3
翌月曜日。
昨日は朝早くから行方不明だった文也と優は、どうやら甲府市内まで買い物に行っていたらしい。保の脅迫事件に、びっくりしていた。
「それで? 犯人はわかったの?」
興味津々と判断すべきか、保を気の毒がっているのか、微妙に判断しにくい表情で文也が正史を見返した。脅迫状を食い入るように見つめているのが、その恋人の優である。
一見不良っぽい優と、一見おとなしそうな文也は、これで結構仲が良い。本人談を信用するなら、似たもの同士であるらしい。傍目にはとてもそうは思えないのだが。
いいや、と正史は首を振り、自分の恋人に視線を向ける。自分が無口なたちなのは自覚している。だから、大抵の発言は、おしゃべり好きな太郎に任せるのだ。太郎もまた、自然にそれを受けいれている。
「それがねぇ。雑誌の切り抜きをしたのは、全部図書室の蔵書雑誌だったんだよ。漫画から学術雑誌まで幅広く。おかげで、容疑者が不特定多数なんだよね」
なるほど、図書室の物であれば、誰でも実行可能だ。ふぅん、と相槌を返して、作業を手伝わなかった二人は顔を見合わせた。
それに、と太郎の話は続く。
「図書室で切りぬきなんかしたら、作業中に怒られるはずだろう? だから、と思って貸し出しカードをチェックしてみたんだけど、見事に全カードまっさらでさ、貸し出した形跡がないの。それと、切り抜かれたページもすぐにはわからないようにきれいに伸してあったし」
だから、貸し出し処理せずに持ち去ったものと見える。それが太郎の見解だった。正史も、保や裕一にも異論はなさそうだ。
そんな結論に、優が待ったをかけた。
「どうせ勝手に持って行くなら、元に戻さないんじゃねぇの? 捨てちまえば良いじゃんか。そうしたら、証拠も残らない。それに、その雑誌、何冊だよ。かさばんねぇか?」
あぁ、そうか。
そう言って、ぽん、と太郎が手を打った。ということは、他には誰も気づかなかったらしい。借りたものは、たとえ無断であったとしても、ちゃんと返すのが当たり前な彼らには、きっとそこが限界だった。
それにしても、そんな単純なことに、まさか太郎まで気づいていなかったとは。
「ごめん。うっかりしてた。そうだね、確かに、勝手に持っていったなら返さないよね。ばれたら足がつく」
「雑誌の数は、15だったか?」
そう確認し、正史が改めて眉を寄せる。確かに、その数の雑誌を一度に持ち去るのには無理がある。漫画雑誌15冊でも大変だというのに、それはサイズもページ数もてんでばらばらだったのだ。
「でも、1冊ずつだったら?」
「全部、発売日が最近なんだ。15回も往復したら目立つよ。図書室なんて、つねにほぼ無人だけど、司書さんがいるからね」
利用者が少ない分、目立つわけだ。その説明に、全員納得する。
「そうすると、図書室を頻繁に利用する人に絞られるね」
何度も往復しても目立たず、図書室内で何か作業をしていても、特には咎められない立場の人間なら、候補者にあげられるわけだ。
「司書さんにまずはインタビューだ」
「あ、それなら引き受けるよ」
太郎が、次の方針を示して見せると、すぐさま立候補したのが、文也だ。隣で優もうなづく。昨日は何もしていないから、というのがその理由であるらしい。
それに。
「司書さんもタバコ部屋の常連組だから、話しやすいんだよ」
「それなら、お願いしようかな」
ねぇ、と同意を求められて、正史もこっくり頷いた。
頷いたことでその件は解決と判断し、正史は改めて保を見やった。
「それで、結局心当たりはないのか?」
「んー。無いねぇ」
自分のことだろうに、実にあっさりしている。それは、前の日にも散々聞かれて考え尽くした結果なのだ。そうだよな、と正史も納得してしまう。
「で、ゆうくんは、無いの? 心当たり」
当然のようにそんな問い方をして、文也が裕一を見つめた。反対に、他全員が文也を見返してしまう。それだけ、文也の問いは突拍子も無かった。何しろ、これは保を名指しした脅迫だ。そこに裕一が関わる理由がわからない。
それは、太郎ですら、わからなかったらしい。正史に困ったように見やられて、首を傾げて返す。
自分の発言が突拍子も無かったことに、反応があって初めて気づいたらしく、文也が肩をすくめる。
「だって、ゆうくん、たもっちゃんのこと好きでしょ? 逆恨みされてる可能性もあるし」
それは、この場で言うには少しためらった方が良さそうなことだったが、まるで当然のことのように文也はさらっと流してしまう。指摘されて裕一はあたふたと明らかに動揺して見せ、保はそんな文也の意外な観察眼に舌を巻く。
それは、太郎にもうすうす程度でしかわかっていなかったことで、太郎もまた、文也を見つめた。それから、腕を組む。
「なるほどねぇ。となると、心当たりが3人ほどいるなぁ」
そんな視点を促されて、太郎は腕を組んでしまった。保本人に対して何らかの恨みを持つ人間となると、これは難しい問題なのだが、裕一が保に好意を寄せていることを知っていて、その裕一に対して恋情を感じている人間が、保に対して嫉妬の炎を燃やした、と考えるなら、そんな人間を探すことは、そう難しいことではない。
だが、もし本当にそんな理由なのであれば、ただ犯人を捕らえるだけでは意味が無いのだ。
本来、ただ保に敵意を抱いているだけだったのであれば、捕らえて反省を促せばよいはずだった。保もその処置で納得していたのだ。特に実害があったわけでもなく、脅迫されただけなのだから。
だが、その理由が裕一なのだとすると、話は違ってくる。探偵団の立場で犯人を捕らえるということは、裕一に犯人の気持ちとその行動が知られてしまうことに繋がる。それを、裕一は良いとして、犯人が受け入れられるだろうか。雑誌の切抜きで脅迫文を作って、保本人ではなく学校側に送りつけるような、暗い方法をとった人間である。好きな人に軽蔑されると知っていて本人の前に堂々と姿を晒せるような人間だったなら、そもそも脅迫などしていないに違いない。
学校としても、探偵団としても、保自身としても、今回のことで犯人を執拗に追い詰めるつもりは無いのだ。ただ、自分の行為を反省してくれさえすればいいのである。犯人だって、この学校の生徒であり、共に学ぶ仲間なのだから。おそらく。
そんな太郎の心配を聞いていて、何故か優は、感心したように、ほぅと声を上げた。
「優しいんだな。お前ら」
「え? 何で?」
意外な事を言われたように、思わず太郎が聞き返していた。そんな優の反応に、文也までも賛同していた。それから、文也がその理由を引き継いで話してくれる。
「だってこれ、明らかに脅迫でしょ? 本人はいたずらのつもりだとしても、放火って重罪だよ。そんな計画を企てる人の内情まで、気にしてやること無いじゃない。どんな事情があるにせよ、もう高校生なんだから、自分の行動には責任を取らなくちゃいけないんだよ」
「そんな犯人を思いやってやろうっていうんだから、優しいよ、お前ら。俺らじゃ、そこまで考えなかった」
「うん」
俺ら、と恋人を一緒くたに話す優に、文也も頷いた。そんな考え方は、反対に太郎にも新機軸な発想で、そりゃそうだよな、と思わず頷いてしまっていた。双方の話を一歩離れて聞いていて、正史は正史で何やら思うところがあるらしく、腕を組んでいる。
正史はそれから、本来の当事者である保と裕一に目を向けた。
「お前らは、どう思うんだ?」
問われて、裕一は何故か、保を見下ろした。どうやら、自分が原因かもしれないことで遠慮してしまっているらしい。反対に、保も「お前ら」と一括りにされた裕一を見上げる。そして、首を傾げた。
「とりあえず、犯人を見つけてから考えたい。相手次第では、ボクが直接、報復に出て行ってもいいし、探偵団の代表として委員長にお願いしても良いし。いろいろ方法は探れると思う。ただね、犯人を見つけて、それでおしまい、っていうのは、なしだと思うな」
「内藤は?」
「俺? ……俺は……」
うーん、と考え込んでしまった。その姿に、全員の視線が集まる。
「俺の何に惹かれてくれたのかはわからないけど、たもっちゃんが俺のせいで目の敵にされるのは申し訳ないから。探して欲しい。犯人」
「……よし、決まりだ。とりあえずは、犯人探しを続行しよう。決定的になってからどうするかは追々考えれば良いことだ」
裕一の答えを受けて、正史は深く頷くと、実にリーダーらしくそう結論を出した。その堂々とした口ぶりに、全員の視線が集まる。今後の行動の指示をくれ、と言わんばかりの視線に、正史のほうも裏切ることなく的確な指示を与える。
「斉藤、佐藤。司書さんを当たってくれ。俺と加藤は思い当たる人物の周辺を追ってみよう。内藤は伊藤と組んで、放火に備えてパトロールをしてくれないか」
「わかった」
普段なら、太郎が判断して指示を出す。だが、今回は正史が自ら判断した。それは、元々がそういう方針であったわけで、それを再度確認したに過ぎない。だが、全員がその指示を、リーダーからの行動指示として誠実に受け止め、真剣な表情で頷いた。
確かに、正史には生まれながらにして、リーダーとなる資質を備えているのかもしれなかった。
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