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理事長室を出て、何故か6人は、そろって同じ方向へ歩き出した。それは、寮内に学生たちの会話スペースとして設けられた、談話室という名の部屋である。
この部屋は、予約貸し切り制で、空いているときだけ出入り自由なのだが、どうやら太郎か正史あたりが予約を取っておいたらしい。いいからいいから、と促されて、全員が改めて顔をそろえる。
腰を落ち着けたところで、太郎が全員を見回した。
「理事長はどうやら忘れてたらしいけどね。近いうち、寮の部屋のお引越しがあるらしいから、準備しといてね」
「お前もな、加藤。特に風呂場のダンボールの山」
「うわ、あれを? 大変だぁ。どうしよう。あれ、資料とファンレターがほとんどなんだよぉ」
「手伝ってやるから」
「わ〜い。旦那ってば、やっさし〜い」
はしゃいで、両手を上げて、正史に抱きつく。うわ、と驚いて身体を固くした正史だったが、くすくすといたずらっぽく笑う太郎の企みが読めて、それを苦笑に変えた。
どうやら、先にカミングアウトしておきたい、ということのようで、正史がそれに同意したことに、実に嬉しそうに太郎が笑みを変えた。
そんな二人を、理事長室に現れた時点ですでに関係が読めていた文也が、じっと眺めていたのだが、それから軽く肩をすくめた。
「仲、良いねぇ」
「さとっちには負けると思うよ」
羨ましかったもん、などと意味深な呟きをする太郎に、文也は優を見やり、困ったように笑う。優はそれを笑い飛ばすように、鼻を鳴らした。
「で、具体的に、何をすれば良いんだ?」
「臨機応変に、だな。自殺未遂に盗難事件に、この学校にもいろいろと学生の問題はあるだろう?」
答えたのは、正史である。理事長の息子である、というのが建前の理由で、6人のリーダーに納まることになったが、そんな建前がなくとも立場は同じだろう。
ふぅん、と優は気のない返事を返す。元々、そんなに乗り気ではないらしい。それは全員が同意見で、とりあえず何かに手をつけるまでは変わることはないだろう。そんなことは太郎にも分かっているから、特に気にもしなかった。
「じゃあ、さしあたってやることはないんだね?」
「まぁ、今日は、仲良くなっておこう、っていうところかな」
そんな肯定の仕方をして、太郎はそこに置かれた大画面のテレビをつけた。
丁度、昼のワイドショーの時間である。最近巷を騒がせている、幼女誘拐事件の続報を伝えていた。現場が近所なので、気にしていたらしい、太郎がその画面に釘付けになる。
太郎を横目で見て、正史は改めて全員を見回した。
「父の思いつきに、付き合ってくれて、感謝する。よろしくお願いします」
改まってそういう正史に、保が一瞬びっくりする。それから、ぱたぱたと手を振った。
「良いって。委員長が礼を言うようなことじゃないし、引き受けたのは事実だし。やるからにはマジにやるから。そんな、改まらなくても」
「そうだよ、委員長。けっこう面白そうだし。誘ってくれてありがとう、って、こっちから礼を言いたいくらいだよ」
保の尻馬に乗って、裕一もそう賛同の声をあげる。それは、理事長室でははっきり答えなかった二人の台詞だから、正史は実に嬉しそうに笑って見せた。
と。
カシャカシャ、と不思議な音が聞こえてきて、全員の視線が集まった。
それは、真中に置かれた円形のテーブルの上。金属の棒の塊が、なにやらうごめいている。
いつの間に誰が置いたのか、部屋に入ってきたときにはなかったはずのその物体は、とにかく見慣れない形をしていて、一体何なのか、推測がつかない。
まず視線をそらしたのは、文也だった。恋人を、何か言いたそうな目で見つめる。
「何だよ」
「最近見ないなぁ、と思ってたら。気に入った?」
「おう。うまくなったぞ。ほれ」
カシャカシャカシャ、と音を立て、その物体が勢い良く走り出す。テーブルから落ちそうなぎりぎりでUターンして、反対方向にまた全速力。どうやら、優がそれを動かしているらしいが。
「すごいね。それ、バランス悪いから、大変でしょう?」
「慣れた。うまいもんだろ?」
「っていうか、何よ、それ」
そう、突込みを入れたのは、ワイドショーを見ていたはずの太郎で。他の面々も、同じような表情である。へへん、と優が何故か得意げだ。
「佐藤文也君、12歳の頃の作品。ただ走るだけのロボット。ちびったくって可愛いだろ?」
「12歳っ? マジで?」
そのとんでもない年齢に、思わず保が叫びに近い声をあげる。それに、文也は否定するように首を振った。
「どこから12歳って年齢が出てきたの?」
「推測。違った? 作ったのは日本だろ?」
「12歳ならもっとマシなの作ってるよ。大型化しちゃったから全部壊したけど。それは、9歳」
もっと年齢が低くなって、もう驚きの声も出なかった。
このロボット、そんなに簡単な構造ではないのである。確かに、電池一つで動くところは、手近なものを使ったのだろうとわかる発想だが。それにしても。
9歳といえば、小学校3年生程度だろうか。掛け算割り算にやっと慣れたレベルの年齢のはずだ。
「どうやって……?」
「いろいろくっつけたらできちゃった、ってレベルだよ。だから、右左のバランス滅茶苦茶だし、足6本必要だったし」
あっさりと、9歳の子供の自分をそんな風に片付ける。聞いていて、全員が半ば呆れた表情になってしまった。いくらなんでも、滅茶苦茶な話である。
しばらくして、太郎が盛大なため息をついた。
「こういうのを、本物の天才って言うんだよ。旦那」
「加藤もとんでもない天才だが、佐藤はさらに上を行くな。もう、自分に劣等感を抱く余地もないぞ」
これが、全国レベルで争う学力を持つ太郎と正史の台詞でなければ、嫌味にしか聞こえないだろう。だが、この二人は、心底感心したように、ため息とともにそんな台詞を吐き出すのだ。実に素直な反応で、口をはさむ隙間がない。
優だけが、もうすでに驚く時期は越えたのだろう、余裕のある態度でそのロボットで遊んでいる。
「そんなもんで驚いてちゃ、会わせてやれねぇなぁ」
「くぅ?」
「そう。目覚まし娘」
別名、文也の特許の塊。それは、優の胸の中のみの呟きである。文也にも聞こえなかったようで、目覚まし娘呼ばわりに素直に笑っている。
「商品化、してあげたいね」
そういえるくらいには、文也には自信作で、そこは優も否定しようとも思わなかった。ただ、苦笑してみせる。
「採算取れると判断できるようになるまで、5年はかかるだろうよ」
「え〜? そんなに高度なことはしてないよ? 材料費も、大量生産すればそうかからないし。世に出してあげたいじゃない。せっかく生まれたんだから」
しかし、優の突っ込みは学会の常識を素直に繰り返しただけで。文也の恩師がそういうのだから、おおよそ当たりな判断なのだ。
そんな言い合いを訳知りの二人だけでしているものだから、仲間に入れてもらえない4人が、ただ顔を見合わせる。
「何の話?」
「だから、目覚まし娘。会ってみるか? 連れてきてやるよ」
連れてきてやる、というよりは、優はどうやらその『目覚まし娘』を自慢したいらしい。基本的に腰の重い優が、そそくさと立ち上がる。
が、部屋を出ようとしたところで、立ち止まった。
「ここに連れてきて、動くか?」
それは、文也に問い掛けたものらしい。聞かれて、背を向けていた文也が振り返る。
「なんだ。やっぱり忘れてたんだね。まだ話してないのに、と思ってびっくりしてたんだけど。大丈夫だよ。昨日、学内LANに対応させたから」
「じゃあ、連れてくる」
今度こそ、いそいそと部屋を出て行く優を見送って、文也は嬉しそうに笑っていた。
文也が作ったロボットのことであろう『目覚まし娘』を、自分の子供かペットのように可愛がる優が、嬉しいらしい。
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