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 この学校には、面会室というものが3室用意されている。新鮮な花が生けてある他は、特に何もない部屋だ。
 学生と面会者の会話の場として提供されており、椅子もテーブルも立派な造りになっていた。それは、もちろん、面会者に不快感を与えないための配慮である。
 そして、入り口に鍵がかからないのは、反対に学生に対する配慮だった。いつでも逃げ出せるように。また、窓や廊下側の壁が大きな透明ガラスでできているのも、密室内で何か異常な事態が起こらないように、起こっても通りかかった人が助けに飛び込めるように、そういう意図でできている。
 かなり工夫された部屋である。夏休み直前に見学に来た外国人たちがもっともうなったのが、この部屋だった。

 そこに、50代そこそこの男女と、20歳前後の青年の、合わせて3人が待っていた。生田教諭は、太郎と正史がやってくるのを、廊下に出て待っていた。

「おう。来たな」

「お待たせしましたか?」

 いいや、と首を振るのに、太郎は軽く肩をすくめた。生田教諭はこの時間を適当だと思うのだろうが、中で待っている3人には、長い時間だっただろう。ガラス越しに見える兄が、多少いらいらしている風である。

 ずっとまっすぐ前を見て、じっと固まっていた父親が、突然立ち上がった。それにつられて、うつむいていた母親も、はっと顔を上げる。

「太郎っ」

 呼ばれて振り返った太郎の表情が、久しぶりに会った家族に対するものではなくて、むしろ嫌そうで、父親も母親も驚いて顔を見合わせる。どうやらこの両親は、太郎がここに逃げてきた理由を、建前の方しか知らないらしい。そう判断して、正史は太郎の肩を叩いた。

「入ろう」

 促されて、ちらりと恋人を見上げ、しぶしぶ頷く。生田教諭が開けた扉をくぐった。

 太郎が椅子に座るのを待てないらしく、テーブルに手をついて、父親が身を乗り出す。

「どうしたんだ、太郎。具合でも悪いのか?」

 いったい、何のためにここまで来たのか、家族全員、どうもハイキングに来たような服装で居て、盆休みにも帰らない太郎を心配して訪ねたとか、叱りに来たとか、そういう理由ではなさそうだった。
 ま、お座りください、と生田教諭に促されて、席につく。

「突然、どうされたんですか? 連絡くださればよかったのに」

 そんな、太郎の他人行儀な話し方に、両親共に驚いた様子もないことに、反対に正史は驚いた。
 自分の家は、事情が事情だけに、父親とも義母とも敬語を使って話すのだが、太郎の場合、それは必要ないように思えるのだ。それなのに、おそらくこの物言いが普通らしく、誰も反応をしない。学内に居る太郎からは想像もつかないのに。

「いや、何。大したことではないんだよ。まとまって休みが取れたから、盆休み休めなかったこともあるし、ハイキングでも行くか、ということになってな。ついでだから、お前も誘おうと足を伸ばしてみたんだ。そうしたら、会いたくない、というじゃないか。具合でも悪いのかと思って」

 なるほど。それでこの格好。ほうほう、と正史と生田教諭が納得の表情をする。反対に、太郎は軽く首を傾げただけだった。なんとも、反応が薄い。いつもの太郎ではない。

「別に。部屋で宿題してただけですから。3人で楽しんできたらいいじゃないですか。俺、ハイキングとか、好きじゃないし」

「そんなことを言って。どうせ、夏休み中、仕事するかごろごろするかで、身体動かしてないんだろう。そちらのお友達も、どうです? ハイキング」

 なかなか軽いノリの父親である。ついでに誘われて、正史は苦笑した。それは、太郎はきっと行かないだろう、ということと、案外身体は動かしてるなぁ、というエッチな回想のせいだ。そんな頭の中が見えたように、太郎がじろっと正史をにらみつける。

「あの。ちょっといいですかね」

 そう、口をはさんだのは、生田教諭だ。父親の態度と息子の反応が、余りにも温度差がありすぎて、傍目に不安に感じてしまうのだ。
 父親が人前だと言うことで本来の姿を隠しているのか、息子が震えるくらいに嫌がる理由は父親ではないのか。そういえば、太郎は兄の姿を見て逃げ出したのだ。ということは、両親は太郎にとっての恐怖の対象ではないのかもしれない。

「加藤、ご両親に気を使うのもいいが、この際、本当のところを吐き出してみたらどうだ? 今はここに居るから良いが、卒業したら実家に戻るんだろう?」

「卒業したら独立するから、別にいい」

「らしくないぞ、それ」

 そう、突込みを入れたのは、生田教諭だ。普段学校で生活している太郎を知っているから、そんな言葉が出るのだろう。
 太郎は成績ももちろんそうだが、案外人当たりが良くて人見知りタイプに慕われる性格をしているおかげか、評判が良い。今ここにいる太郎とは、似ても似つかないのだ。

「本当のところ、と言いますと?」

 生田教諭の発言に何か引っかかるところを感じたのだろう。母親の方が、初めて口を開く。

「やはり、私たちに気を使ってるんですか?この子。中学のときに突然敬語を使い出して、それ以来、覇気がないんです。でも、中学の先生は、明るくていい子だ、って誉めてくださるし。お父さんやお母さんに、遠慮することないのよ?太郎」

 さすが母親、というべきか。何かおかしいことは感づいていたらしい。が、太郎はここでそれを打ち明ける気はないようだった。ただ、うつむいて黙りこくるだけだ。

「学校では、本当に明るくて良い生徒ですよ。反対に、こんなにしおらしい加藤を見たのは初めてです。本当ならきっと、学校の授業なんてつまらないだけだろうに、ちゃんと出席するし。学校行事にも、積極的に参加して盛り上げてくれる。家ではそうではないんですか?」

 両親とも人の良い印象を受けているらしい。この学校には、実家から逃げてくる人もいるので、そこは慎重になるはずなのだが、今の話し方は、普通の学校の三者面談である。家から逃げてきたようには、どうしても思えないのだ。

 両親と教師の双方から不思議そうに見つめられている太郎を、しばらく傍観者の立場で眺めていた正史だったが、やがて大きくため息をついた。それから、突然立ち上がり、太郎を背後から抱きしめる。

「言えない? 良いチャンスだと思うぞ?」

「カミングアウトの?」

 抱きついてきた彼氏を上目遣いに見上げて、太郎は人の悪い笑みを見せる。その意味は、肯定だったのだろうが、正史はそこを無視して、茶化して返したことに少し怒って見せる。

「それもいいけど。今更隠す気もない。そうじゃないだろ。お前の口からは言えないなら、俺が代りに言ってやろうか?」

 代りに、と言った途端に、太郎に向いていた3つの視線が正史に集中する。
 太郎も、はっきりと恋人を見上げた。少し涙目になっているのに、そうは見えなかったが、逃げ出したいのを必死に我慢しているのが見て取れて、なだめるように頭を撫でる。





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