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 と、しばらく大人しく座っていたくぅが、突然顔を上げた。

『臨時ニュースを検索しました』

 その声は、くぅの声ではなく、どちらかと言えば公共機関で耳にする機械の声で。一同、さらにびっくりしてくぅを見つめた。生みの親である文也も、急に真面目な顔をする。

「ヘッドライン、読み上げて」

『朝一新聞一面からの抜粋です。昨日午後2時ごろ、山梨県甲府市内の山梨信用金庫甲府第一支店に四人組の男が押し入り、現金約三千万円を奪って逃走しました。山梨県西部の山中へ現在も逃走中で、警察で犯人の行方を追っています。犯人はライフルのような物を所持しており、警察では付近の住民に警戒を呼びかけています。以上です』

 山梨県西部の山の中といえば、まさにご近所である。全員が顔を見合わせた。確かに、臨時ニュースだ。そんなものをどうしてくぅの口から知らされるのかという疑問は残るが、それ以上に、ニュースの重大さに息を呑む。

「学内に侵入していないだろうか」

 正史がそう呟いて、太郎は彼を見やり、それから文也に視線をやる。文也が、その視線を受けて、頷いた。

「くぅ。関連記事の検索」

『検索キーを入力して下さい』

「逃走経路」

 文也の言葉を受けて、しばらく黙り込む。どうやら検索中らしい。すごいなぁ、と保はただため息をついた。

『1件ヒットしました。詳細図があります。画面に表示しますか?』

「ビデオ端末で接続。ちょっと待って。つなぐから」

 ひょいっと取り上げ、ビデオデッキのそばに持っていく。それを、太郎が手伝うために立ち上がった。ビデオデッキの後ろからコードを抜いて、文也に渡す。それから、ワイドショーが流れっぱなしのテレビをビデオモードに変更。その間に、くぅの耳の後ろにある接続端子に線をつなぐ。すると、テレビの画面が見慣れたパソコンの画面に変わった。
 ロボットのくぅには画面は必要ないだろうから、外部端末に接続するためにわざわざ乗せた機能なのだろう。こんな小さな身体でここまでの作業をやってのけるのだから、生みの親の技術力には恐れ入る。

 それは、山梨県全域をカバーした地図だった。赤い線で書かれたものが、犯人の想定逃走ルートであるらしい。山梨県西部といっても広いので、この辺りでなければ問題なかったのだが、これを見る限り、山に入ったのは、この学校につながる唯一のルートと同じ経路だった。

「こりゃ、学内に潜んでる可能性もあるな」

 一番考えたくない選択肢を、優がいともあっさりと言ってのける。正史と太郎はしかめっ面をし、保はやめてよぉと呟き、裕一は深くため息をついた。うん、と頷いたのは文也一人で、しかし、全員がその意見には賛成であるらしい。
 何しろ、昨夜は大雨が降った。団体で銀行強盗を狙うくらいなのだから、計画的犯行であろう。そうすると、明日食うものにも困って仕方なく、という可能性は薄く、金が必要なだけで犯行に臨んだとすれば、本人たちは現代的な感性の持ち主だ。雨には雨宿りをするだろう。
 場所から見て、この学校の中、それも人の寄り付かない場所に避難した可能性は十分考えられる。

 もう午後になったこの時間では、すでに立ち去っているかもしれないが、30%ほどの確率で、まだ残っているとも考えられるのだ。

「学校狩りでも、するか?」

 それは、優らしいと言えば優らしい、少し危険な発想だった。少し考えて、何故か太郎が賛同して返す。その瞬間、正史が眉をひそめて無言の抗議をしたのだが。無言では埒が明かないと思ったか、太郎をとがめるような声で言う。

「危険だぞ。相手は銃を持っているのだろう?」

「だから、今のうちに安全確認した方が良いんじゃない。誰か被害者が出てからじゃ遅いでしょ?」

 それもまた、正論と言えば正論で。そのやり取りに、文也が一人で傍観者を決め込み、笑っている。こんな状態で笑える文也に、保も裕一も、驚いて彼を見つめた。優も、何だよ、と軽くつつく。

「委員長って、案外心配性? っていうか、たろちゃん、大事にしてるよね」

「いや、普通の反応じゃねぇか?」

 俺はそういう反応はしないけどな、とかなり客観論を展開する。一般的な他人の反応を推理できるのだから、そんな想像力が備わっているくらいには賢い人間であるらしい。不良な彼のイメージを払拭して余りある一言だ。

「で、文也はどう思うんだ? 行くか、放っとくか」

「行く。不安じゃない、あんなニュース聞いたら。銃は怖いよ。人死んじゃうからね」

『怖いよ、怖いよ。銃は駄目。危ないよ』

 ふるふる、と。ロボットで感情はないはずなのに、くぅが小刻みに震える。それは、文也が危険レベルの上位にインプリンティングしたせいだった。
 文也自身が危ない目に会ったのか、それとも友達の誰かが犠牲になったのか。小刻みに震える、などという複雑な処理をわざわざ組み込むくらいだから、余程のことがあったに違いない。

「そんなに怖いんじゃ、くぅはお留守番か?」

『いやぁ。くぅも行くぅ』

 ばたばたと手足をばたつかせて駄々をこねる。まるで、本当の子供だ。そして、そんなくぅをからかう優は、父親のようにも見えるのだ。とすると、文也は1児の母、といったところか。

「行くのは良いけど、無線LAN届くかな? この学校広いからね、敷地全部はカバーできないと思うよ?」

「ま、行ってみて動けなくなったら、くぅにはご愁傷様、ということだな」

『むぅ』

 別に何も反応しなくても良いところだろうに、律儀に反応するところが、くぅの優秀さを物語っていて。他の4人はただただ脱帽の思いでそれを見つめる。

 さ、行こう、と優と文也が立ち上がったのに、慌てて太郎が従った。他の3人は顔を見合わせる。

「行ってくるね。旦那は? 行かないの?」

 どうやら保も裕一も行かないらしい、と太郎は判断したのだろう。恋人にだけ、再度問い掛ける。それは、一緒に行ってほしいな、というお誘いでもあって、正史は仕方がなさそうにため息をついた。

「見つけても、手は出さんぞ?」

「当然。殺されたくないしね。警察に通報するくらいが関の山だよ」

「たもっちゃんとゆうくんは?」

 太郎が遠慮した二人に対して、文也が問い掛ける。はっきりした答えを出していないのだから、ちゃんと誘うのが筋だろう、というのが文也の判断で、太郎は別に良いや、との判断だったのだから、まとめ役は二人いた方が手落ちが少なくてよい。

「探すだけなら、付き合うよ」

 先にそう協力を申し出たのは裕一の方で、保は結局最後まで渋ってしまった。銃が怖い、というのが原因ではない。自分たちがそこまでやる必要があるのか?といった疑問が引っかかったのである。それを、察知したのだろう。くっと正史が笑った。

「単なる好奇心だぞ、伊藤。行きたくなきゃ、別に行かなくても良い」

「あ、そういう位置付け? 何だ。だったら行く」

 仕事では、嫌らしい。少し不思議な判断基準で、しかしその気持ちも理解できるらしく、太郎がくすくすと楽しそうに笑った。





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