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 夏休みに入って1週間目、優は生まれて始めて異国の地に足を踏み入れた。もちろん、文也が隣にいる。

 日本を発つ前日、パスポートを代理で申請してくれた弁護士に会った。パスポートは申請は代理が可能だが、受け取りは本人でなければならないので、ついて来てくれたのだ。
 弁護士というから、かなり古典的なインテリ顔を想像していたのだが、予想に反して、熊のイメージが浮かぶ人だった。なるほど、携帯の受話口からかなり遠い場所まで声を届かせるだけのことはある。

 この旅行で、優は実家に対する認識を改めることになった。優のことなどどうとも思っていないと勝手に思い込んでいたのだが、そんなことはなかったらしい。
 仲の良い友人とアメリカ旅行に行くと告げたら、まず、そんな友人ができたことに喜び、子供だけで出かけることを心配して反対し、向こうで友人の知り合いの大人と合流することを告げると、優の分の旅費を出してくれたのだ。文也が往復の飛行機代だけにしてくれというので、プラス優の小遣いだけだが、それにしてもまったく期待していなかっただけに、かなり驚いた。

 そして、現在二人は駅の喫茶店で人を待っていた。マサチューセッツ州、ボストン駅。古くからアメリカ国民に愛されてきた駅だ。

 実際、2年前まで文也はここに住んでいたわけで、迎えに来る必要はないのだが、元ルームメイトだという彼が、どうしても迎えに行くといって聞かなかったのだ。

 その元ルームメイト、名をカイン・マクドナルドといった。文也にとって初めてできた年の離れた親友だった。
 天然の茶髪に小中学生時代は苦労していた文也は、外見で判断できる要素はそれだけだが、これでいて、4分の1はアメリカ人の血を引いていて、こちらにも親戚がいる。カインもその1人だった。留学生活を始めた当初からずっと面倒を見てくれていて、文也に大学入学を勧めたのも彼だった。

 カイン自身、文也に出会わなければロボット工学になど興味も抱かなかったに違いない。それが今や第一人者と目される実力だ。文也には言葉に言い尽くせないほどに感謝していて、だから文也を可愛がるのも、本人に言わせれば、至極当然のことだった。

 その可愛い可愛い遠い親戚の文也が、友達をつれて遊びに来るというのだ。アメリカ滞在中も年の近い友人を作れなかった文也だ。これはもう、迎えに行くしかないだろう。

 それが、カインの言い分だった。

「ヘーイ、フミヤー」

 オープンカフェになっているこの店に近づいてきた中肉中背の白人が手を振る。なかなかの色男だ。声を聞いて顔をあげた文也は、その姿を見て笑った。

「来たよ、カイン」

 その人は、一大技術の第一人者とは到底思えない若さと気さくさを持ち合わせていた。雰囲気は確かに文也に近い。カインが文也に影響を受けたのか、文也がカインに影響を受けたのか。兄弟といっても良いくらい良く似ている。

 カインとは尋常でないくらい仲が良いから、嫉妬しちゃ駄目だよ、と文也は飛行機の中で念を押していたが、この二人には、嫉妬を割り込ませるだけの余地がない。まったくの杞憂だろう。

「(ハイ、カイン。久しぶり)」

「(良く来たね。彼がうわさの?)」

 ちらっとカインが優に視線を向ける。それに気づいて、優は軽く首を傾げた。うん、と文也が頷く。

「優。紹介するよ」

 おいでおいで、と手招きされて、優は文也に近づいていく。

「カインだよ」

「ハロー、マサル。アイム、カイン。ナイストゥミーチュー」

 さすがにこの程度の英語なら優にもわかる。

「ないすとぅみーちゅー」

 どうしても文也のように滑らかな英語が使えない優だが、それでも頑張ったのがわかったらしい。カインが手を差し出した。

「ハンドシェイク」

 握手しよう。そういったらしい。おずおずと手を出した優の手を取って、ぶんぶん振った。

「(かわいいなぁ。これで同い年?)」

 言われた途端、文也はぷっと噴出した。

「(二つ下だよ。優を可愛いなんて言ったの、カインが初めて)」

 くっくっとずっと笑っている文也に、カインも優も何故笑っているのかわからず首を傾げ、思わず顔を見合わせた。

「(何か、笑うようなこと言った?)」

「いや、俺エーゴわかんねぇし」

 困ったな、と言うように、二人してため息をつく。

「(まぁ、いいや。とにかく、ひとまず移動しよう)レッツゴー」

「いつまで笑ってんだ。行くってよ?」

 さすがに、レッツゴーくらいはわかった優が、文也の背を押す。
 二人が飲んでいたコーヒーの空きカップを片付けてカインが戻ってきたころ、やっと文也が笑いやむ。優がサンキューというのに、カインはおどけた表情で、ドウイタシマシテ、と片言の日本語で返した。





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