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 初めて会った優の母は、息子の彼氏にびっくりしたようだったが、特に嫌がりもしなかった。いや、反対に喜んでいたような。

 それよりも、文也を驚かせたのは、その門構えだった。かなりの旧家を思わせる趣で、文也の実家と規模的にはほとんど変わらない。

 聞けば、実家は代々華道の家元の家系で、弟が結構筋が良いらしい。代わりがいなければ、優が後を継ぐよう教育されていたはずで、今のような自由奔放な生き方も出来なかったはずで。

 そんな締め付けられてたら絶対更正できてない、と優は自信たっぷりに断言する。きっと高校進学すらしていないに違いない、と。

 それは、文也としても、出会えなかったかもしれない危険性を帯びていて。良かった、と思う。この人がいなかったら、幸せにはなれなかった。

 学校に戻ってきたその日、すでにほとんどの学生が戻ってきていた。来週から、二学期が始まる。

 飛行機と同じくらい疲れて帰ってきて、二人揃って文也のベッドに転がりこんだ。向こうから送った荷物も届いていて、部屋に運び込んである。そのまま眠ってしまっても良かったのだが。

「文也。メール、待ってるぞ」

 家に着いたらメールで連絡する、とカインと約束していた。言われて、のそのそ起き出す文也を見やり、楽しそうに優が笑った。

 パソコンの前に座って、前準備が済むまで待ちながら、文也が優を振り返る。

「優、いつのまにか大人になったねぇ。喧嘩を買わないなんて、成長したんじゃない?」

「そんなことないさ。俺はガキだ、って自覚しただけの話だ。なんか、自分がアホらしくなってさ」

 寝転がって、へへっと照れ笑いをする。その姿が、なんだか頼もしく見えて、文也は嬉しそうだ。

 今回の旅で、優には目標ができたのだという。

「俺の目標は、トミーだな。仕事して、好きなこともして、好きな人も守って、できたらいいと思う」

 トミーの場合は、守るべき相手は不良仲間たち、優にとっては文也だ。文也には秘密だが、本当の目標は文也なのだ。肩を並べて歩けるようになりたい。それが本当の目標である。恥ずかしくて口に出来ないが。

 やがて、メールボックスを開いた文也が、首を傾げる。

「カインの学校のアドレスからメールが入ってる。何だろう? しかも、これ、ディズニーワールドに行く前の日じゃない」

 あまりに不自然な日付に、文也はとにかく不思議そうだ。それを見ている優が楽しそうに笑いをこらえているのには、まったく気づけないでいる。

 開いたメールには、日本語が書かれてた。

「優ぅー?」

「おう」

 もちろん、呼ばれたわけではないのは、知っている。自分で書いたメールだ。
 はじめて書いたラブレター。見せたいものと、文也の誕生日などというイベントがなければ、こんなこともしなかったはずだ。

 そのいたずらを思いついたのは、文也の代わりにプログラムの勉強を見てくれた、カインだった。

「え? プレゼント?」

 メールの文面を読んで、驚いた。何しろそこには、添付したプログラムファイルが、誕生日プレゼントだとあるのだ。

 驚いて振り返った文也は、すぐ後ろに来ていた優の顔を見上げた。

「動かしてみてよ。自信作だぜ」

 言われて、添付ファイルを開く。途端に、画面が真っ暗になった。画面の隅に、英単語が二つ。画面をクリックしろ、ということらしいが。

 優が何も言わないので、文也は首を傾げるしかない。書かれた通りに画面上をクリックする。すると。

 ドン。

 音が絞ってあったせいで、どこからか聞こえてきたような音質だったが、確かに花火の音だった。一緒に、クリックしたところを中心として菊の花火が花開いた。

「おめでとう。誕生日」

 耳元に、囁く声。それから、優には珍しい、照れたような笑い声。

「キザだけどな、最初に花火が出来た時、文也に思わず感謝しちまったよ。生まれてきてくれて、ありがとう、ってな。こんなことできるようになったのは、文也のおかげだろ?」

 言ってから、恥ずかしくなったらしい。文也に背中から抱きついて、肩に顔を埋めた。

「どう? ちょっとは喜んでもらえたか?」

 聞かれて、驚きの表情で画面を見つめていた文也が、ふと我に返る。

「びっくりした」

 そう答えるのが、精一杯だった。

 本当に、びっくりしたのだ。いろいろな意味で。こんなプレゼントがもらえたことにも、そもそも優に誕生日を祝ってもらえたことにも、優のプログラマとしての能力にも。
 だから、なんと答えたらよいのか、迷ってしまう。

 その一言に、すべてがつまっていた。

「良かった」

 少なくとも、悪い気はしていないことが、目に見えてわかる。それで、優には十分だ。

 ほっとしたら力が抜けた。気を張っていたわけではないが、どこかで力んでいたようだ。力が抜けて、作ったプログラムの説明をする。まるで自慢話のように。

「それは、マウスの右クリックで終了する仕組みだ。花火の模様は、俺が考えて作ったんだぜ。仕組みはよくあるスクリーンセーバーのオープンソースをもらったんだけどな」

 どうだ、偉いだろう、とでも言いたげに、胸を張る。そこをからかう余裕もなく、文也は呆然とスクリーンを見つめていた。それから、優を見上げる。

「成長したね、知らないうちに」

「向こうにいる間、放っておいてくれたおかげだ。考える癖が付いたからな」

 文也を後ろから抱きしめたまま、優が答えを返す。それから、照れくさそうに笑うのだ。

「俺さ。何か、将来の夢って奴、見つけたみたいだ」

 それは、毎日をただつまらなく生きてきた優の、一大決心のようで、文也は改めて身体ごと振り返った。そのおかげで文也から手を離した優は、すでに自分専用と化した折りたたみ椅子に腰を下ろす。

「夢?」

「そう。俺、プログラマになりたい。ロボットの頭、作れるような。人工知能って奴? で、文也とロボット作りたいんだ。無理か?」

 所詮夢だからなぁ、と続けて苦笑いするのに、文也はまたもびっくりして目を丸くした。なにしろ、数ヶ月前にはプログラムのプの字も知らなかった優である。この展開はさすがに予想外だ。

 予想外だが、今回のびっくりはすぐに落ち着いた。少しぼうっとした感じは残るものの、首を振る。

「無理じゃないよ。これから勉強すれば、十分勝算はある。僕が教えてあげるよ。くぅを作ったときの人工知能の知識ならあるし。そっか、プログラマか。なんか、嬉しいかも」

 それは、文也も優の夢を認めてくれたという事で。夢の実現を手伝ってくれるということで。嬉しくて、笑ってしまう。

「くぅの弟、作ろうぜ」

「じゃ、今度はトミーに美少年作ってもらわなくちゃね」

 照れ隠しに、現状では無茶とも言える、大きなことを言う優に、文也は阿吽の呼吸で返す。そして、文也は感極まったように涙を浮かべ、優に抱きついた。

 と、急に文也の背中が重くなる。その重さが、だんだんと肩の方に上がってきた。

『くぅの弟が出来るの?』

「くぅ。重い」

 それは、勝手に動き出した文也の特許の塊で。やっと肩にたどり着いたくぅは、すぐそばにある優の顔に手を伸ばす。

『ふーちゃん、まぁくん。おかえりなさぁい』

「おう。ただいま」

 小さな手で頬をなでられて、くすぐったくて逃げ出した優が、文也の肩からくぅを抱き上げる。それを見て、文也は軽く笑った。

「親子みたい」

「というには、くぅが小さすぎるぞ」

 一応突っ込みを入れ、まんざらでもなさそうに微笑んだ。うん、とうなづいて。

 話をして、彼氏の反応に満足して、ほっとした。それが、優の精神をリラックスさせたらしい。大きなあくびが出る。

「くぅ。夕飯の時間に目覚ましセット。文也、寝るぞ」

 パソコンデスクの上にロボットを下ろして、優は文也の手を取り、立ちあがる。引っ張りあげられて、ベッドの上にもつれるように倒れこんだ。

「ごめん。マジで眠い」

 それは、一緒のベッドの中なのに、まったく手が動かないことを謝っているのだろうが。文也は、そんなところを謝る優がおかしくて、くすくすと笑い出した。

「おやすみ、優」

「おやすみ」

 もごもご、と返ってきた返事に笑って、文也はベッドサイドに置いたクーラーのリモコンを取って、設定を睡眠用にセットしなおし、優のおでこにキスを落とす。

「おやすみなさい」

 それからすぐに、文也も眠りに落ちていった。



おわり





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