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 一ヶ月の滞在期間は、優の英語力を育てるのに十分な時間であったらしい。いつのまにか、文也の通訳なしでカインと話をしている。

 大学では、文也はカインの手伝いをし、優がその横でノートパソコンを借りてプログラムの勉強をする、そんな毎日を過ごしている。
 文也の手取り足取りの指導ではなく、困ったときは研究室の学生に聞きに行くおかげで、自分で考える癖がついた。
 自分で考えるということは、それだけ発想力を育てる。成長したなぁ、と実感するほどだから、実際かなり実力がついたはずだ。

 8月も20日を過ぎ、いつ帰ろうかと考え始めたその日。朝食の席で、カインがそこに何かのチケットを置いた。
 今日の食事当番は優なので、トースト、キャベツの千切りを炒めたもの、ハムとチーズの目玉焼き、それにコーヒーがつく、いたってシンプルな食卓である。

 そのチケットは、イベントチケット取り扱い代理店のもので、文字を読まないとそれが何であるのかわからないのだが。

「(フミヤの誕生日、もうすぐだろう? 二人で行っておいで。ホテルも取っておいたから)」

 そう言って、カインが二人の方へチケットを押しやる。それは、オーランドにあるディズニーワールドのフリーパスチケットだった。しかも、二日分。

「(明日、朝8時の飛行機だから、朝は早いよ。空港まで送るから。楽しんでおいで)」

「でも、え? いいの?」

「バースデープレゼント。フロム、ミー」

 一言一言を、ゆっくりと言い聞かせるように言って、カインはそれから、にやり、と笑った。

「(別に俺一人からってわけじゃなくて、うちの研究室とマクレイア教授の研究室のメンバー、全員で考えたプレゼントなんだ。ハネムーンのつもりで、行っておいで。日本に帰る飛行機は、帰ってきた次の日の予定だから、礼を言うなら今日のうちに言っておきなよ)」

「(いいの?)」

 本人たちにとっては降ってわいたような話で、二人は顔を見合わせた。もちろん、とカインが大きくうなづく。

「(みんな、二人のことが好きなんだよ。わざわざ日本から来たのに、どこにも遊びに行ってないだろ?ほとんど毎日研究室に顔出してるから、みんな心配してるのさ。気にするな、っていうより、みんなの気持ちに甘えときなさい)」

 最後は命令口調でそう言うと、カインは何食わぬ顔でコーヒーをすする。優は、文也と顔を見合わせた。

「行こうか」

「せっかくだしね」

 それで、帰国までの日程が決まった。最後の最後に慌ただしいが。




 ディズニーワールドというところは、とにかく広い。園内マップをはじめて見て、文也は困った。これでは、遊園地というよりは一つの町である。広さも半端でない。東京23区とどちらが広いかも、微妙なところだ。

 園内は、4つのテーマパークと、各種アトラクション、ショッピングモール、ホテルなどが揃っている。すべて回ろうと思ったら、一週間では足りないという。日帰りなど、夢のまた夢だろう。二泊三日を用意してくれたのも、うなずける話だ。

 指定されたホテルに着いて、二人揃ってホテルの外観を見上げてしまった。想像していたよりもずっと豪華なホテルだった。

「いいのか?」

「まぁ、指定されたのはここだからね」

 行こう。そう、文也が手を差し出す。それを取って、後を追っていった。

 チェックインまでまだ時間がある。何しろ、まだ朝の10時だ。取りあえず、荷物だけ預けていくことにしたのだ。

 ホテルを出て、立ち止まる。

「どこに行こうか?」

 園内マップを広げて、二人、頭を突き合わせる。

「シンデレラ城はガラじゃねぇぞ」

「うん。ね、これ、おもしろそうじゃない?」

 指差したのは、エプコットというテーマパークだ。科学体験と世界一周体験がテーマになっていて、まるで、万国博覧会の様相を呈している。

「どうかな?」

「文也の知識量にかかれば、子供だましだぞ?」

 確かにおもしろそうだけどな、と言って、優は苦笑して返す。文也が軽く首を振った。どうやら、文也の興味を引いたのは、科学体験ではなく、ワールドショーケースの方だったらしい。

「ま、いいか。ここから近いしな」

「うん。で、明日はプールにしよ。こんなに蒸し暑いと、プール、いいでしょ?」

「賛成」

 文也の趣味も優の趣味も、お互いに知り尽くしている。それはもちろん、趣味が近いということもあるが。

 行こうか、と優が手を差し出し、文也は迷うことなくそれを取った。

 ディズニーの世界は、老若男女、誰でも楽しめるように作られている。自他ともに認める不良少年の優も、童心に返ってしまった。文也に対して「子供だまし」と言って渋ったにもかかわらず。

 アトラクションには大満足で、とはいっても、興味を引いたものにしか手を出さなかったせいだが、それでも気づけば午後7時を回っていた。夕飯を食べてからホテルに戻ろう、ということで、ハンバーガーショップに入った。

 ハンバーガーショップといっても、日本で見かけるようなファーストフードではなく、れっきとしたレストランだ。サラダとポテトとドリンクが付いてお手ごろ価格である。ただし、ハンバーガー一つがびっくりするほど大きい。これでアメリカ標準だが。

「明日、プールに行くのは良いけどさ。水着、持ってきてねぇぞ?」

「いいじゃない。買っちゃえば。ちょうど記念にもなるし」

 これでも、さすがに一ヶ月もこの国で生活している。食生活の違いにもけっこう慣れた。どう考えても、二人で別々に注文したら多すぎるので、主食セットと軽食を一品頼んで、二人で半分こにする。これは、こっちに来てから出来た習慣だ。

 店員からじろじろ見られても、気にならないのは、それもまた、慣れてしまったせいだが。

「男同士で分け合って食うのって、そんなに違和感あるか?」

「一人一セットずつ頼め、って言いたいんだと思うよ」

「どうせ残しちまうんだから、もったいねぇじゃんか。なぁ?」

「そうだね」

 うなづいて、文也がくすくすと楽しそうに笑った。





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