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 夕食後。

 裕一は保の部屋の戸を叩いた。

『誰?』

「俺。裕一」

 答えてすぐに、保の部屋の戸がゆっくりと開かれた。部屋の中から保が覗き見る。

「何?」

「話が、あるんだけど。良いかな?」

「他の人に聞かれちゃまずい話?」

「俺はいいけど、たもっちゃんは嫌じゃないかな?」

 裕一の答え方で、大体の内容は予想がついたらしい。保は、身体を引いて、反対に戸を大きく開いた。入っても良いという事らしい。おじゃまします、と声をかけて、導かれるように中に入る。

 どうやら、部屋の中を片付けているところだったらしい。部屋のど真ん中に、掃除機が出ていた。そんな小道具を見ると、さすがに生活感が感じられた。

 掃除機を片付けながら、その辺に座って、と保はベッドを指差した。他に客を座らせる様な所も無い部屋だ。保としては、その場所に深い意味は無いし、裕一もそれはわかっているはずなのだが、裕一は何故か、にやりと笑った。

「あのねぇ、たもっちゃん」

 ちょっとした洗面スペースの隅に掃除機を置いて戻ってくる保に、裕一はそう声をかけた。返事をしながら隣に座る保に、真面目な顔をして向き直る。

「俺、今まで一度も、自分の口から言ってなかったんだけど」

「え?」

 改めて、そんな始め方をする裕一に、思わず保は身構えた。続きが、イヤでも想像できてしまう。あまり、保としては、突きつけられたくない内容だ。

 だが、裕一はそんな保の反応にも構うことなく、話を続ける。

「たもっちゃんが、好きだよ。俺」

「……ゆうくん……」

 何しろ、ちょうど前の日に、自分が抱える闇の部分を打ち明けたばかりの保である。裕一の言葉は、予想はついたのだが、それでも改めて聞くと、何故だか意外な感じがした。呼び返したまま、言葉を失う。

 そんな保の反応に、裕一は苦笑を返した。

「迷惑だったら、そう言って。この気持ちを、押し付けるつもりは無いから。ただ、これが、俺の正直な気持ち。俺は、たもっちゃんが好きだよ。それは、雑誌で見たときに一目惚れしちゃったんだから、俺もどうしようもない感情だしね。こうして知られてしまった以上、隠す気もないし」

 元々、生れ落ちた場所も環境もまったく違う二人だ。雑誌を通してお互いに一方的に知ってはいたが、この二人がこんな場所で顔をあわせることなど、世間一般から見たら、ありえないと言っても良いはずだった。それでも、お互いに自分を有名にしたスポーツから身を引いてから、こうして、相手を知ったきっかけとはまったく関係の無いところで顔をあわせた。これは、運命という言葉が良く似合う。

「たもっちゃんが身体を張ってでも野望を達成したいというのなら、それを俺は手伝うことは出来ないかな? セフレ、いらない?」

「……はぁ?」

 唐突な提案に、保は絶句した。裕一を見返し、あんぐりと口を開けたまま、固まってしまう。

 裕一にも、それがいかに唐突な提案であったか、わかっているらしい。保の反応に、くっくっと笑った。

「たもっちゃんが好きだからね。俺に出来ることならしたいと思うし、正直な話、何でもいいからエッチしたいとも思うし。とはいっても、俺って、プロの人みたいに経験豊富じゃないから、たもっちゃんに育ててもらわなくちゃいけないけど。あ、もちろん、それだけが目的なわけじゃないよ? でも、まぁ、妥協案としては妥当なところじゃない?」

「それって……。ゆうくんは、それで良いの?」

「だから、妥協案だってば。たもっちゃんに、特定の相手として好きになって欲しいって言ったって、それは無理でしょう? それはわかってて、それでもたもっちゃんのことを諦めきれないんだから、その辺で妥協するのが賢い選択かな、って思っただけ。たもっちゃんがそんな関係は許せないっていうなら、仕方がない。すぐには無理だけど、頑張って諦めるようにするよ」

 どうかな? そう、お伺いを立てるように、裕一は保の俯いた顔を覗き込んだ。そして、保が泣きそうな顔をしているのに驚いてしまう。

「え? そんなにイヤ?」

「ちが……。ええの? ほんまに、うちでええの? そないな関係で、ほんまにええの?」

「良いの。ただし、学校の中では、俺だけって約束できる? 地元で誰とエッチしようと、俺には口出しできないし、そこまでするつもりもない。でも、学校の中では、きっと俺、やきもち焼くから」

 ね、お願い。そう言って、裕一は保をじっと見詰め、それから、笑って見せた。つられて笑って、保は少し儚げな表情を浮かべたが、それから、こくりと頷いた。

 頷きをもらって、それを了承と受け取る。感極まって、保を抱きしめた。ありがとう、と思わず礼を言う。保からもそっと抱きしめ返してもらって、抱き寄せる腕に力が入る。

「……する? 契約の記念に」

「早速? 良いの?」

「だって、セフレでしょ?」

 遠慮することないじゃない。そう答えて、自嘲気味に笑う。恋人なら、きっとこの段階で性交渉まで持つことは無いだろう。相手に嫌われることを恐れるから、ちゃんと段階を踏むはずだ。だが、今回保と裕一の間に出来た関係は、セックスフレンド、つまり、エッチの共有相手である。遠慮するのは筋違いというものだ。

 そんな保のお誘いに、裕一は苦笑した。それだけが目的というわけではないのだが、確かに、提案した関係は、それが自然だ。

「自分で言っといてなんだけど、まさかOKが出るとは思ってなかったから、心の準備が微妙なんだよね」

「じゃあ、やめる?」

「いいや。精一杯、やらせていただきます」

 せっかく保の方から誘ってもらっているのに、やめるだなんてもったいない、と裕一の目が告げる。保は、そんな裕一の答えがおかしくて、くすくすと笑い出した。

「下手だったら、返品するからね」

「えぇ? 俺、経験無いんだからさ。ちょっとは大目に見てよ」

 じゃれるように、ちょうど二人ともベッドに座っているから、その身体を押し倒す。スプリングの利いた、古いベッドだ。二人分の体重を受け止めて、ギシリ、と鳴った。それでも、ちゃんとその重さを押し返してくる。

 保に引き寄せられるまま、その首筋にキスを落とす。半そでのTシャツを捲り上げ、見た目以上に鍛えられた腹筋をなぞり、胸にキスをする。保がくすぐったがって身を捩るのを押さえつけ、ラフなハーフパンツに覆われた下腹部に手を伸ばす。快感点を探しながら、その肌触りを確かめるように撫で上げ、形の整った小さな唇にキスをした。

 そんな裕一の流れるような仕草に、保は戸惑ったように声を上げる。

「……ゆうくん、ほんまに、はじめて?」

「うん。まだ、童貞。この歳じゃ、普通だよな?」

「ほんまに? ごっつ、感じるんねんけど」

「ホント? そりゃ、嬉しい」

 それは、保から言われれば、裕一にとってはこの上ない誉め言葉だ。素直に受け取って、へへっと嬉しそうに笑った。

 いつしか保への愛撫に没頭してしまう裕一を身体で受け止めて、保は少し辛そうに眉を寄せたのだが、残念ながら裕一の目には入っていなかった。




 その後、結果的に裕一と保の仲を取り持つことになった大野は、一週間の不登校の末、退学届けを提出して行方をくらましてしまった。

 きっと、国会議員の父親を持つ息子として、この学校で成績上位を脅かすことすら出来なかった劣等感と、今回の事件による居心地の悪さと、自分へのプライドが、この場所にとどめることを拒否したのだろう。いずれにせよ、自業自得というものである。

 一人残されてしまった司書は、その後も学校に残り、本来の職務をまっとうにこなしている。ただ、探偵団へ恩義を感じてくれているらしく、その後の活動に何かと役に立ってくれるようになった。これは、意外なありがたい味方である。

 司書の大野への気持ちが、本当に恋心だったのか、本人は自ら語ろうとはしないので、今となっては知る術もない。だが、恋情にせよ同情にせよ、相手に逃げられてしまった上に、それを追っていくほどの思いの強さは無い様で、彼の態度からは悲哀を感じることがない。もしかしたら、あの事件で大野の情けなさにいい加減目が覚めたのかもしれないが。

 その司書も、裕一と保が、それを機に二人の距離が急接近したことを聞いて、一瞬だけ辛そうな表情を見せていた。痛みとして残ってしまったそれが、一刻も早く和らぐよう、探偵団としては祈るしかない。

「落ち着くべき人が落ち着くべきところに落ち着いた、ってところかな」

「司書さん。わけわかんないよ、それ」

 いつまでも残った暑さが一雨ごとに落ち着き、事件もそろそろ過去のものとなった頃、いつの間にか仲良くなっていて、授業中に昼寝をしに来た優に、司書はなにやら深いセリフを吐く。優はそれに、容赦なく突っ込みを入れるのだった。



おわり





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