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 恋人になだめてもらったことで、少し勇気が湧いたらしい。ぼそり、と一言呟く。

「俺の、デビュー作。そこから想像して」

 デビュー作?
 正史は、そう聞き返す。両親もそれぞれ顔を見合わせた。
 その両親の表情が、みるみる変化し、同時に兄を振り返る。

「一雄、お前、太郎に何したの」

 その一言で、母はそこまで辿り着いたらしい。父親もまた、非難の目を向ける。そして、また太郎を見やった。

「いつからだ? 敬語使い出した頃か?」

 問いただされて、頷いた。隠された言葉が、しっかり伝わっていた。太郎の作品は両親とも全部読んでいて、だからこそ、すぐに分かったのだ。
 まだそういえば読んだことがない正史は、何故それで伝わったのか、分からないで居る。兄の一雄も、どうやら読んでいないらしかった。不思議そうな顔で、自分をとがめる両親を見返している。

「わかった。一雄にはよく言っておく。今まで気がついてやれなくて、すまなかったな。正月休みはちゃんと帰っておいで。家族で話をしよう」

 帰るぞ。そう言って、父親は妻と息子を促し、立ち上がった。それを見上げて、太郎はなぜか不思議そうな表情を見せる。

「呆れたんじゃないの? 父さん」

「誰にだ? 太郎に、か? そんなわけがないだろう。こんな山奥に逃げてこなければならなかったほど、辛かったんだろう? 呆れると言えば、自分の不甲斐なさには呆れた。お前は俺の大事な息子だ。その事実は変わらないよ」

 正月には安心して戻っておいで。そう言って、父親は先に立って面会室を出て行った。何が起こったのか分からず、慌てて立ち上がった生田教諭に、母親は深く頭を下げ、息子を促して後に続いた。

 加藤家の人々が居なくなった面会室で、太郎は深く息を吐く。太郎に抱きついたまま、正史は家族が出て行った扉を振り返って、ぼうっとしていた。生田教諭も、立ち上がったままだ。それから、太郎に視線を向ける。

「何だったんだ? お前が一言言った途端、あっという間に帰っていったな」

「読めば分かりますよ。図書室にも置いてあった。確か」

 今までの不機嫌が嘘のように、太郎はにっこりと笑って見せる。まったく、不機嫌なのが演技だったのか、今のにっこりが演技なのか、判断がつかなかった。
 後ろから抱きしめてくれていた正史の腕を、太郎は両の手で胸の前に抱きしめる。そうして、愛しい恋人を見上げた。

「ありがとう。抱いててくれたおかげだよ。逃げ出さなくて済んだ」

「そうか。役に立てたなら良かった。で、何故親父さんは、デビュー作、ってキーワードだけであれだけはっきりと事態を把握できたんだ?」

「だから、読めば分かるって」

 生田教諭にも正史にも問われて、太郎は苦笑するしかなかった。本を読む、というまどろっこしさよりは、作者にストーリーを聞いてしまった方が何倍も早くて正確なのは、確かに間違いないのだ。しょうがないなぁ、というところだった。

 太郎のデビュー作は、現在も続いているシリーズ「大迷宮都市物語」の第一作で、「生立ち」という副題が付いている。
 舞台は平安時代の京都。良くある陰陽師ものだが、人間模様が複雑で、主人公がヒーローに徹していないところに定評がある。何しろ、問題の第一作目は、主人公が兄を殺すまでの暗い物語なのだ。

「兄貴を殺す? そんな酷い奴が主人公なのか?」

「同情買ってますけど?」

 これでも、毎月編集部からファンレターがダンボール箱でどさっと送られてくるくらいにはファンがついている、人気作家である。ただ酷いだけの奴が主人公なら、まず編集部が出版を許可しないだろう。

 何故、兄を殺すに至ったのか。それが、実は太郎の実体験に基づいていた。
 兄に陵辱されながらも自分を抑えきれず、陰陽生としてひたすら学び、やがては兄を呪い殺す。だが、元来優しい性格も持ち合わせた主人公は、その後、自分のように理不尽な力に苦しめられている人を救おうと、活躍を始める。
 そういう物語なのである。

「どうしてあれが未だに一番人気なのか、良く分からないんだけど。人殺しの話なのに」

「復讐がテーマではないのか?」

 違うよ。そう言うように、太郎は首を振った。

「受け取り方は読者ごとに違うと思う。ただ、俺は、書きたい話を始める布石として、実話を元に書いただけなんだ。兄への当てつけの意味もあったと思う。本人は読んでないみたいだけどね」

 当てつけ、という単語を選んだ太郎を、正史はたまらず抱きしめた。復讐ではないのだ。そんな言葉を選ぶ太郎が、正史には見ていて辛い。

 一方、一緒に話を聞いていた生田教諭は、ほう、と感心の声をあげた。

「お前らも、そういう関係か」

「……も?」

 接続詞に含みがあって、太郎と正史が同時に生田教諭をみやった。
 隠す気はないし、全寮制男子校という場所柄、別に珍しい現象ではないので、二人とも否定はしない。生田教諭も、それを咎めようという訳ではなかった。

「喫煙室のバカップルといい、お前等といい、激しい過去持ちの天才肌は、結構精神的に弱いんだな、と思ってな。こんな学園でも、それでも誰かに支えてもらわないと辛いのか? いや、それは佐藤が言ったんだが」

 天才肌? そう、正史が不思議そうに問い返した。太郎にとっては、やっぱり、といったところで、確認のために問いかける。

「天才肌って、佐藤のことでしょう?」

「両方さ。佐藤のほうが格は上だろうがな。なんたって、社会的地位は俺よりも上だ」

 は? 今度は太郎も思わず聞き返す。文也の恋人の優も、ということも驚いたが、それよりも、今聞き捨てならないことを聞いた。それは、さらっと聞き流せるものではない。

「高校教師より、上? 高校生が?」

 聞き返して、正史を見る。正史もまた、こちらを見ていた。お互いにびっくり顔を見合わせる。

「ま、本人に問いただすこった。クラス一緒だろ? お前と佐藤なら、気も合うさ」

 それは確かに。太郎もうなずく。文也と会話をしたのは、外人見学会が来た日が最後だが、あの一件で、かなり息が合うのがわかる。

「さ。もう戻れ。ここ、閉めるぞ」

 きっと生田教諭の疑問は解決されていないのだが、もとより結論を出す気もなかったのだろう。たちあがり、二人を促して引き戸を開ける。

「夏休みももう1週間しかないからな。羽目をはずさないように満喫しとけ」

 それは、思う存分いちゃいちゃして良いぞ、という意味なのだろう。
 太郎は無邪気を装って、はぁい、などと返事をし、正史は顔を真っ赤にしてうつむいた。





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