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『お名前、教えて?』
ちょこん、とテーブルの上に座り、保を見上げている。左回りにめぐって、太郎と正史はすでに通り過ぎていたらしい。そのくぅに注目しているおかげで、全員が保を見ていた。
くぅは、どうやらバービー人形などと同じ合成樹脂製であるらしい。ずんぐりむっくりの4頭身で、顔も実に精巧に出来ている。
目はカメラになっているのだろうが、そうとは感じさせないプラスチック製で、瞳が大きく作られているのは可愛さを強調するためだろう。口も、喋るたびにぱくぱくと動く。
一体誰が結ってあげているのか、金色の混じった茶髪の髪を、ポニーテールに結い上げている。膝丈のフリルスカートのワンピースが、より可愛さを演出していた。それをドレスにしなかったのは、こうして動き回るためなのだろう。かがむと下着が見えてしまうのはご愛嬌としても、丁度いい長さである。
「保、だよ」
『保? 覚えていい?』
どうやら、駄目、という意味らしい。文也と太郎がそろって手を振る。その覚えた名前できっと呼びかけるのだろうから、確かに良くないかもしれない。この外見で呼び捨てにされるのは、なんとなく嫌だ。
「たもっちゃん、って呼んで」
『たもっちゃん? 覚えていい?』
聞き返して、確認するのは、そうプログラミングされているからのようだ。同じ質問には同じ言い回しを使うところに、確かにプログラムで動いているのだと実感する。それがなければ、本物の人間の子供のように見えてしまうのだから恐ろしい話だ。
「うん。いいよ」
『覚えたっ。たもっちゃん、よろしくね』
そう言って、裕一の前に移動していく。見送って、保は眉をひそめた。4人目の裕一は、すでに勝手が理解できていたようで、すぐに名前を教えてやることが出来た。全員分を覚えて、くぅが文也の元へ戻っていく。
『みんな、覚えたよ。たろちゃん、後藤さん、たもっちゃん、ゆうくん。合ってる?』
「合ってるよ。みんなに仲良くしてもらいなさい」
『はーい』
ぱっと右手を上げて、元気良くお返事をするあたり、設定は幼稚園児なのかもしれない。言語知識もそのくらいだ。
確かにめちゃくちゃ可愛いのは事実なのだが、保は一人、それをしかめっ面で眺めていた。太郎も正史も裕一も気に入ったように微笑んでいるので、不機嫌そうなのは保だけだ。
「どうした? 伊藤。機嫌が悪そうだな」
丁度円卓の正面に座っている優が、保の様子に気づいたらしい。首をかしげて問い掛けてくる。それに促されて、全員分の視線が集まった。
「別に」
「って顔じゃないよ? 何か気に入らないの?」
優と正史という通常仏頂面の二人に挟まれた太郎が、テーブルに両肘を乗せて、保の顔を覗き込む。それを受けて、ごまかしても効かない相手なのはわかるので、はぁ、とため息をついた。
「ロボットって、そこまで高度になってるのか、と思って。そんなになってるんだったら、もっと人の役に立てれば良いのに」
「あぁ、それは、まだ無理だろう。くぅが、今の常識から見てオーバーテクノロジーなだけで、一般的ではないから。大体、世の中の役に立てるくらいこの技術を利用されてれば、文也、大金持ちだよ。なぁ?」
保の不機嫌の原因に、物知り顔で優がそう答える。しかも話を振られて、文也は肯定も否定もせず、軽く笑った。大金持ち?と全員が首をかしげ。一番最初に理解したのは、やはり太郎だ。
「特許か。いくつ持ってるの? これだけの技術で一つってことはないでしょ?」
「ん。内緒」
現在収入があること、確定申告して所得税も支払っていることは、今のところ誰に対しても秘密なのだ。
「けち。いいじゃない。別にタカル気はないよ? 俺だって納税者だし」
「うん。知ってる」
それでも、教える気はないらしい。ちぇっ、と少し不満そうに太郎は舌を鳴らした。実際、しかし、どれだけ収入があるかなど、太郎でも具体的には教えないだろうから、おあいこである。文也はなぜか楽しそうに笑った。
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