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 それから、1週間が経った。文也はあいかわらずクラス内では目立たず、常に1人でいる。
 本当に彼のことを知っている人はいないらしい。出身地も、学力も、親の職業も、とにかくすべてが謎で、しかもそれを気にした人がいままでいなかったらしい。優がそんなに文也を気にするのに、皆一様に首を傾げる。

 その間も、優は何度も文也に欲情する自分を感じていた。
 はじめのうちはそれでも、気のせいだと自分に言いきかせてやりすごしていたのだが、どうやらそれももう限界らしい。自慰のネタに文也の笑顔が出てきて、優はため息1つで無駄な抵抗を諦めることにした。

 どうやら俺は、このチビに惚れたらしい。それが、優の結論だった。

 文也の存在を認識して、2週間が経ったその日、優は行動を起こす。

「佐藤。ちょっと良いか?」

 声をかけられて、椅子に座ったまま見上げた先に、クラスメイトの中でも最も声をかけて来そうにない相手がいて、文也はとまどった。
 クラスには1人しかいない暴カ派の人で、文也とはまったく正反対のタイプだったからだ。

 ちょっと、とうながされた先が校舎の外で、どうやら他人には聞かれたくないようだ。そう察したらしく、うん、と文也も頷く。

 連れて来られたのは、職員棟2階職員室の隣、喫煙室だった。
 丁度そこには誰もいなかった。さすが喫煙室の常連、人の波のくせも把握しているらしい。窓を大きく開け、換気扇を回す。

「こんな所で悪いな。すぐ済むから」

 そんな心遣いを受けて、文也は異様なものでも見たかのような表情をする。
 優には、どうにも似合わない言葉だった。優もそれは自覚していて、ゴホン、と1つ咳払いをする。

 とにかく、そこにある椅子の灰を払って、座れ、と促す。文也がそこに腰を落ちつけるのを待って、優は彼と向かい合わせに座った。
 顔をのぞきこまれて、文也が恥ずかしがってうつむく。

「……何?」

 もしかしたら、優は初めて文也の声を聞いたかもしれない。
 心地良いテノールで、優の身体にしっくりくるらしく、ぞくぞくっと身を震わせた。初めて聞いたのにこの反応だ。かなり相性が良い。

「俺、お前に惚れたみたいなんだ」

「……は?」

 金貸して、とか、パシリして来い、とかなら予測できたのだろう。あまりにイメージとかけはなれた言葉に、思わず聞き返される。
 柄にもなく、優は顔を真っ赤にした。

「惚れたって言ったんだよ。何度も言わすな」

 ぷいっとあさっての方を向く優を見つめて、一瞬耳を疑って、それから驚いた。

「え、だって、僕、男だよ?」

「んなのぁ知ってるよ。ここは男子校だぜ。女なんざ教師か食堂のおばちゃんしかいねぇだろ」

 憮然とした様子でそう返して、それから優は困ったように首の後に手をやった。
 文也の疑わしげな視線に、しばらくして、降参の意を示し、両手を上げる。

「悪い。突然すぎたか? こういうのははじめてで、どうも勝手がわからん」

 その、本気で困っているらしい表情に、文也は一瞬とまどって、それから笑いだした。
 身がまえていた体勢を崩す。そうして欲しいのが、感じとれた。
 文也のタイプとはまるで違うし、性格もまるで違いそうだが、案外気が合うのかもしれない。自然に意思の疎通ができる。

「でも、どうして? 男同士なんて嫌じゃないの?」

 そういう聞き方をする時点で、文也自身はまったく気にしていないことを白状しているのだが、それは文也も優も気づいていないらしい。

「別に俺は気にしねぇ。女も男も経験はあるし、やることはそう変わらねぇのも知ってるからな。……あ、いや、別にヤリてぇだけでこんなこと言ってるわけじゃねぇよ。どうしても嫌なら、身体の関係はなしでも……」

 そう大慌てでつけたす。その慌てぶりに、文也はまた笑った。笑って、それを苦笑に変えた。

「僕、2年も年上だよ?」

「……へ?」

 そうは見えていなかったらしい。
 周りに友人と呼ベる人もなく、自分のことは滅多に人には話さない文也だ。この事実は、もしかしたら学校の事務員と担任教諭以外には知らないかもしれない。
 それはしかし、文也も認識しているらしい。くすくすと楽しそうに笑った。

「やめときなよ、僕なんて。おもしろみもないし、年上なんて言ったってこの学年だもの、遅れてるだけなんだから。良いことないよ?」

 そこは、文也にとってはこだわるべきところであるらしい。
 しかし、言われた優の方は、年上であるという事実と外見のギャップには確かに驚いたが、すぐに「だから?」と聞き返す。

「んなこたぁ、関係ねぇよ。学力不足で進級できなかったようには見えねぇし、何か事情があるんだろ? 元々、この学校には、1年2年遅れてる奴はザラにいるんだ。珍しくもねぇ」

 確かに、珍しくもない。
 一度地元の高校に入学して、結局通いきれずにここまで逃げて来る人もかなり多くて、クラス内にストレート入学者は平均で半分なのだ。
 2年遅れ程度、大騒ぎすることもない。

「嫌なら嫌だってはっきり言えよ」

 どうやら、優には文也が断りたがっているように見えたらしい。胸ポケットからタバコを取りながら、憮然とそう言う。
 文也は、しかし、優のその反応に、今度は慌てたように首を振った。

「僕は、イヤではないよ。むしろ、嬉しいくらい。斉藤くんみたいな人に惚れてもらえるなんて。びっくりしてる。でも、僕なんかでいいの?」

 本当に?と、まだ不安がっている文也に、優は軽く肩をすくめた。
 何故文也は、僕なんか、と自分を卑下するのか、理解できない。だが、それが「放っておけない」という、優にとっては未知の感情につながった。
 出しかけたタバコをしまって、かわりに文也の手を取る。

「だって、僕のこと、ほとんど知らないでしょ?」

「お前だって、俺のことなんか知らねぇだろ? これから知り合えばいいじゃねぇか。試しに付き合ってみようぜ。イヤなら別れればいいんだから」

 まずは形から。中身はその後、追い追い知っていけば良いことだ。それは、どこのカップルだって同じだから、さして珍しい提案でもない。

「な?」

「……でも」

「イヤじゃねぇんだろ? なら、うんって言えよ。俺、案外いい奴だよ?」

 最後の一言は、文也を笑わせるため。
 案の上、一瞬おしだまった文也は、それから、くすくすと笑いだす。笑っている文也に優は、な?と念を押し、文也はその問いかけに頷いた。

 ここに、めでたく同性の年の差カップルが誕生したのだった。





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