第三話 「保」 1




 保がここにいる理由。

 簡単だ。養父母に可愛がられているのが、かえって肩身が狭くて、逃げ出したのである。

 京都の花町、祇園。その片隅にある芸妓置屋の一つが、保の家である。
 実母は保を産んですぐに亡くなった。祇園で働く芸妓の一人で、客に半ば無理やり犯されて孕んだ息子が、保である。
 その上、保を産んだことで母が命を落としたのも同然で、当時祇園でも指折りの人気芸妓であっただけに、大変惜しまれたものだったそうで、保としては恨まれて当然の存在だと自分を評価していた。
 だからこそ、そんな保を可愛がってくれる養父母に、申し訳なく思ってしまうのだ。

 祇園は女がメインの町である。夕方になると、芸妓や舞妓が街を彩る。そんな華やかな世界にあって、男衆もそれなりに頼りにされていた。
 なにしろ、舞妓の衣装は華やかな分、女の細腕で締めた帯ではすぐ緩んでしまう。着付けと髪結いは男の仕事なのだ。

 だが、それは成人の男の話である。ちょうど中学卒業あたりから高校卒業くらいの年代の少年たちは、とにかく祇園から離れたがるのが常であった。
 家がそこにあって、そこで生まれ育ったことに不満をもつ少年はそうはいないが、しかし、彼らの事情は、家の職業がどうのこうの、という問題ではない。自分の貞操が危険なのだ。

 人間の男には、男色志向というものが存在する。これが案外確率が高く、男性の約1割はそんな嗜好を持っているものらしい。
 そして、そこは祇園。色事のプロが集まる街でもあって、まだ少年の域を出ないが身体は大人な、そんな年頃の男の子たちは格好の餌食だった。

 おかげで、祇園には、その年代の男の子はあまり見かけられない。皆、郊外の親戚の家に預けられるか全寮制の学校へ行くかして、逃げ出すからだった。
 ご多聞に漏れず、保もその一人である。これが、養父母に対する建前だ。本人は、一般に美形といわれる容姿も手伝ってか、男に抱かれる、という行為に嫌悪感もなく、実際何人かと経験もある。嫌ではないし、性別を偽って舞妓の仕事をしてみたい、と思うくらいに、そんな世界が好きだった。

 逃げ出した先は、山梨の人里離れた山奥。藤堂学園高等学校。全寮制の男子校である。
 一般の学校から見ればどれもこれも問題児だらけの、特殊な学校だった。そんな経営理念が気に入ったのだが。

 学生の大半が、元引きこもり、元不登校、いじめ被害者などの大人しい面々なので、保も特に大騒ぎされることもなかった。昨年の学園祭でミス藤堂に選ばれた。あったといえばそれくらいである。平和なものだ。

 事件らしい事件が起こったのは、入学から1年と半年が経った、2学期の初日だった。




 形式だけの始業式が行われた日の放課後。といっても昼過ぎだが。

 保は何故か、理事長室にいた。

 普通に生活していれば、絶対に足を踏み入れないはずの部屋である。一体何事だろう?と首を傾げつつ入った室内に、すでにクラスメイトが二人来ていたので、自分一人でないことに、少し安堵する。

 そのクラスメイトとは、佐藤文也と斉藤優だった。
 文也は、天然らしい茶髪とサファイアのピアスで、結構目立つ存在だった。とはいえ、優と仲良くなる前の文也は、その存在すら気づかないほど、存在感の薄い少年だったので、余計最近目立つのかもしれない。
 優は、学内でも珍しい、元不良の少年で、その割に文也と仲が良いということは、根は真面目なのだろう。話してみたら案外良い奴なのかもしれない。

 部屋の主である理事長は、ここにはいなかった。全員集まった頃にやってくるのだろう。長々と緊張しなくて済む分、ありがたいことだ。

 しばらくして、これまたクラスメイトの内藤裕一がやってきた。ノックをすれども返事がなく、恐る恐る戸を開ける。実はここにいる全員が、同じような動作をしていた。大人が誰もいないのを見て、裕一があからさまに肩の力を抜く。

 内藤裕一。スポーツは万能で球技なら何でも上手にこなし、現在学内一の俊足の持ち主である。バスケの才能は超高校級で、プロチームからのスカウトもあるとかないとかいう噂であった。きっと真実なのだろう。こんな学校で立つ噂にしては、規模が大きすぎるからだ。

 改めて室内を見回して、この顔ぶれに少しは驚いたらしい。全員クラスメイトなのだから、それもそうだろう。約束の時間まで後一分に迫った時刻である。これ以上増えそうもない。

 と、裕一がそこに用意されている椅子に腰をおろす間もなく、再び戸が叩かれた。

 今度は、戸が勢い良く開かれた。
 現れたのは、またもやクラスメイトである。今度は二人連れであり、しかも片方はこの部屋の住人の息子であった。学年一の天才、加藤太郎と、理事長の息子でクラス委員の後藤正史。
 そして、最後に、丁度向こうからやってきたのを見つけたらしく開けておいた戸を、理事長本人が入ってくる。

「やぁ、全員揃ったね。待たせたかな?」

 年のころ、50歳そこそこくらいだろう。少し白髪の混じった、人の良さそうな小父さん風なのが、この学園の理事長であり、地元で多岐に展開している学校法人の代表取締役であった。なかなかのハンサムガイである。
 愛人がいたことも、その愛人との間にできた子も正妻の子も分け隔てなく扱うところも、こんな人ならありえるかも、と納得してしまう。

 理事長室には、どうやら来客が多いらしい。立派な応接セットは8人掛けだった。集められた6人の学生が、全員座れてしまう。

「皆、この学園での生活はどうかな? 満足してもらえているだろうか」

 理事長は、一人がけのソファにゆったり座り、集まった6人の学生を見渡した。その仕草に、威厳が感じられる。
 さすが、こんな特殊な学校を自信を持って維持しているだけのことはある。集まった学生が、何故こうして集められたか分からずにいるのに、不満も漏らさず理事長を注目しているところに、保はそのカリスマ性を垣間見た気がした。さすが、と感心する。

「今日集まってもらったのは他でもない。君たちに、この学園のために一肌脱いでもらえないかと、そういうお願いのためだ。これから説明することを聞いて、ぜひ手を貸して欲しい」

 そんな前置きをして話し出した内容は、今までの退屈な学園生活を少しは潤してくれそうな、そんなものだった。

 藤堂学園高等学校。それは、この理事長が目指した、理想の学校である。
 世の中に落ちこぼれのレッテルを貼られてしまった、本当はそんなことはない子供たちを救い上げるのが、真の目的であった。全寮制、というシステムから、まずは男子校を設立したのだが、まずまずの成功を収めている。
 現時点で問題となっているのは、教師の絶対数が不足していることと、資金不足、そして、大人の手が届かないところで悩む学生たちの存在であった。

 こんな学校ではあっても、教師は所詮大人であり、そんな大人たちに裏切られて育ってきた学生が多い学校であるから、すべてを救い上げることは、はっきり言って無理であった。学生たちが心を開いてくれなくては、大人たちにもどうすることもできないのだ。

 教師不足、資金不足は、理事長の今後の活動にかかっているが、そんな学生の救済には、きっと学生の力が必要で。

 そういった事情で、集められたのがこの6人であった。大人の手の届かない、学園内の問題ごとを、学生の力で解決して欲しい。大人の力が必要なら、本人たちに代わって、救いを求めて欲しい。これが、理事長の本心であった。

「とはいえ、学生である君たちにどこまでのことができるのかは、正直言って未知数だ。ほとんど何もできないかもしれないし、私の想像以上のことをしてくれるかもしれない。だから、今回は実験的な意味合いがあることを理解して欲しい。この学園内に限れば、それぞれの責任において、何をしてもらってもかまわない。外部に働きかける必要があるのなら、私か教頭の青山さんに声をかけてくれたら良い。どうだろう、引き受けてもらえないだろうか」

 一介の学生に話すには少々突っ込んだ話をした理事長が、締めくくって、全員を見回す。息子の正史は、すでに話を聞いているのだろう。その隣にいる太郎も、正史と仲が良いようだから、すでに聞いていたのかもしれない。そして、他の4人は、一様に不思議そうな顔で理事長を見返している。





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