7




 強盗犯が潜んでいる場所と言えば、対象は絞られる。先頭を切って歩くのは、文也と優だった。
 文也の腕の中では、くぅが楽しそうに歌を歌っている。といっても、実質、流行のヒップホップが電子媒体になって登録されているらしく、聞こえてくるのは男の声なのだが。この音楽の趣味は、文也だろうか、優だろうか。

 それにつけても、不思議なのは、今のこの状況で音楽を鳴らしながら歩いていると言う事実である。
 ライフルのような武器を持っているらしい銀行強盗犯を捜しに来ているのである。今はまだ人通りもある場所だから良いようなものの、本来ならば極力音を立てないように、気配を殺して行動するべき場面だ。

 人気のない場所にだんだん近づいて、そろそろ限界になったらしい。

「音、消したほうが良くない?」

 痺れを切らしてそう言ったのは、保だ。周りを見れば、太郎も正史も裕一も、大きく頷いている。
 が、文也と優は顔を見合せ、笑いあっただけだった。そろそろ、犯人にいつばったり鉢合わせてもおかしくない場所だ。それは、正論のはずなのだが。

「学校の敷地内に、ピクニック気分で散歩に出かけてきた学生団体がいて、何かおかしいか?」

「びくびくしてると、反対に刺激しちゃうよ。堂々としてた方が良い」

 意外と度胸があるらしく、また、切羽詰った状況の相手に対する対応方法もよく理解しているらしい。喧嘩に強いということは、それだけ場数を踏んでいるということでもあり、経験則と自分なりの哲学が確立しているのだ。結構頼もしい二人組かもしれない。それに、と文也は言葉を続ける。

「くぅのデータ送受信範囲を確認するためでもあるんだよ。範囲を出ちゃうと、ただの人形だから」

 必要なときに使えないと困るもんね、と笑う。なるほど、理由もなくそんな危険な行為をしていたわけではないらしい。
 そこで、音楽を鳴らす、という選択をしたのは、もしかしたら、くぅがロボットであることを知られないようにするためなのかもしれない。ただ女の子の人形を抱えている分には、頭の軽い人としか見えないだろうからだ。

 学内で、雨露が凌げて尚且つ人目につかないところというと、百葉箱小屋、祭事用具室、薪小屋の三か所だ。
 このうち、今向かっているのは、通りに一番近い、百葉箱小屋だった。校舎から約500メートル先にある。しかも寮とは反対方向なので、基本的に人は寄り付かない。朝1回、当番の教諭がその日の気象状況を確認に来る位で、それも2、3日に1日の周期だった。小屋の鍵は基本的にかかっていないし、百葉箱という特性上、比較的涼しい場所であるので、十分に可能性はある。

 百葉箱小屋が林の向こうに見えるようになって、いくらも行かないうちに、まず優が立ち止まった。二歩遅れて、文也も立ち止まる。

「くぅ。スピーカーオフ」

 途端、コンポの切るボタンを押したように、音楽が止む。太郎が、眼鏡をかけても0.8に満たない視力をフル活用して、二人が見つめる前方に目を凝らした。正史が、その肩に手を乗せ、いるな、と呟く。

「ゆう。ひとっ走り戻って警察呼んで。旦那は、体育教官室」

 言われて、二人同時に頷き、足元の草を踏みしめる音をさせないように慎重に走り去る。太郎は、それだけ指示すると、反対に指示を仰ぐように優を見やった。
 この場合、彼が一番、正しい判断を下せそうに見えたのだ。相手の力量と自分たちの力量を測って、太郎と保が役に立てるのか、判断してもらうしかない。

 しかし、視線を受けた優は、文也を見やった。

「一芝居、打つか?」

「しょうがない。囮になりましょ。たもっちゃん、くぅをお願い。たろちゃん、やばいと思ったら、くぅ使って。緊急車両の音は登録してある。くぅ。緊急事態モード。たろちゃんサポートして」

『承知しました』

 優が言った一言に、阿吽の呼吸で答える文也に、保はただただ脱帽の思いでいた。何しろ、優が言ったその一言は、つまり自分と恋人を、死の危険にさらすということであり、それを文也もまたあっさりと承諾してしまったからだ。自分には、こんなことに命を張る勇気はない。顔を見る限り、死ぬ気はないらしいが、危険があることに変わりはないのだ。

 太郎は、自分を信用した上での文也の判断に、深く頷いた。目が見えない分のサポートに保を残したのだが、くぅを使う権限は太郎にくれたのに、くぅ自身を預けたのは保であることで、自分の意図が正しく伝わっていることを確信したせいだ。そして、文也の的確とも言える指示に、安心して従う気になれたからだった。
 本当は、太郎だって不安である。実戦経験はないし、相手は火器所持者だ。文也がこれだけ自信を持って指示してくれなければ、全員でとにかく見張りにつく、という判断をするしかなかった。本当はその方がいいのかもしれないが。

「気をつけて」

「とりあえず通り過ぎてくるだけだぜ。心配ないさ」

 相手に間違いがないこと、武器を所持していること、その数、人数、敵の身体・精神状態など、基本データを収集するための偵察と考えればよい。それを、そういえばこの二人は一度も相談らしい相談もせずに決めてしまった。やはり、すごい二人組だ。

 ぺたっと寄り添って、まるで本物の恋人同士のように、いちゃいちゃしながら、二人はそちらへ歩いていく。確かに本物の恋人同士なのでおかしくはないのだが、状況が理解できていないのではないかと一瞬疑ってしまいそうな、そんな甘ったるさである。後ろで見ていて、二人の間に真っ赤なハートが散っているように錯覚を覚える。

「すごいね。あの二人って」

「すでに夫婦だよな、あれ」

 感心を通り越して、呆れに近い声で、残された二人はぼそっと呟きあうのだった。

 不安を抱えながら、危険に飛び込んでいった二人をじっと見つめていた保は、ふと自分の腕に残された、意外と重い小さな少女を見やった。少女は保の腕にしがみついて、じっとご主人様を見つめている。まじまじと見ると、確かに人形なのだが、これが動くと、人間に見えてしまうのは何故なのか。

「くぅ、ってさぁ」

 突然、耳元で声をかけられて、保は思わず全身で驚きを表現してしまった。そんな反応に、声をかけた太郎が一瞬反対に驚き、それからくすくすと笑い出す。

「何?」

「さっき、さいっちゃんが言ってたろ? オーバーテクノロジーだって」

「うん」

 そうなのだ。現代技術で生まれたはずのくぅを、優はオーバーテクノロジーだと言い切った。現代技術では実現不可能な、というのが、その言葉の一般的な意味のはずで、そういった意味では、現にこうして人の手によって作られているのだから、用法が間違っているのだが。

「きっと、特許の塊なんだろうなぁ」

「それを、こうやって、預けていくんだね、さとっちって」

 落として壊されるかもしれない。誘拐されてどこかの研究機関に売り飛ばされるかもしれない。常識で考えれば、そういった用心が働くはずなのに。信用しているのだ。今日初めて言葉を交わした保を。

 そこまで信用されれば、その信用に報いようという気持ちになってくる。保は、手の中の宝物を、ぎゅっと抱きしめた。
 すると。

『痛いよ。たもっちゃん』

 じっと文也を見つめていたくぅが、首を曲げて保を見上げる。その、きっとそこまでしか曲がらないように出来ているのだろう、人間の少女のような仕草に、思わず笑みがこぼれた。
 人形だから、きっと曲げればもっと曲がるはずなのに、人間の許容範囲内以上は曲げられないように出来ているのだ。より人間らしく見せるためなのだろうが、その無理な体勢を無理なように見せているところに、感心してしまう。

 そして、痛覚を訴えたところに、驚いた。

「わかるの? くぅ」

『そんなにぎゅうって抱きしめたら、痛いよ。落ちても大丈夫だから、そんなに抱きしめないで』

 可愛げな女の子の声で、そう訴える。プラスチックの目なのだからそんなはずはないのに、涙目になっているようにさえ見えて驚いた。目の錯覚なのはすぐにわかったが、それにしても、驚くべき存在である。

「ごめん」

「くぅって、高いところから落ちても大丈夫なのか?」

 何しろ相手は、精密機器の固まり、ロボットだ。くぅの台詞を聞きとがめて、太郎が保の手元を覗き見た。反対に、くぅは太郎を見上げ、それから、こくりと頷く。頷いて、文也のいる方をまた見つめる。

『人の手の高さからくらいは、大丈夫なんだって。安心設計だよぉ』

 文也の方を見つめたままでそんな風に言うくぅに、自分たちの置かれた状況を思い出させられて、二人は慌てて本来の仕事に戻った。

 偵察に行った二人は、相変わらずいちゃいちゃと自分たちの世界を作り上げ、どうやら百葉箱小屋を通り過ぎていたらしい。そこに立ち止まって、周りの人の目も気にせず深いキスを交わす。
 見ているこちらが恥ずかしくなってしまうようなバカップルぶりは、いつもがそうなのか、作っているせいなのか。
 生田教諭が「あのバカップルは」と言った発言を聞いている太郎は、本気で首を傾げる。何しろ、先ほど見ていた限りでは、バカップルというよりは熟年夫婦なのだ。それが自然、というレベルである。

 しばらくそこで幸せぶりをアピールしていた二人は、やがて、またぺったりくっついたまま向こうへ移動していく。どうやら、偵察作業を切り上げたらしい。
 必要情報をすべて取得したのか、犯人集団に見つかるのを避けたか。二人を追いかけて小屋を出てくる様子はなく、しかし、こちらに戻ってこないで芝居を続けているということは、そこにいることは確からしい。





[ 27/86 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -