第一話 「文也」 1




 藤堂学園。生徒の1人1人が、それぞれに複雑な事情を持つ、実に多種多様な高校生が集まる、全寮制男子校である。
 登校拒否、家庭内暴力、いじめ、元不良生徒など、その理由は様々だが、唯一共通していることは、どんな事情があるにせよ、自宅から地元の普通高校には通いたくても通えない学生が、勉学に励む場所を求めて集まってくる、ということだ。

 それは、彼にも当てはまる。
 斉藤優。2年A組に所属する、きつい目が印象的な少年だ。
 中学時代は、ろくに授業にも出ず、毎日他校の生徒と喧嘩ばかりする、札付きの超問題児だった。彼を知る地元の誰もが、おそらく親でさえも、そのまま高校へも行かず、チンピラの仲間入りをして、果てはヤクザの世話になる、そんな人生を送るのだろうと思っていた。そういう、どうしようもない少年だった。
 その彼が高校へ行きたいと言って、この学校のパンフレットを持って来たのだ。親にとっては嬉しい誤算だったに違いない。

 他人の目から見れば、確かにどうしようもない少年だった彼だが、本人にしてみれば、それまでの人生が自分にとっても不本意な展開になっていただけで、本当は、ただ喧嘩が強くて少し協調性に欠けるだけの、真面目な性格なのだ。
 彼の不幸は、感情を表に出せなかった幼少時のトラウマと、生まれつきのキツイ目、頼まれるとイヤとは言えない性格、面倒見の良さ、それと、我の強さだろう。
 付き合う相手がこの学校の学生のような、真面目で大人しい性格の人ばかりであったら、こんな山奥に逃げて来る必要もなかったはずで、本人としてみれば、正に、こんなはずではなかった、と言いたいところだ。

 藤堂学園には、不良や落ちこぼれといった分類が存在しない。
 それぞれがそれぞれの意思で行動し、自分の行為には責任を持つ。授業に出るも出ないも自由。無理して授業に出なくても、学力が要求レベルを満たしていれば良い、完全な学カ評価で、入学時にその時点の学力を半ば無視する分、下限はかなり低く設定してあるので、留年する学生などまず出ない。
 他人の迷惑にさえならなければ何をするのも許される、そういう教肓方針の元で学生を指導しており、それは学生全員にも理解と協力を求めている。クラスメイトに不登校者がいても、登校を強要することはないし、珍しく出て来てもそれが当然のように振る舞う。
 それは、彼ら自身が元は我が身だったからこそ、気の毒な同志への心遣いができる、その現れでもあった。

 優自身、結局何の問題も起こさずに2年目に入れたことに、若干驚いてはいるのだ。
 授業にはあいかわらず出たり出なかったりで、成績も下から数えた方が早い。つまらない授業だと途中で教室を出て行くこともある、決して良い生徒だとは言えない生活態度だが、それらの行為によって何らかの問題が発生したことはない。
 出席欠席はともかく、正当な理由のない途中退出は、それをされる教師にとって気持ちの良いものではないから、時には職員室に呼ばれることもあるが、それで腹を立てたり暴れたりすることは、今のところなくて済んでいる。
 それは、「途中で出て行かれるのは気持ちの良いことではない」という、途中退出してはいけないという常識の問題ではなく、あくまでも対人関係に焦点を置いた話し方をするせいだ。
 先生が「それは嫌だ」と言うことによって、気を遣う気持ちを引き出すことを目的とする指導。自分の気持ちを訴えられてキレるような心の狭い人間ではないらしい。

 優にとっては実に平隠な日が続いていた学園生活に、その後の人生すらも左右する事件が発生したのは、2年生になってしばらく経った、4月18日のことだった。

 これもこの学校独特の制度なのだが、この学校内には、喫煙室なる部屋が、職員室の隣に設けられている。
 寮を除いた学園内で唯一喫煙可能な部屋なのだが、ここには学生の入室も許されていて、もちろん利用可能だった。
 法律として禁止されている未成年の喫煙も、ここでは誰も咎めない。集まって来る学生たちの事情が事情だけに、すでに自力での禁煙が不可能なへビースモー力ーも結構多くて、タバコを吸えないストレスで暴れられるよりは、法律違反の方がマシだとの判断だ。
 そうは言っても場所は高校の敷地内。多数派の、非喫煙者たちが嫌煙権を発動したため、教師を含めた喫煙者たちは一箇所におしこめられることになったのだった。

 そんなわけで、隠れタバコの楽しみは奪われたものの、今さらやめられないタバコに火をつけた彼は、ふぅと煙を吐き出しつつ、ぼんやりと外をながめた。
 授業中であるはずのこの時間、彼のクラスは体育でグラウンドに全員集まっている。その風景を、彼はただ眺めていた。短距離走の測定会中らしい。ずらりと並んだ列が、自分の順番を待っている。

 優は、珍しく、その中の1人に目を奪われていた。別にこれといった理由もなく、ただなんとなく見つめてしまっている。

「あいつ、子猿みてぇ」

 その注目の的は、茶色の髪をした小柄な少年。それはクラスメイトのはずで。

「あんな奴いたっけ?」

 印象にない。あんなに鮮やかな茶髪は目立つはずだが。

 認識したら、目が離せなくなった。体育の時間中、じっと観察してしまう。

 どうやら、体育は得意な方であるらしい。短距離走の記録は、クラスでも上位片手の指の数に入っている。
 ただ、親しい友人はいないらしく、時間中ずっと1人でいた。体育の時間というのは、机にしばられない分、生徒それぞれの交友関係が表れてくるものだ。その時間中、ずっと1人でいたのだから、少なくともクラス内に仲の良い友人はいないのだろう。遠くから見る分には、かなり愛らしい外見をしているのだが。

 次の時間の授業は数学で、優にとっては苦痛でしかない時間だが、何故かその少年が気になったので、久しぶりに教室に戻ることにした。

 彼の名は、佐藤文也というらしい。
 優の席から見て、斜め前に座っていた。つまり、今さらその彼に気付いたということで。
 その小柄さも茶髪も青い石のピアスも、目立つことこの上ないはずなのに、だ。これほどの目立たなさは、逆に脅威的と言える。

 その時、数学の教諭は、どうやらオヤジギャグをとばしたらしい。周囲で何人かが笑っている。
 文也もまた、笑ったらしい。肩が小刻みに揺れた。耳にかかるくらいの長めの髪をかきあげると、笑っている横顔が見えた。

 途端、優の心臓が大きくはねた。

 自分の身体の変化に、優はとにかく驚くしかなかった。今日見つけたばかりの、しかも同性に、欲情したのだ。平然としていられるはずがなかった。





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