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 しばらく4人を眺めていた太郎が、突然くすっと笑ったのに、保はびっくりした。何しろ、きっかけがない。一体何がおかしかったのか。隣にいる正史も不思議そうである。

「佐藤。今更取り繕っても無駄だぞ? 俺もだ……後藤も、理事長も、知ってるから」

 言われて、はっと太郎の顔を見つめた文也は、それからむすっとして見せた。唇がへの字に曲がっている。

「この人選、たろちゃんでしょ?」

「あらやだ。わかっちゃった?」

 悪びれもせず、それどころかふざけて見せる。それを見て、文也は、はぁ、と大きなため息をついた。隣にいる優が、その文也の頭に手をやった。まるで、幼い子供にいい子いい子しているような仕草だ。なるほど、この二人はそういう間柄らしい。

「引き受けてもいい。ただし、佐藤の実家に、彼がそんな役目を引き受けたことが知られなければ」

 そう、優が代弁する。なにやら訳知りのようだ。そして、何やら深い事情があるようだ。

「実家?」

「逃げ出し元。はっきり言って、こいつの本来の性格を、実家には知らせてやりたくない」

「なんだ。佐藤も実家嫌いか」

 も、ということは、太郎もだろうか。お互い大変だねぇ、などと太郎が呟くところを見ると、それで納得したらしい。
 そして、この学園は、逃げてこなければならなかった理由に対しては、特に気を配る方針を徹底しているので、その発言で概ね文也の事情は受け入れられた。

「で、斉藤は? こんな面倒なこと、引き受けてもいい?」

「文也が受けるなら、俺に拒否する理由はねぇよ」

 それは、他人本位なのか、自分の意思なのか。いまいち判断付けにくい反応である。

「伊藤と内藤は? どうだ?」

 太郎には聞かないところを見ると、どうやら承諾済みであるらしい。そして、文也と優も、拒否する意思は見えない。
 保はただ、首を傾げた。

「一つだけ、聞かせてください。どうしてボクを?」

 それは、至極当然の質問で、理事長は、どうやら本当にこの人選は太郎のものであったらしく、そちらに目をやる。受けて、軽く笑った。

「伊藤のその人当たりの良さと美貌を、放っておく手はないだろう?
 内藤も、その足とプロバスケチームからお誘いがかかる才能を、このまま埋もれさせるなんてもったいない。
 何か事情があってここに来たんだろうけど、その後のこと、考えなよ。
 親の言いなりになるつもりは、ないんだろう? ここが、居場所探しの足がかりになるんじゃない? 良いチャンスだと思うけどな。
 さとっちも、さいっちゃんも。どうせ、学校生活なんて実は退屈なだけだったんじゃない? 面白くしようよ」

 文也と優に至っては、いつのまにかあだ名まで付けられてしまっている。二人は顔を見合わせ、軽く肩をすくめてため息をついた。

「それと、俺としては、生田先生の言ってた言葉が、非常に気になる」

「あぁ。社会的地位は高校教師より上だ、って話だな」

 は?
 一体誰のことを言っているのか。なぞの言葉をつなげた太郎に、正史が相槌を打つ。社会的地位?と理事長も不思議そうだ。実際、その全員の疑問に、答えたのは正史のほうだった。

「佐藤。高校教師より上の地位、って一体何なんだ?」

 名指しを受けて、途端に二人、理解する。そして、二人揃って眉をひそめた。

「イクちゃん、おしゃべりだな」

「言うなら全部しゃべっちゃえばいいのに。中途半端に隠さないで」

「秘密ではないのか?」

「言っちゃったところで、誰が信じるのよ。優だって、実際向こうに行くまで、半信半疑だったでしょ?」

「くぅの生みの親を、疑えるわけないだろうが」

 こら、とか言いながら、優の手が文也を小突く。心底意外そうに、文也は優を見返していたが、やがて、嬉しそうに笑った。

「んで?」

「博士だよ。ロボット工学の。業界でフミヤサトウの名前を知らない奴は将来諦めた方が良い、っていう有名人」

 って、カインが言ってたぞ。そう、ぼそっと付け加える。
 それは、文也からの否定の声を事前に封じ込めるものだったらしい。悔しそうに、う〜、とうなっている。
 反対に、それを初めて聞いた一同は、一斉に感嘆のため息を漏らした。それにしては、授業の成績は目立って良いようにも見えず、ただ一人、太郎だけが得心のいった表情である。

「道理で。1学期の期末試験の物理、さとっち、10分で解いちゃっただろ。俺でさえ時間いっぱいまで使ったのに。あれで、かなり頭が良いのを、わざわざ隠してるんだろうなぁ、って思ったんだけど。大当たりだったね。
 で、何でわざわざ隠すわけ? いいじゃない。できるのはいいことだよ?」

「文也にとっては、そうでもないさ。な?」

 代りにそう言ってもらって、文也は頷いた。

「両親にとっては、アメリカなんぞに遊びに出かけて4年も帰ってこない放蕩息子よりも、出来のいい弟の方が可愛いんだよ。だから、放蕩息子は放蕩息子のままで良い。下手に期待されても困るしね」

 それに、やりたいことがあるから、と続くらしい。
 わざわざ博士号を取るくらいだから、ロボット工学は彼にとって趣味の領域なのだろう。それをひた隠しにしているのだから、打ち明けても認めてもらえないか、他に何かの事情があるのだろうが。
 嫌だというものを無理やり押し付けるわけにはいかず、その必要もないので、太郎は、ふぅん、と答えて話を打ち切った。

「で? 斉藤はどうなんだ? 生田先生は、あのカップルは両方とも天才肌だ、というようなことを仄めかしていたが」

「俺が? 冗談だろ。イクちゃん、過大評価しすぎ。俺は、ただの元ヤンだぜ。他には何もねぇよ」

 それは、実際事実で、どうやら結構深い仲の恋人らしい文也も、そうだねぇ、などと頷いている。

「確かに、ある意味天才的だけど。学校の成績に直結するものではないね。優よりは、伊藤君や内藤君の方が、よっぽど優秀じゃない?」

 自分の恋人のくせにあっさりこき下ろして、文也は他の二人に話を振る。
 それは良く知っている、と太郎も頷いた。学力については、保も裕一も中の下くらいの、もうちょっと頑張りなさい、と評価が下されるようなレベルなのだが。

「ボクは、協力することについては吝かではないけれどね。ただ、この人選の本当の理由が知りたい。本当に、加藤が選んだのか?」

「そうだよ。なぁ、さとっち。俺の判断、なかなかだろう?」

「まぁ、非を打つ隙は、見当たらないね。他に適任がいるか、と言われたら、とっさに思いつかない」

 どうやら、太郎は自分を正史の参謀に位置付けると共に、文也を自分のサポート役に持って来たいつもりらしかった。そう見て取って、文也は軽く肩をすくめる。協力するからには、そんな立場も嫌ではないのだが。

 適任、といわれて、保はしかし、そんな自覚もなく、わけがわからない。自分など、顔が少し良いだけの、一般的な人間のはずだ。さっきからぺちゃくちゃと話をしている4人に比べれば、何の取り柄もない。

「よく、わからないけど」

「俺も。何で? 俺には何も取り柄がないよ」

 保の、実に不思議そうな声に乗ったのが、先ほどから一言も話していなかった裕一だった。

 確かに、保にとっても、裕一にとっても、自分たちが選ばれたことに、疑問をもたずにいられないのだ。何しろ、他の4人が余りにも目立つ。正史は理事長の息子、太郎はすでに参謀の位置を確立しているし、文也は博士号持ちの超天才児、優は喧嘩三昧の日々から逃げ出してくるくらいには荒っぽいことに慣れている人間だ。
 それに比べて、保は祇園育ちの美人である、というだけだし、裕一は人よりは秀でたバスケプレイヤーである、というだけだ。何かの役に立てる力ではないはずで、そう自覚しているからこそ、不思議で仕方がない。

 太郎から言わせれば、自覚しているなら十分だ、といったところであった。何しろ、それが本当に、選んだ理由だからだ。
 保の生まれもった美貌と、それを補って余りある人当たりの良さ。裕一の、バスケだけには偏らないスポーツの才能。
 どちらも、4人には欠けている、必要な能力である。正史と優は無愛想を地でいくし、文也は今まであれだけ目立たずに過ごしてきたのだから、突然人望を集めるのは難しい。唯一人に好かれるのは太郎だが、作家という職業柄、常に必要なときに行動が出来るわけではない。スポーツについては、全員論外だ。優も、喧嘩は出来るだろうが、体力には自信がないだろう。文也もそこそこの運動神経はあるようだが、なにしろ二人揃ってヘビースモーカーである。正史も同様に。太郎に至っては、体育が唯一の苦手科目である。

 そこを補えるのが、この二人だった。保は昨年の学園祭でミスに選ばれる人気者であり、中学時代はかなり名の知れたバドミントンプレイヤーだった。裕一は、その長身を活かしてバスケプレイヤーとして嘱望されているが、才能はそれだけにとどまらず、さらに言うと、実家の職業柄、応急処置の資格を持っている。これらは、喉から手が出るほど欲しい才能なのだ。

 だが、太郎としては、それを素直に言ってやる気は、さらさらない。本人に言うべきことでもないし、言い方によっては失礼に当たる。したがって、太郎はくすっと笑って見せただけだった。

「ま、どうして選んだのかは、付き合っていけば追々わかるでしょ」

「引き受けるなんて、言ってないよ。ボク」

 応とも否とも言っていないのは確かで、太郎が決め付けるのに、当然のように突込みを入れる。それに対して、文也が楽しそうに笑った。

「結局、引き受けると思うよ。伊藤君は」

「内藤は? とりあえず、でいいと思うんだが」

 正史に問い掛けられて、裕一は軽く肩をすくめた。

「俺は、協力してもいいと思う。ただ、合わなかったらやめてもいいのなら」

「うむ。今回の企画は、いわば実験だからね。無理はしなくていいよ。では、全員参加ということでかまわないね?」

 しばらく学生だけに話をさせていた理事長が、最終的に自分の存在を主張するように、そうまとめる。6人の学生の、6人6様の頷きが、返ってきた。





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