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 翌朝。

 日曜日だというのに、朝も早くから戸を叩く音に起こされた。ピンポンピンポン、と、チャイムが立て続けに押されて、うるさいことこの上ない。

 腕の中で眠っている太郎を起こさないように、そっとベッドを抜け出して、ドアに近づいていった。といっても、こううるさくては、いつ起きてしまってもおかしくないが。

「誰だ?」

『兄貴。俺だよ。開けて』

 それは、異母弟の声だった。憎き妾の子、な自分になついてくれる。自分と正史の立場を、本当に理解できているのか、甚だ疑問な義弟である。

 ドアを開けると、そのまま部屋に入って来ようとしたので、慌てて押し止めた。何でだよ、と不機嫌そうなので、小さくため息をつく。

「雅治。お前、エチケットの勉強とプライバシーの勉強、どっちを先にする?」

「え。なんだ、加藤さんもいるの? ちょうど良かった」

 叱ったはずなのに、それが彼には有用な情報だったらしく、へらっと返してきた。そして、正史の眼前に1枚のA4サイズの紙を差し出した。

「何? 脅迫状?」

 正史の横から顔を出して、とても寝起きには見えない口調で、太郎が口を挟んだ。振りかえって、すでに身支度も整えているのに驚く。

「お前、いつの間に?」

「旦那の腕から落ちて、目が覚めた」

「悪い」

 起こさないようにそっと動いたのに、やはり起こしてしまっていたらしい。素直に頭を下げて、苦笑の返答を得た。

 ところで、用件であるその紙切れだが。

「談話室に移動しよう。旦那、たもっちゃん呼んできて」

 それは、その文面にある相手の名だ。正史は迷わず頷くと、部屋を飛びだした。

 学園の寮は、いずれも五階建てが五棟ある。各階に談話室、調理室、リネン室が用意されている。談話室には大型テレビが設置されているため、大抵の学生は暇になると談話室に集まった。
 そのため、学年を問わず、寮の階ごとに仲の良いグループが、自然と出来あがる仕組みになっていた。

 もちろん、特待生階にもそれはある。正史は、寝起きで非常に眠そうな保を連れ、談話室に向かった。

 談話室で待っていたのは、太郎と雅治、それに、偶然やってきた裕一の3人だった。

 それで?と保が太郎に視線を向ける。迎えに来た正史が何も言わないせいだ。ならば、サブリーダーに聞こう、との判断に不思議はない。

 とりあえず席を勧めた太郎は、何故かそこにいるもう一人の理事長の息子、雅治を見やった。それを受けて、彼は大事そうに抱えていた紙を、テーブルの上に広げた。

 どうやらそれが、保を呼びだした原因だったらしい。まだ見ていない保と裕一が、同時に覗きこむ。

「なにこれ」

 一読した、保の感想だった。

 そもそも、伊藤保といえば、学内では一番の美人で、1年不登校学生でさえ知らない人はいないという、超有名人である。彼の天使のような微笑みに、くらっと来ない男など、教職員を含めて一人もいないに違いない。

 その相手を名指しで脅迫しようとは、命知らずも良いところだ。

 そう。それは脅迫状であった。それも、ドラマの見すぎだろう、と思うような、新聞や雑誌を切りぬいたものだった。週刊漫画雑誌以外は、新聞も雑誌も手に入れにくい環境である。どうやって作ったものか、実に興味のわくところなのだが。

 そんな悠長な感想を述べている場合ではない。

「心当たり、ある?」

 太郎にそう聞かれて、保は激しく首を振った。そうだろうねぇ、と太郎もあっさり賛同した。

「とすると、逆恨みか?」

「人気あるからね。それは宿命みたいなものだね。ただ、その脅迫を、学校側に向ける神経が信じられないけど」

 そう。その脅迫状は、保一人を名指ししたものにもかかわらず、保宛てではなく、あくまでも学校宛なのだ。保を退学にしろ、さもなくば校舎に火をつける。そういう趣旨だ。そんな脅迫をするわりに、期限の指定がないのだが、それはさておき。

 保自身に、何か悪いことをしたという覚えはない。毎日を、愛想を振りまきつつ、平穏無事に過ごしているだけだ。自分の顔が、男受けする美貌であることは承知していて、だからこそ、保の天使の微笑みは彼なりの自衛手段だった。そのことで恨まれたのなら、筋違いも良いところだ。

 そうかと思えば、どちらかといえば女の子受けする男っぽい顔の太郎や文也には、頼れる彼氏がいるのだから、不思議である。別に保も、男が嫌いなわけではないのだが。

「それで、どうするの?」

 指示を求めるように、保は太郎を見やった。自分のせいで脅されているとはいえ、脅されているのはあくまでも学校である。保にも、好きに動く権利はない。

 問われた方である太郎は、その視線を、恋人の義弟、雅治に向けた。

「理事長は、何て?」

「学校は、この恐喝に応じるつもりはまったくない。だから、犯人を見つけるなり、無視するなり、好きなようにしなさい、って」

 雅治の答えはこうであった。メンバーに当事者がいるから、わざわざ知らせてくれただけで、それによってどうこうしようという考えはまったくないらしい。なるほど、と頷いて、太郎は今度は正史に目をやった。

「どうする? 旦那」

 それは、リーダーとしての正史に判断を仰いでいるのだろう。正史としては、判断に迷うところだった。結局、どうしようか?と正史は太郎に問い返してしまう。

「そもそも、こんな紙切れ一つで犯人を割り出せるものか?」

「まぁ、方法はあるけど、骨が折れるのには間違いないね」

 ということは、太郎はとっくにやるつもりでいるのだろう。そう断言できるほどに、方法論の吟味が済んでいるのだから。

 そうか、と頷き、正史は問題の保に視線を向けた。

「伊藤次第だな。犯人を捕まえてやろうと思うなら、喜んで手を貸そう。別に良いなら、この件はこれで終わりだ」

 どうする?と、巡り巡って問い返されて、保は困ったように眉をひそめた。

「とっ捕まえてやりたいのはやまやまだけど、できる?」

「できるだろ、たろちゃんがそう言うんだから」

 答える前に勝手に決めつけて、裕一が口をはさんだ。言われて、太郎は苦笑を返す。

「犯人を特定するのは、結構大変だよ? 俺は案外そういう力業得意だから良いけどさ」

 要は、やりたくないような言い方だ。が、犯人の正体が気になるのも事実である。脅迫の対象が保である以上、本人に直接被害が及ぶ可能性も捨てきれない。

「ならば、犯人探しをしよう。丁度俺たちの力試しにもなる」

「探偵団として動くってこと?」

 結論を出した正史に、びっくりしたように保が聞き返す。それに頷いて返して、正史はさらに恋人を見やった。

「良いよな?」

「もちろんそのつもりだと思ってた。決まったなら、善は急げ、だ。早速行動開始しよう」

 当然のように返す太郎に、満足そうにうなづく正史であった。





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