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ホテルに戻って、ようやくチェックインする。荷物を預けたときにも、夕方入れた電話でも、遊んでから入るから遅くなる、と連絡を入れておいたため、チェックイン遅れによる自動キャンセルには、なっていないはずだが。
「佐藤文也様でいらっしゃいますね。お待ちいたしておりました。お荷物は先にお部屋の方へ入れさせていただきました。最上階スイートになります。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
流暢な日本語で案内された内容に、文也も優も耳を疑った。
「スイート、ですか? 何かの間違いじゃなくて?」
「いえ。今日と明日の二日間、スイートルームでご予約受け賜っております」
最上階のスイートルームということは、このホテルで一番高い部屋だということで。
「お誕生日のプレゼントと伺っております。どうぞお気遣いくださいませんよう」
「ご案内いたします」
フロントから客室担当のボーイへ、部屋の鍵が渡る。まるでボディガードのような体格のボーイに促されて、二人は、戸惑いながら、その後に続いた。
部屋は、さすがスイートルームだけあって、とにかく広い。思わず部屋の隅々まで見て回ってしまう優であった。
ボーイにチップを渡して、部屋を初めて見まわした文也が、ダイニングルームのガラステーブルに、手紙が届いているのを見つけた。ちょうど優も戻ってくる。
「ベッドがでけーの。クイーンサイズ二つ並んじゃっててさ。……何? 手紙?」
あまりのびっくりさ加減に、思わず興奮してしまった優だったが、文也が手紙を差し出したのを見て、少し落ちつく。
差出人は、マイク=コーンウェル。ミッキーだ。しかも、ニューヨークの消印が押されている。
それは、日本語で書かれていた。
『拝啓
知らせていないはずなのに、びっくりしたでしょう? マクレイア先生から聞きました。このホテルの部屋は、実は、ボクとトミー、その他有志からのプレゼントです。
みんなで、これは秘密にしようって口裏を合わせたんですが、内緒にしようとしたみんなを怒らないであげてね。この部屋、結構値が張るんです。僕たちだけの力じゃ、どう頑張ってみても一泊分にしかならなくて。もう一泊分は、ターナー氏から出ています。このくらいじゃ許してもらえないかもしれないけど、謝罪の気持ち、だそうですよ。
それだけ、伝えておきたかったのでペンを取りました。みんなの気持ちを無駄にしないように、思いっきり楽しんできてね。
ミッキー』
横から覗いて、それを読んだ優は、結局何が言いたいのかわからず、文也を見やった。その表情がびっくりしているのに、驚かされる。
どうやら、ターナー氏という人物が鍵のようだ。
「で、ターナーって、誰?」
聞き覚えのない名前だ。聞いているかもしれないが、とりあえず、記憶にない。
「あれ? クララのファミリーネーム、知らなかったっけ?」
「知らねぇよ。そいつに関わることだと、みんな揃って濁すんだから」
つまり、それはクララの兄、文也の元彼のこと。はっきり言われなくてもわかる。何しろ文也の前でその人物の話題は禁句だ。自然と気を使うから、想像するのもそう難しいことではない。
なるほど、そういうことか。その人物の正体がわかって、手紙の意味も理解した。
文也の友達は皆、文也がどんなひどい振られ方をしたか、知っているから、気を使ってくれるのだ。出資者の一人に含まれていることを、今まで誰も教えてくれなかったのは、そんなわけがあったらしい。
「もういいじゃん。俺がここにいるんだから。許してやったら?」
「振られたのは許すけど、くぅの誘拐犯としては、一生許さない。博士号を取れるか取れないかの微妙な時期に、やっていいことじゃないでしょ? 僕には、また来年、なんてチャンスはなかったんだから」
土下座して見せたって許さないよ、と改めて怒りをあらわにする文也に、優は苦笑してしまった。
これは、事態を軽く見ている元彼氏の作戦負けだ。本人は何とかして友人の地位まで戻りたいのだろうが、せっかく幸せにやっているところに、わざわざ油と風を送って怒りを再燃させているのだから、敵ながらそのバカさ加減には同情してしまう。
友人たちが黙っていてくれたのも、その理由はわかる。まだそっとしておいたほうが良い、とわかるから、気を使ってくれていたのだろう。
そして、唯一文也と同じ、若くして博士号を持っていて、同性の恋人がいて、しかも自分が受け側であるミッキーが、一番文也の気持ちをわかっていた。だから、事実を伝えて、遠慮することはない、と教えてくれたわけだ。どうせ許せるわけがないのだから、利用できるものは遠慮するな、との助言が、言外に含まれていた。
何やら一人で楽しそうな優に首を傾げ、文也はページをめくる。読んでいて、二枚目にも何かが書かれているのを見つけたからだ。
そこに書かれていたのはおおむね英語だった。ただ一文、日本語が添えられた。
それを読んだ文也は、途端に顔を真っ赤に染めた。優のほうへ押しやる。
「何?」
渡されて、それを見て。優の口元が人の悪い笑みを見せる。
そこに書かれた日本語は、次の通り。
『追伸。マサルへ。次の英文を、ぜひ文也に訳してもらってください。では、良い夜を』
その英文。優にでも理解できる簡単なものだった。
「ねぇ。訳して」
文也に身体を寄せ、彼の目の前にその手紙を広げる。それを見ようとせずに、そっぽを向く文也の、耳たぶを舐めあげる。
「何て書いてあるの?」
「読めるでしょ。このくらい」
恥ずかしさ100%で、憎まれ口を叩く文也に、優は笑ってしまった。
「読んでくれたらご褒美あげるよ」
「いっぱい?」
「もう駄目、って音をあげるくらい」
優しく甘い声色で、まるでその言葉すらも愛撫のうちであるように、耳元で囁く。
ふるっと文也が震えた。
「お誕生日のプレゼントが欲しいの」
優が読めば直訳にしかならないそれを、文也はまるで自分の言葉のように訳す。優はその訳し方が嬉しくて、笑ってうなづいた。
「何が欲しい?」
「キスして」
ちゅ。言われた通りに、頬にキスを落とす。そのささやかな行為では満足できなくて、首を振った。
「唇に。もっと深く」
もうすでに、その手紙を読んではいなかった。優の顔をじっと見つめる。
誘われるように、唇に吸いつく。ねっとりと絡みつく舌の感触に、理性を奪われかける。
唇を離すと、息とともに幸せそうなため息をもらした。
「次は?」
「触って。僕の身体を、貴方の暖かな手で」
言葉にしたがって、文也の身体に手のひらを滑らせていく。ゆったりと身体を覆うシャツを脱がせながら。そして、さりげなく、文也を寝室へ導いた。優しく、ゆっくり、ベッドに押し倒す。
「それから?」
文也の、身体中に散らばる性感帯を、的確に刺激する。身もだえ、ベッドの上でしなやかに跳ねる肢体を、じっと見つめた。
「握って。僕の、大切なところ」
「ここ?」
さりげなく手を伸ばし、五本の指で握りこむ。まるで精巧なガラス細工を扱うように。
「そう。しゃぶって。貴方の舌で、舐めあげて」
途端、文也の股間から湿った音が聞こえた。文也が思わず目を細め、喉をならす。
「言って。最後まで。後は?」
聞かれて、文也は顔を真っ赤にした。今まででも十分に扇情的なセリフだったのだが、どうやらさらに上を行くらしい。
「僕を、犯して。貴方のその、立派な得物で、僕の中をぐちゃぐちゃにして。お願い。貴方が欲しい」
「あぁ。任せろ。天国に、連れてってやるよ」
それは、頑張ったご褒美でもあり、自分の欲望を満たすためでもあり。
「愛してるの。僕には、貴方だけ」
「いまだけ、じゃなくて?」
付きあい始めた最初の日に、文也が言った言葉だ。まだ、前の彼氏につけられた傷を引きずって、自分を見失っていた頃の。
聞かれて、激しく首を振る。
「意地悪」
くっと優は喉を鳴らして笑う。そして、文也の身体にしゃぶりついた。
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