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 成田空港に降り立ったその日、日本では雨が降っていた。

 アメリカからの国際便を下りたわりに、二人とも手荷物しか持っていなかった。

 時刻は午後5時を回っている。

 このまま山梨まで帰るのも大変で、文也はホテルに泊まるつもりだったのだが。

「なんだったら、うちに泊まっていくか?」

 そう、優が提案した。どうせ、実家に戻るつもりなどないことはわかっている。出発の日も、どちらの実家も近い国分寺駅で待ち合わせたのだが、きっと駅前のビジネスホテルにでも泊まったのだろう。そのくらいの想像は付く。

 実は、こんなにも惚れこんだ文也を、両親に、主に母に、見せびらかしたかったのだ。きっと母ならわかってくれる。そう思う。

 自宅に電話をかけると、母は快く客人を歓迎した。ご馳走作って待ってるから、早く帰って来い、と心暖かい命令を受けて、優は思わず苦笑してしまう。

「土産持って帰ろうぜ。うちの母親、甘いものに目がないんだ」

「じゃぁ、ケーキでも買っていこうか。国分寺の駅前に美味しいスイス菓子屋さんがあるんだ」

 地元から離れるわりに良く知っている文也が、そう受けて返す。つまり、了解の意味だった。




 国分寺駅まで電車を乗り継いで二時間。時刻はとうに7時を過ぎている。雨のあがった空は、西の方だけが真っ赤に染まっている。

 二人は並んで、線路沿いの道を歩いていた。
 時折電車が通る以外は、実に閑散とした道である。人通りがほとんどない。その通り端は、公園やら工場やらが立ち並んでいて、住宅街とは言えない道なので、残業はほとんどない町工場には人気がなく、通りの寂れ具合に拍車をかけている。

 文也の手には、ケーキの箱が引っかかっていた。実は文也もケーキは大好きで、甘いものには興味のない優がしかめっつらで見守る中、あれとこれと、と選んでくれた。甘さとカロリー控えめをテーマに選んだというそれは、完全に文也の独断と偏見によるものだが。

 同じく線路沿いの通りに一軒、コンビニエンスストアがあった。その小さな駐車場には、お約束のごとく不良少年たちがタムロしている。

 そんな同年代の彼らを一瞥し、優は、げ、と呟いた。どうやら知り合いのようだ。しかも、反応が嫌そうなので、おそらくは敵対する側の。

 きっと、優は無視して通りすぎる予定だったのだろう。しかし、珍しい男の二人歩きに、興味を引かれたのもいけなかったらしい。

「さいとぉう。珍しいじゃねぇか」

 早い。あっという間に囲まれてしまった。思わず、優は文也を背に隠す。文也も、相手を知らないので、おとなしく隠れた。

「なんでぇ。山奥に逃げ出したかと思ったら、んな弱っちいの連れてんのかよ」

 ははっと馬鹿にしたように笑う。周りからは野次が飛び、どうやらリーダーらしい男が鼻で笑って見せる。

「ついでだ。てめぇも腰抜けの仲間入りでもすっか?」

「買う気はねぇよ」

 きっと去年なら、売り言葉に買い言葉で受けていたはず。
 今は、まったくその気は起きなかった。自分が大人になったなどと、うそぶくつもりもない。
 自分は子供である。それは、このアメリカ旅行で実感した。でも、反対に、実感したらこそ、落ち着いてしまったのも事実で。

 ところが、後ろで服の裾を引っ張る手があった。

「やらないなら、譲って」

「むかついた?」

 くす。思わず笑ってしまう。いつもはおとなしくて、喧嘩などしそうにないのに。

「いいよ。ケーキ、持っていてあげる」

 止めないの?と目で尋ねられて、優は迷わず首を振る。そして、自信たっぷりに言い放った。

「俺でも余裕で勝てる相手に、俺より強い人引きとめる必要、ないだろ?」

「なにごちゃごちゃ言ってんだよ。てめぇの意思なんざ聞いちゃいねぇや」

 二人ともやっちまえ。そんな合図に、連中は全員揃って向かってくる。全部で、目算8人。どう見ても、多勢に無勢だ。

 だが、常識が通用しないのが、この二人である。喧嘩の天才で、負け知らず。しかも、8人で襲いかかってきたところで、どうやっても、一度に攻撃できる人数は、良くて4人だ。そのうえ、文也は普段彼らが相手にしている人間よりも、小柄ですばしっこい。

 誤算があったといえばもう一つ。優の態度である。まるで別人のように、冷めている。友達が危険に晒されているのに、ほぼしらんぷりで、喧嘩の輪の外に逃げ出してる。

「逃げるか、腰抜け」

「そんなに言うなら、彼に勝って見せたらどうだ?」

 それを、喧嘩をしかけておきながら、高みの見物を決め込む人には、言われたくないが。

 彼に、と顎をしゃくった先には、手をはたいている文也の姿があった。足元には、伸びていたり、腰を抜かしていたり、逃げ出しそこねていたりの仲間たちが、それぞれに地面との熱烈な接吻を交わしていた。

「まだやるの?」

 その言葉は、どんな脅しよりも、効果てき面だった。一人残された男は、気の毒な仲間たちを放って、無責任にも逃げ出していた。

 逃げていった男を見送って、ケーキの箱を返しながら、優が苦笑してみせる。

「残念。せっかくのチャンスだったのに、見てなかった。文也、すげぇな。ほんとに俺より強いぞ」

 家に向かって歩き出しながら、そう言って優は何故か嬉しそうだ。対して、文也はちょっと肩をすくめ、歩き出した彼氏に従う。

「またそのうち、機会があるよ。これだけ派手にやれば」

 仕上げとばかりに、身体を起こした男を足蹴にして、小走りに優との差を縮める。振りかえって差し出した手を取る。

 そういえば、立ち止まらされた時間は、5分足らずくらいだった。





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