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寮へと続く道を戻りながら、裕一は、そういえば、と何かを思い出し、正史に抗議の目を向けた。
「何で俺だけ、仲間はずれだったわけ?」
昨日、仲間はずれには脅迫された本人である保も含まれていた。だが、今日保は、証拠品を奪取するという大役を、裕一も知らないうちに見事に務め上げている。裕一だけが、なにもしていないのだ。
そんな裕一からの非難めいた抗議に、正史は軽く肩をすくめると、釈明を任せるように恋人を見やった。促されて、裕一も太郎に目を向ける。
太郎は、くすりと笑った。
「ゆうくんには、調査に参加しないでのほほんとしている、っていうカモフラージュの大役があったんだよ。おかげで、大野はまったく焦る様子もなく、まんまと罠にはまってくれたでしょ? あいつ、ゆうくんしか気にしてないから、ゆうくんが動かなければ、探偵団も動いてないって高を括っててんだろうね。ま、それを見越して、ゆうくんには何もしないでいてもらったんだけど」
「カモフラージュ?」
それは、本人には何も了承を取らないままの仕事で、寝耳に水だ。思わず聞き返してしまう。それに、保は鷹揚に頷いた。
「でも、だからって、一言言っておいてくれてもいいのに」
「いやいや、敵を騙すにはまず味方から、っていうじゃない。言ってたら、ゆうくんはきっと、そわそわして挙動不審になってたと思うよ? それは、疑ってくださいって言うようなものだからね」
まったく悪びれることなく、まるで当然のことのように手の内を明かして、太郎はそれから、保に目をやった。
「たもっちゃんも、何もしないでいてもらうつもりだったんだけどね。図書室に俺とか旦那が忍びこんで怪しまれるよりは、たもっちゃんに堂々と図書委員たらしこんでもらった方が、確実だったんだよ」
「それだって、ぎりぎりまで渋ったんだよね、たろちゃん」
そんな風に事情を明かして、保は笑って見せた。だってぇ、と太郎は遠慮なく口を尖らせた。
「そこにガソリンが隠してあるのはわかってたしさ。さすがに、たもっちゃんに危険なことはさせたくなかったんだよ」
「でもさ。仲間じゃん。ボク、そんなに大事にして欲しくない」
「うん。ごめん」
どうやら、太郎の戸惑いをふっ切らせたものは、保のそんな言葉だったらしい。はたで、文也が笑っている。
「たろちゃんも案外わかってないよね。たもっちゃん、かなりの熱血漢なのに」
「なんだよぉ。じゃあ、さとっちなら迷わなかったっていうの?」
「僕は、本人の意思を尊重する主義」
何でもないようにそんなことを言って、文也はけらけら笑いながら、先に行ってしまう。追って、後ろにいたはずの優も、保や裕一を追い越して通りすぎていった。行き先は職員棟なので、喫煙室にでも行ったのだろう。
「じゃ、俺たちも。理事長に報告に行かなくちゃいけないから、先に行くね」
「加藤は来なくても良いぞ」
「いやぁん。一緒に行くのぉ」
ダダをこねるように言って見せて、太郎もまた、はしゃぐように正史の腕につかまると、二人揃って職員棟へ向かった。
残された二人は、顔を見合わせる。
「……部屋に戻ろうか」
「せやね」
いつもは標準語を話す保が、何故か裕一と話すときだけ、地元言葉になっている。そんな特別に、裕一は今更ながらに気付いて、苦笑を浮かべるのだった。
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