5




 文也にカインから技術サポートを頼まれたこともあって、その日と次の日は大学で1日過ごすことになった。
 ロボットは見ていてもよくわからない優は、教授の研究室でプログラムの勉強をしていた。英語はわからないけれど、プログラム言語なら理解できる。
 2日英語の飛び交う中にいて慣れてきたらしく、ヒアリングはだいたいわかるようになった。優からはあいかわらずボディランゲージだ。

 二日目の夕方。文也は5時を過ぎた頃、慌ててマクレイア教授の研究室に飛び込んだ。

「優っ! 急いで帰る準備して!」

 そういえば、トミーという不良少年と約束したのがこの日だ。

「(先生。旧友に会いに行く用事を忘れてました。すみません、お先に失礼します)」

 教授に挨拶している間に、優の方は帰り仕度が整う。珍しく大慌てな文也に教授は笑った。

「(明日も来るかい?)」

 はい、もちろん、と返事をする文也に優しい笑みを見せ、気をつけなさい、と見送った。

 カインには、遅くなるから先に寝ていろ、と言ってきたらしい。怒られちゃった、などと言ってぺろっと舌を出す。

 連れてこられた先は、下町の喫茶店だった。夜はバーにもなる。場所は知っていても、来たのは初めてだそうで、なかなか雰囲気の良い店なのに、気に入ったらしい笑みを見せた。

 ドアを押すと、カランカランと心地よい音がした。

 ドアの方に目をやったマスターは、途端に険しい表情になった。東洋系の新顔、ということは、ここが不良のたまり場と知らずに入ってきてしまったのだろう、という想像が働いたようだ。ずんずん中に入っていく文也を呼びとめる。

「(ここは危ないよ、坊や)」

「(知り合いだよ)」

 ひらひら、と手を振って、文也は軽く笑って見せる。
 笑った途端に今度は不良少年たちに囲まれた。優はここに入る直前に、絶対に喧嘩を買うな、と言われていたのだが、物騒な雰囲気に思わず身体が臨戦体勢を取ってしまう。
 本場のヤンキーにどこまでかなうかはわからないが、それでも恋人を守ろうとする、男の本能だ。

 だが、そんな状況でも、文也はさらりと笑うのだ。

「(血気盛んなのは結構だけど、相手見なよ、ボクたち)」

 ほら、どいたどいた、と言いながら、左右にぺっぺっと手を振る。喧嘩を売っているのは、どうやら文也の方らしい。それだけの自信があるのか、ただ無謀なだけなのか。

「文也。お前が喧嘩売ってどうすんだよ。こいつら、強そうだぞ」

「大丈夫。僕、これで結構喧嘩強いよ」

 とてもそうは見えない文也がそんなことを言っても、説得力に欠けるというものだ。

 そこへ、天の声とも言うべき声が振ってきた。

「フミヤ?」

「(ハイ、トミー。待たせた?)」

 少し声を張って、文也の声が答える。それを受けて、トミーが一喝した。

「(散れ、てめーら。フミヤに伸されてぇか)」

 怒鳴られて、全員が大慌てで道を開けた。その向こうに、3日前に会ったトミーと、こちらに背を向ける小柄な男が見えた。

「(ちょっと、トミー。僕にってどういう意味よ)」

「(そのままの意味だよ。その辺の雑魚なら、後ろでけなげに臨戦体勢取ってるダーリンでも十分勝てるからな。フミヤなら一瞬だぜ。なぁ、ミッキー?)」

 こちらに背を向けているその人にトミーが同意を求める。彼もそれに促されたようにこちらを振りかえる。その頃には開かれた道を進んで近くまで来ていた文也が、素直に嬉しそうな顔をする。

「ミッキー!」

「ハイ、フゥ」

 フゥ?
 初めて聞く呼び名に、優は思わず首を傾げた。呼んだ相手を見て文也のことなのはわかったが、それにしても、文也をそんな呼び名で呼ぶ人は初めてだ。

 2、3秒考えて、文也のことだと納得した途端、もう一つの謎も解けた。
 くぅの名前だ。名前の起源は確かにクララだろうが、クララをくぅと呼んだのは、文也をフゥと最初に呼んだ人なのだろう。ちょっと思いつかないあだ名なのだ。
 もしかしたら、このミッキーかも知れない。

「(あれ? 痩せた?)」

 ミッキーが少し心配そうにそう言い、トミーが驚いて文也を見つめる。

「(最近戻ってきたけど。去年あたりちょっとね)」

 いろいろあったんだ、なんて御魔化して文也は連れを振りかえった。忘れられていたわけではないようで、文也に呼ばれて優がひょこひょこと近寄っていく。

 にこっと笑った文也が幸せそうでミッキーもトミーもつられて笑う。どうやら文也には周りを巻き込む力があるらしかった。

「(日本で出来た恋人だよ。マサル)」

「ハイ、マサル。アイムミッキー」

 ヨロシクネ、と片言の日本語が飛び出してきて、優はへらっと笑った。
 この3日で、簡単な挨拶は日本語で言ってくれる人がとても多くて、いいかげん慣れていた。ついでに、挨拶し通しで、自分の名前と「はじめまして」くらいは言えるようになっていた。
 差し出された手を握り返し、ナイストゥミーチュー、と返す。

「(ホントだ。いい男。気が強そうだから、フゥにはちょうど良いかも知れないね)」

「(だろ? こないだは遠くから見ただけだったけど、それでも、任せて安心できそうで、マジでほっとしたんだよ)」

 どうやら、トミーが優の存在を話していたらしい。二人とも自分のことを心配していたようで、少し申し訳ない気持ちになってしまった。

「(他のみんなは?)」

 自分の話題はさすがに恥ずかしく、文也が無理矢理話題を変える。文也が来たというので昔の仲間を集めたトミーが、困ったように笑う。

「(帰り、制限あるか? 場所柄、あの頃の連中ってみんなエリートだろ? 今日は平日だからな。そろそろアルあたり来そうなもんだけど)」

 どうやら、他は皆、仕事で時間の都合がつかないらしい。帰国してから連絡を取っていないせいもあって、就職しているとは知らなかった文也が、へぇ、と納得の表情を見せる。

「(待ってる間、暇だろ? 何か飲み物もらってくるよ。希望は?)」

「(ノンアルコールで)」

「(フミヤも?)」

 もちろん、と答えたのに、トミーが意味深な笑みを見せる。座ってな、と言われて、文也が真っ先に腰を下ろした。かなり広いソファで、文也の左右にミッキーと優が座ってもゆったりできる。もともと3人掛けのようだ。

「なぁ、文也。お前、いったいどうしてこういう奴らとつるんでたんだ?」

「それは、理由を聞いてる? 馴れ初めを聞いてる?」

「両方」

 まわりが英語ばかりで仲間はずれになっていた優も、反対に日本語では声をひそめなくても内緒話になることに気がついたらしい。普通の音量で、結構失礼な言い方をする。

 その二人の会話に、ミッキーが口を挟んだ。

「くぅのフィギュアを作ったのが、トミーなんだよ。あれで、おもちゃ会社の専属デザイナーなんだ」

 あまりにも流暢な日本語で、文也も優もミッキーを見つめる。ということは、優の失礼な物言いもしっかり聞いていたらしい。

「え? なんだ。日本語もマスターしちゃったの? 今何ヶ国語?」

「聞いて驚け。13ヶ国だ。ちなみに、方言とヒアリングのみを含めたら、さらに倍」

 英語はもちろん、フランス、ドイツ、スペイン、ロシア、フィンランド、インド、中国、韓国、日本、エジプト、アラブ、タイ。世界中、どこに行っても不自由しないだろう。そんなレベルである。
 13ヶ国語という数は驚きだが、それだけ覚えた理由は簡単で。近所にあるボストン大学に非常勤講師契約をしている言語学者なのである。

「(何の話だ?)」

 両手だけで4つのグラスを器用に持って、トミーが帰ってくる。それをサイドテーブルに下ろして、近くから椅子を引き寄せた。3人がそれぞれグラスに手を伸ばす。

「(フゥと俺たちの馴れ初めが聞きたいってさ)」

「(あぁ。くぅな。最近元気か? お肌の張りつやが悪くなってきたら持ってきなよ。直してやるから。そろそろ肌の色が黒ずんでくる頃だろう)」

 そう言って、自分で持ってきた、どうやらウイスキーらしいグラスを傾ける。本当に、あの可愛いくぅの外見は、トミーの作であるらしい。意外な才能だ。

 トミーの契約先は、アメリカ国内で有数のおもちゃメーカーである。そこで、主に合成樹脂・シリコン系の材料を用いたフィギュアのデザインを担当していた。フィギュアの世界では、アメリカ人なら誰でも知っているような有名人であるらしい。

 そのおもちゃメーカーの社長の息子が、ここにいるミッキーの恋人だった。ミッキーもトミーも、職を持ちながらストリートから足を洗わない同士。気があったので、個人的なつきあいをしていたのである。

 文也の恩師は、元は言語学者として学会で名を挙げていた人物である。文也とミッキーの出会いは、その恩師を通じていた。そして、文也がロボットの外装を探していることを知って、トミーを紹介したのだ。
 ちなみに、ミッキーの地元はニューヨークである。このボストンからは東京大阪間ほどの距離があるわけで、この出会いはまさに運命的ですらあったのだ。

 そんな話を、ミッキーが優に対して面白おかしく脚色を交えて話し、文也が随所に突っ込みを入れる。おかげで優は笑いっぱなしで、飽きる心配がまるでなかった。

 日本語のわからないトミーが、3人とも楽しそうなところに安心して、嬉しそうに笑って見ていた。
 これなら、他の人が都合がつけられなくても、とりあえずは二人とも満足してくれるだろう。そういう判断ができる。

 そこへ、懐かしい声が飛びこんできた。

「(何だよ。楽しそうだな)」

「(ハーイ、フミヤ。久しぶりじゃない)」

 聞こえたのは、低い男の声と、色っぽい女性の声だ。この店内で紅一点。途端に場が華やぐのが不思議である。

「ハーイ。ジャック、マリー」

 軽く手を挙げて返す文也に、彼女が突然駆け寄った。そのまま文也の懐に飛びこみ、豊満な胸を思う様押しつける。
 優は、そんな行動に嫉妬する余裕もなく、ただただ驚いていた。どうやらいつものことらしく、他の4人の男たちは誰一人驚いてはいない。そんなマリーの行動を微笑ましく思うだけだ。

「(こら、マリー。言っただろ、フミヤは彼氏連れだって)」

「(あぁ、この坊やのこと? ボク、歳いくつ?)」

「(マリー。僕に怒られたいの?)」

「(いやん。冗談よ。なんだ、本気なのね。残念だわ)」

「(マリー。お前、俺にも怒られたいのか?)」

「(きゃあ。冗談よぉ。あたしはジャック一筋よ)」

 まるで何かのコントのようで、言葉はわからないのに笑ってしまった。ミッキーとトミーもおかしそうに笑っていた。

 この二人が呼び水になったのか、トミーが呼び集めた面々は、一人も欠けることなく、その後30分ほどの間に顔を揃えた。
 文也の人望に、改めて舌を巻く優であった。





[ 35/86 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -