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 夏休み。

 全寮制のこの高校でも、ほとんどの学生が実家に帰っていく季節だ。

 今年、同じクラスで寮に残ったのは、太郎と正史の二人だけだった。最初の1週間だけいた文也と優は、なんと海外旅行だという。羨ましい話だ。

 この学校の寮は、寮とはいえ、それぞれの部屋が独立した生活空間になっている。
 キッチンバストイレつき、冷蔵庫と電子レンジは備え付けで、クーラーもある。まるでウィークリーマンションだ。
 ただ、洗濯機だけは共同になっていて、リネン室に行かなければならなかった。とはいえ、乾燥機付きなので雨が降っても着るものに困ることもない。

 天日で干した洗濯物の匂いが好きな太郎は、今日もせっせと洗濯に精を出す。自分の昨日使ったものだけなので、洗濯は1度で済むのがありがたい。
 ついでに、太郎の部屋は風呂が荷物置き場に化していた。共同大浴場が別棟にあって、しかも近所の温泉から湯を引いているため、毎日そちらに行っているからだ。風呂場掃除が面倒だ、という理由もある。

 一通り洗濯を干して、午前中に風呂に入りに行くのが、太郎の夏休みの日課だ。午後からは夜中まで仕事につきっきりで、気を失うように眠ってしまうので、そんな日課になっている。
 たまに余裕があれば、夜にも風呂に入ることができるが、それも週に1日あれば良い方だろう。執筆速度が遅いわけではなく、仕事量が多いのと、ネットにはまってしまったのが理由だった。

 今日も今日とて、洗濯物をベランダに干し終えると、バスタオルと洗面道具を持って、太郎は部屋を出て行った。

 脱衣所に誰かの服が置いてあって、太郎は首を傾げる。朝っぱらから風呂に入るなど、奇特な人も居たもんだ、との感想で、自分のことは棚上げされている。風呂場に入っていくと、それはなんと、正史だった。広い浴槽に浸かって、気持ちよさそうに目を閉じている。

「委員長?」

 別に何の委員の委員長と言うわけでもないのだが、確か優が最初に言い出したのだろう、クラスの全員が彼をそう呼ぶので、太郎もそう口走る。その声で気づいたらしく、うっすらと目を開けたようだった。

「あぁ、加藤か。変なときに風呂に入るな、お前も」

「俺、この時間が日課だもん」

 それを言うならお前だろ、と指摘してやると、彼は困ったように笑った。どうやら、本当に困っているわけではなく、彼の独特な笑い方のようだ。

 ぱぱっと手早く身体を洗い、太郎も湯船に入る。
 たっぷりした湯が身体にまとわりついてくる。太郎はこの瞬間がたまらなく好きだった。これは、温泉でしか味わえない感触だ、というのが太郎の主張である。だから、この大浴場はかなりお気に入りだ。

 よっぽど幸せそうな顔をしていたらしい。正史がくっくっと面白そうに笑っている。笑われた方は何に笑っているのか一瞬理解できず、正史を見つめてしまった。すぐに納得したのだが、それからやはり正史を見つめる。

「何だ?」

「いや、笑ってるといい男だな、と思って」

「笑っていないときはどうなんだよ」

 すぐに突っ込んでくるあたり、やはり頭の回転が速い。太郎は自分の観察眼に自信を持ってしまった。

「ぶぅっとむくれてて、かわいくない。せめて無表情にすればいいのに」

 言われて、言葉に詰まった。かわいい、という表現が、容姿のことでなく、どうやら態度を表しているらしいのだが、かわいくない表情をしているのは自覚していて、自分の欠点の一つでもあったからだ。

 途端に表情が暗くなった正史に、太郎は少し後悔する。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

「ごめん。気にしてた?」

「いや、別にいい。本当のことだ」

 ということは、やっぱり気にしていたのだろう。そう解釈する。今後、ここは危険だとわかったから、触れないようにすればいい。正史について、ちょっと理解を深めた太郎である。

 しばらく、沈黙が続く。元々寡黙な性質の二人なので、会話が続かないのだ。寡黙、と、会話能力、とは、どうやらあまり因果関係はないようだった。

 やがて、正史が口を開く。

「なぁ、加藤」

「ん?」

 気持ちよく目を閉じていた太郎が、呼ばれてそちらを振り返る。正史の表情が不思議そうで、自分の言動に何かおかしな点でもあったかと考えてみたが、特にそんな覚えもない。

「何?」

「お前、仕事って?」

 え?

 どんな脈絡でそういう質問がくるのか分からず、思わず聞き返してしまった。
 今日会ってから今までで「仕事」という単語は使っていない。しいて言えば、見学会が来た日、分かれる寸前に1回だけ口走ったが。まさか、その一言に今まで引っかかっていたのか?

「お前、かなり普通の人間より頭の回転速いだろ。俺も自信のある方だったが、お前には負けてる。
 だから、成績の良すぎでいじめの対象になるから逃げてきたもんだと思っていたが、そうでもないらしい。口うまいし、冗談通じるし、言いくるめるのうまそうだし、黙っていじめられてやるタイプじゃなさそうだからな。
 だとすると、一体何故こんな山奥にきたのかと考えてみた。先日、仕事があるから、というようなことを言っていただろう? そのせいなのか?」

 すばらしい推測力だ。丸ごと大当たりで、太郎はしばし呆然と彼を見つめてしまった。
 もしかして、自分が考えていたよりもずっとすごい人間なのかもしれない。それに気がついた。
 そうだとすると、まだバレていないとはいえ、申し訳なかったと思うのだ。勝手に人物像を作り出して納得していたのだから。人間、太郎が思っているよりも奥が深いらしい。

「小説家、やってる。
 俺としては小銭稼ぎ、ってスタンスだけど、それでもプロ意識は持ってるつもりなんだ。だから、ここに来た。
 東京から適度に離れてて交通の便を言い訳にできるし、簡単には来られない場所だから担当編集者が押しかけてくることもない。学校の関係者にもあれこれ言われない環境だから、忙しいときは執筆に打ち込める。
 だから、ここを選んだんだ。ここって、個人主義だろ? 良くも悪くも」

「まぁ、本人が能動的に動かないと何も進まないところではあるな。その代わり、サポート体制は充実している方だと思うが」

 確かに。カウンセリング室が複数あったり、休憩室がかなり広く取ってあったり、カウンセリングだけでなく先生に気軽に相談できる環境であったり。保険医はここに来るまで救急指定の大学病院で第一線で働いていた人である。サポート体制はかなり充実しており、そこがこの学校の売りでもあった。
 そんな売りを前面に押し出していること、それが嘘偽りないこと、それが太郎の学校選択の理由だ。そういった意味では、正解だったと思う。

「後藤は? どうしてここを選んだんだ?」

「親が経営している学校に入るのは自然なことだろう?」

「何だ、自分の意志じゃないのか」

 それはつまらないだろうなぁ、と勝手に納得してみせると、正史には珍しく、びっくりして太郎を見つめた。別にまだ好きだとも嫌いだとも言っていない。それで、何故そんな反応になるのか、正史にはわからなかった。太郎としては、ただ口調からそう判断しただけなのだが、どうやら自覚がないらしい。

「自分の意志ではあるぞ。強要されたわけでもない」

「でも、心から望んで決めたわけでもないんでしょう?」

 う、と言葉に詰まる。図星らしい。反応が素直で、太郎は思わず笑ってしまった。

「後藤って、我慢すること多いよね。タバコも、学校も」

「別に我慢しているわけではない」

 ただ、少し息苦しいだけ。それが正史の主張だった。実際、クラス委員などやっていられるところを見ても、学校が嫌いなわけでもないだろう。別に、好きでもないのだろうが。そう考えると、正史には好きでも嫌いでもないモノが多いらしい。

「風呂は、結構好き?」

「こんな時間に入る程度にはな」

 じゃぁ、かなりお気に入りだね。そう言って、太郎は軽く笑って見せた。ご機嫌取り、最後は成功。





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