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 文也の通訳を挟んで、3人は案外スムーズな会話をしながら、カインの車が待つ駐車場へと向かった。周りに比べればのんびりした足取りで、道行く人の邪魔になることもしばしばあったが、カインも文也も気にしない。

 駐車場の入り口に足を踏み入れて、カインは舌打ちをした。

「Shit!」

「(どうしたの?)」

 アメリカ人の標準体格に比べれば小柄なうちに入るカインだが、それでも文也の視界を遮るには十分で、文也がカインの脇から覗きこむ。

「(何? カインの車、あそこ?)」

「(まさにビンゴ)」

 なんてこった、とカインが空を仰ぎ見る。ベンツのCクラスなどという高級車に乗っているほうが悪いと言えばそれまでだが、それにしても運が悪い。

 その車は、ガラの悪い不良少年たちに取り囲まれていた。どうやら車上荒らしを狙っているらしい。
 車内に貴重品らしい貴重品は置いていないが、それにしても車を壊されるのは勘弁してほしい。が、首根っこ捕まえられるくらいのガキならともかく、かろうじて未成年、という歳の少年たちが相手でははむかわない方が良い。

 と。

「あぁ、なんだ。トミーたちじゃない」

 こともなく呟いて、文也はカインの腕の下をすり抜けた。そのまま、堂々とした足取りで、その不良少年たちに近づいていく。呼びとめるカインと優の声はあっさり無視だ。

「ハイ、トミー」

「……フミヤっ?」

 遠くで聞いていてもはっきりわかるくらいに、相手の少年の声が弾んだ。それが、車から一歩離れたところで偉そうに腕を組んでいた、どうやらリーダー格らしい少年から発せられた声であることに、カインも優も度肝を抜いた。
 それは、驚くのも無理のない話だろう。文也のどこをどう見ても、こういう少年たちと行動を共にするようには見えないからだ。

「(フミヤじゃん。何? 日本に帰ったんじゃなかったか?)」

「(うん。大学に用事があって。ついでに遊んでいこうと思って友達連れて来たんだ。ほら、彼)」

「(おぉー、なかなか色男じゃん。黒い瞳がセクシーだね。ダーリン?)」

 そういう問いを恥ずかしげもなくされて、文也も当然のようにうなずいて返すところをみると、文也の前の恋人が男で、しかも帰国直前に別れたことを知っているらしい。

「(ところで、そのベンツ、僕の連れのなんだけど)」

「(マジで? なんだよ。それを早く言えよ。おい、それ止めだ。他当たるぞ)」

 言われて、トミーという少年が仲間たちに手を振る。トミーと仲良さそうに話す、英語の流暢な東洋人をもの珍しそうに眺めていた彼らが、こじ開けようとしていたドアから離れていった。

「(悪かったな。でも、こんな高級車、オープンパーキングなんかに停めとくと、いいカモだぜ)」

「(そうだね。言っとく。まだあそこにいる?)」

「(いや、ヤクが蔓延してきてな。場所替えしたんだ。最近はリバティだな。来るか? 集めてやるぜ)」

「(明後日くらいかな)」

「(ちょうどいいや。ミッキーがくるぜ)」

「(ホント? 絶対行く)」

「(おう。待ってるよ)」

 彼らの会話に、カインは歳の差のせいで、優は言葉の壁でまったく入っていけない。バーイ、と二人の方に手を振って去っていく彼らを、挨拶を返せもせず、ぼうっと見送った。

 少年たちの姿が見えなくなって、カインと優は揃って走り出した。

「おい、文也。今の知り合いか?」

「(何て約束してんだよ。身ぐるみはがされるぞ)」

 口々にそう言われるのに、文也は車の隣で二人を待って、クスクスと笑った。

「(大丈夫だよ。トミーは友達には手を出さないもの。)トミーって言うんだ。仲良いんだよ」

 その仲の良さは、二人の会話を見ていればそうだろうなとわかるが。それにしても、一体どうやったらこの文也と不良少年が仲良くなれるのか。不思議で仕方がない。

「(カイン。今日の予定は?)」

 開けて、と車のドアを小突きながらカインに問いかける。宿泊先はカインの自宅に頼んであるので、家主に対してのこの質問は決して的外れではないのだが。カインは無邪気を装う文也に、深いため息をついた。キーレスエントリーのカギを開けて、自分は運転席へ乗り込む。

「(変わってないな、文也は。大事なことは大抵煙に巻く)」

「(そんなことないよ? いいじゃない。彼とのいきさつは昔々の話だもの。で、今日の予定は?)」

「(マチルダの家でホームパーティ。みんな呼んであるぞ)」

「リアリー? 優。今日の夕飯、豪華になるよ。ホームパーティだって」

 マチルダの料理、おいしいんだぁ、と、文也がはしゃぐ。とにかくついて行くしかない優は、へぇ、と気のない返事だ。その反応に、文也は優の顔を覗きこみ、くすっと笑った。

「不機嫌だね。言葉の壁にぶち当たっちゃった?」

「違げぇよ。お前が……」

 言いかけて、口をつぐむ。何か思うところがあったようだが。

「……なんでもねぇ」

 そう濁されるとかえって気になるもので、文也は優を見つめてしまう。

 走り出した車は、ナビ付きなのに電源オフで、スムーズに右車線を走っていく。

「なぁ、文也」

 見つめられることに耐え切れなくなったか、優は一つため息をつくと、ようやく文也に視線をやる。
 あいかわらず微笑んでいる文也だが、優にはその目が不安で揺れているのがわかった。その不安を与えたのは、間違いなく優だ。何も言えず、文也の頭を抱き寄せる。

「ごめん。ちょっとすねてみただけだよ。本当に、何でもないから」

「トミーのこと?」

「まぁ、きっかけは。こっちの文也は日本にいるときと違って行動的なんだな、と思って。ちょっと悔しかった」

 あぁ、そうか、と納得したところをみると、自覚はあるらしい。それから、今度はいたずらっぽく笑った。

「こっちでは素でいられるからね。優といるときだって、作ってないでしょ?」

「1対1じゃ比較対象ねぇもん。わかんねぇよ」

 それもそっか、と肩をすくめ、ぺろっと舌を出す。そんな子供っぽい行動に、優は声をたてて笑った。





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