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 翌日。

 裕一は正史に、二年F組の教室に呼び出された。今の二年生にはEクラスまでしかないので、そこは空き部屋のはずだ。机と椅子と黒板は用意されていても、常に締め切りの部屋だった。

 指定された時刻に合わせてそこに顔を出すと、見覚えの無い人が正史に問い詰められる形で椅子に座っていた。問い詰められている立場の人間にしては、やけに態度が大きい。

「あぁ、来たな。内藤」

「呼ばれたからね。何? 仕事の話?」

 呼び出された理由は、裕一も聞いてはいなかった。

 ただ、そこに正史とその男はいても、太郎も文也も優もいないことに、首を傾げる。保は今回関係者なので遠慮している可能性は十分考えられるのだが。

「紹介しよう。彼が、大野俊介氏だ」

「あ、例の脅迫犯」

 保が昨日遭遇した話を考えれば、そんな風に納得して見せるのは自殺行為に近いはずだ。だが、裕一はまったく感知せず、へぇ、と返す。

「脅迫? 何の話だね?」

 彼は、特に慌てた様子もなく、とぼけて見せた。すでに、正史に呼び出されたことで腹は括れているらしい。いっそふてぶてしいほどだ。

 裕一は、特に恐れることも無く二人に近づいていき、手近にあった椅子を引いて座った。

 何しろ、最も疑わしい、最も犯人に近い男である彼がここにいるということは、寮に放火される心配はとりあえず無いのだ。それだけでも、安全に違いない。

「あんたでしょ? 図書室の雑誌切り抜いて、学校に脅迫状送りつけたの」

「学校側では、無視するつもりでいた。ただ、脅された相手が、先ごろ結成されたばかりの探偵団のメンバーだったから、話が流れてきただけのことだ。別に、正式な依頼ではない」

 学校がまるで取り合わなかった事実は、別に隠すべきことでもないのだ。正史はそんな風に手の内を明かし、椅子に深く腰をかけた姿勢のまま、偉そうに足を組んだ。彼ほど体型の整っている人間でなければ、不恰好でみっともない姿勢なのだが、正史には意外なほどすっきり決まっている。

「脅迫状? そんなものを、この私が?」

 すっとぼける大野は、心外だとばかりに片眉を上げ、両手を広げて見せる。そして、笑い飛ばすように鼻を鳴らす。

「実に心外だ。そして、君たちにも幻滅するよ。無実の人に罪を押し付けようとはね。探偵団とはいえ、所詮素人だ。仕方のない話かもしれないね」

「よく言うよ、あんた。自分のことは棚に上げて。俺たちだって、何の証拠もなくそんな決めつけはしないさ」

 それは、そんな外交官の役目をするように言われているわけではないが、正史がまったく口答えをしようとしないので、代わりに裕一が口を開いた。とはいえ、そんな証拠があるのかどうかも、実は裕一自身は知らないのだが。

 さすがに不安になって、なあ、と裕一が正史に確認を取る。それに対して、正史はふっと苦笑を浮かべた。

「今、佐藤が証人を呼びに行ってる」

「佐藤?」

 誰だそれは、というような反応をして、大野は眉をひそめた。確かに、同じクラスでもない限り、知っているとは思えない相手である。正史も裕一も、肩をすくめて笑って見せるだけで、別にそれ以上の反応はしない。

 ちょうどそこへ、話題の人物がやってきた。小柄で茶髪で両耳ピアスという目立つ格好なのに、見覚えが無いことに首を傾げた大野は、それよりも、伴ってきたもう一人に目を奪われる。
 それは、放課後である今、学生の対応で忙しいはずの、図書室司書であった。

 司書もまた、その場に大野と裕一が対峙している姿に、驚いたらしい。目を見張った表情でその場に立ち止まる。それから、少し気の毒そうな表情をして見せた。

「司書さん。雑誌切り抜き犯、彼に間違いないですね?」

 そんな風に、文也に確認されて、司書は観念したように頷いた。途端、さすがに慌てた様子で大野が顔を上げる。だが、咎めるまでには至らなかった。そこで司書の告白を咎めては、自分が犯人であると自ら認めることになる。そこまで馬鹿ではなかったらしい。

「それにしても、司書さんもグルになってたとはね。さすがにそこまでは読めなかった」

 いつの間にどこから現れたのか。そんな風に今回の事件を評して、声をかけたのは、太郎だ。教壇側の出入り口横の壁に寄りかかり、腕を組んでこちらを見ている。反対側の、司書と文也が入ってきた出入り口には、優が通せんぼをするように立ちふさがっていた。

 司書を共犯者扱いする太郎に、大野はさらに、とぼける作戦に出た。自分は関係ない、とばかりに、憮然として表情を作り、偉そうに腕を組む。だが、引きつった声までは隠し通せていない。

「な、何を言っているんだ。私が、そんな低レベルないたずらを、するはずが無いだろう」

「いたずら、ね。そのわりには、準備が本格的じゃないの?」

 最後に、太郎のいる側の出入り口をくぐって、保が現れる。その手には、黄色く濁った液体の入ったペットボトルと、ジッポーライターが掲げられている。それは、証拠物件になりうるものであるらしい。それを見た途端に、さすがの大野も顔色を変えた。

「司書さん。ダメじゃない、生徒の犯罪を手伝っちゃ。それとね、放火は江戸時代じゃ火焙りの大罪だよ。オオノシュンスケさん。証拠品にネーム入れてたら、捕まえてくださいって言ってるようなもんじゃない。間抜けだねぇ」

 そんなことを、からかうような口調で言って、保は両手のものを振って見せた。ペットボトルの中で、少し粘性の強そうな液体がちゃぷちゃぷと音を立てる。

 それは、ペットボトルに入れられているわりに、ずいぶんとガソリン臭いにおいがした。おそらくは、そのものずばり、であるのだろう。保が手荒に扱って見せるのに、司書が慌てたような表情を見せる。

「こんな危ないもの、図書室に置いておいちゃいけないよね。放火じゃないなら、何をするつもりだったの?」

 それは、指摘の通り、普段の生活にはまったく必要のないものである。ガソリンが必要なものは、エンジンのついた乗り物くらいだ。こんな危険物を、保のような素人がちょっと探した程度で見つけられるような場所に、置いておくはずが無いのだ。

 言い訳のしようの無い証拠物件を、さも図書室から持ってきましたと言わんばかりに突きつけられて、司書はがっくりと肩を落とす。その隣で、まだ諦めてはいないらしく、大野は必死に言い訳を探している。

「そのライターは、以前喫煙が見つかった時に司書さんに没収されたもので……」

「あんた、見苦しい男だね。好きな男の前でくらい、かっこつけて潔く認めたらどうなんだよ」

 呆れた声でそれを遮ったのは、そっぽを向いたままの優だった。この場にいる人間の中で、最も興味なさそうな態度を一貫していた男の、正直な感想だった。

「あんたさ、内藤にこだわってるんだろ? そのためには、自分に好意を寄せている奴を踏みにじっても良いとかって考えてるくらい、好きなんだろ? 本人、目の前にいるんだぞ? そんな情けない姿晒して、恥ずかしくないのか?あんた」

 本人、と呼ばれて、裕一は思わず優を見やった。それから、問題の大野に視線を向け、じっと反応を待ってみる。

 大野には、反応できるだけの余裕はもう残っていないらしかった。ぐうの音も出ないほどの的確な指摘に、ただただ俯くしかできていない。

 しばらく大野の反応を待っていた正史は、同じく反応できない司書も見やって、軽く肩をすくめると、裕一に視線をやる。

「内藤。感想は?」

「つまり、この人と司書さんはグルでたもっちゃんを陥れようとしてて、しかも司書さんはこの人に惚れているが故のサポートだった、ってこと?」

 まず、状況認識が先だったらしい。こんな対面状況を企画したメンバーに比べれば、はるかに理解力の劣る裕一である。自分で想像のついた事柄で、確かめてみるしかないのだ。そして、その通り、と太郎に頷かれて、ふ〜ん、と気のなさそうな返事を返した。

「この人と司書さんの間にどんな同意があったのかは知らないけど。俺のことが原因なら、俺に直接働きかけてくれば良いじゃない。たもっちゃんや学校巻き込まなくたって、いくらでも方法はあるわけだろ? 俺としては、俺の存在のせいでたもっちゃんに迷惑をかけさせられて、肩身の狭い思いをしたわけだし、恨み言の一つも言いたくなるよね。この人が俺をどんな風に考えて好意を持ってるのかは知らないけど、俺だってたもっちゃんに片思い中なわけだし」

 名前を覚えることすら拒否した『この人』呼ばわりに、裕一の怒りが凝縮されていた。つまりそれは、あんたは俺を好きなのかもしれないが、俺の気持ちはどうなるんだ、と言いたいわけである。

「俺は、この人を許すつもりは無いし、だからといって、どうして欲しいとも思わない。今回別に、実際に何をされたわけでもないからね。ただ、今後俺に関わることがなければ、どうでも良いから」

「ふむ。では、今回の件はこれで解決としよう。ガソリンは、こちらで安全に焼却処分する。伊藤。ライターを返してやって」

「はいよ」

 正史に指示されて、保はそれを綺麗な放物線を描いて持ち主に放り投げる。それは、持ち主の胸を叩き、足元に転げた。

「一件は、理事長に報告します。まぁ、今回具体的な事象はこれといって起こっていないので、おそらくお咎めも無く済むでしょう。ですが、ちょっと反省していただきたいですね、我々としては」

 これで開放しますよ、と宣言し、正史はそこに立ち上がった。出入り口を塞いでいた太郎と優がそれぞれそこを離れ、正志と裕一のそばに寄ってくる。

 裕一が、これ以上興味もない、といった態度で大野に背を向けたのが決定打だった。椅子に腰掛けていた大野が、その下まで崩れ落ち、呆然とした表情で前を見つめている。司書は自分の悪事が暴かれてからこちら、じっとうなだれたままだった。

 その二人は、彼ら六人がそれぞれに部屋を出て行くまで、いや、出て行ったあとも、その姿勢のままで、日が暮れてから校内の見回りに回ってきた教師が見つけるまで、ずっとそのままであったのだという話だった。もちろん、これは後日談である。





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