりがいのある催しにするか、簡単に済ますか、どちらにせよ全員納得した形が良く、正史は決定権を全員に託す。それには、多数決がやはり一番だ。

 結果、八つあった選択肢は、得票数が一、二票のモノを除いたら、三つに減らされた。喫茶店、紙芝居、お化け屋敷。何れも、ほぼ同率得票数だ。

「……全部やるか?」

 三つの選択肢を眺めて、正史はポツリと一言呟いた。

 その独り言に、真っ先に乗ったのは保だった。

「賛成! お化け喫茶紙芝居付き!! おもしろそう〜」

 こうして、藤堂学園二年A組の文化祭での出し物は、紙芝居イベント付きお化け喫茶に決定した。





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