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そんなわけで、放課後、裕一は保と連れ立って、校内散策へと出かけていた。
目的は、確かに、犯人の脅迫実行に対する牽制、およびパトロールである。だが、その実は、当事者を捜査の現場からはずす意図もあったのだろう。そう思うのだ。
裕一は、後ろに組んだ手に持ったカバンを歩くたびに自分の腿にパタンパタンと打ちつけている、少し子供っぽい行動をした保を見下ろした。
保自身、特に背が低いわけでもない。引き締まった身体は、何かスポーツをやっていたのだろうと思わせるほどに無駄が無く、見た目は小柄に見えても平均身長にきっと届いている背丈だ。
裕一が、平均よりも背が高いのである。大抵の相手は見下ろすことになる。探偵団のメンバーの中でも一番の背丈を誇っているし、それだけ成長した自分が実はコンプレックスだったりもするのだが。
「ねぇ、ゆうくん」
ポテポテと、不思議な足音を立てながら歩く保が、不意に声をかけた。声をかけながら、つぶらな瞳で隣の電柱のようなひょろ長い男を見上げる。
「どうしてバスケやめちゃったの?」
噂はどうであれ、真実、バスケットボールのプロチームからも海外のチームからも、うちに来ないか、とのアプローチはあった裕一だ。それは、単なる興味としても、実に気になる話だった。
この学校には、活発なクラブ活動があまり無い。運動系のクラブはほとんど無く、あったとしてもそれは、好きな連中が集まって好きなスポーツに汗を流してストレスと発散させよう、という程度のレベルでしかなく、地域の大会に参加しているチームは一つも無い。
そもそも、学生の半数近くが、クラブ活動に参加していない学校である。そんなところに、バスケットボールの世界では将来有望とされていた少年が、わざわざ入学してくるには、それなりの理由が必要だった。
それを言えば、この学校に所属している学生は、それぞれにこんな山奥にやってくるだけの深い理由を持っているわけだが。
「当時スポーツ誌では有名人だったからね、バスケの天才児、内藤裕一君。さすがにボクも知ってる」
「たもっちゃんも、有名人だったじゃない。バドミントンの天才児、伊藤保君。どうしてやめたの?」
反対に問いかけられて、しまった、と言うように保は苦しげな表情になった。裕一の事情が気になって、自分も同じ頃に有名になっていたことをすっかり失念していたらしい。
実際、バスケットボールはアメリカのNBAなどで有名な花形スポーツだが、バドミントンは案外地味で脚光を浴びないので、まさか知られているとは思っていなかった。油断したわけである。
「俺とたもっちゃんは、境遇が似てると思ったんだ。生まれた場所も家族の事情もきっと全然似ていないけど、でも、大好きなスポーツで有名になって、それなのにこんな所に逃げてきた、そんな境遇は、きっと似てると思う。違うかな?」
普段はあまり話さない裕一だが、ひとたび口を開くと長台詞が多い。それだけ、話していない間も何かを考え続けている証拠なのだろう。
そんな風に、理論だてて説明して尋ねられて、保は軽いため息をつくと、困ったように笑って見せた。そして、首を振る。
「きっと、理由は違うよ。スポーツで有名人になって、何か理由があってやめた。それだけさ、似てるところなんて。比較するほどのものでもない。ボクは、だって、元々バドミントンで有名になるつもりなんて無かったんだもの。好きだから続けてたけど、それだけだから。ボクの将来に関係の無い世界で、名前を売るわけにはいかない。ボクには、そんなものよりももっと大事な野望がある」
話をしているうちに、だんだんと保の口調に熱がこもり始めた。普段、天使の微笑を浮かべて周りに愛想を振りまいているわりには、腹の中では何を考えているのかわからないところがあったのだが、今の彼からはそんな姿は感じ取れない。
ふと、我に返って、保は苦笑を浮かべると、肩をすくめた。
「少ししゃべりすぎだね。気にしないで」
「気にするな、って言われると、気になるよ」
「じゃあ、気にして」
「良いの?」
「ダメ」
どっちだよ。そう突っ込んで、それから、裕一は困ったように笑った。そして、空を見上げる。
今日も、抜けるような青空だ。山の中だからそんなに気にならないが、今日もまた、残暑は厳しい。
「あぁあ。バスケしたい」
「未練があるんじゃない。戻ればいいのに」
「家族と趣味を比べたら、家族を取るしかないんだよ」
わかるようなわからないような告白をし、そうして裕一は苦笑を浮かべた。
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