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 そして、翌日である。
 学期末試験もとうに終わっており、午前中で授業は終わるので、見学会がやってきた午後には、全員授業からは開放されていた。
 ちなみに、課外授業でもなんでもない、言って見れば学校の都合で集められたわけで、当然見返りも付く。
 全員に昼食の食券が一枚ずつ渡された。全寮制のこの学校では、3食ともほとんどの学生が学食で食事をするので、いつでも使える食券は確かに学生にはありがたい。

 やってきた見学会の面々は、本当に誰一人として日本語ができなかった。やはり、通訳も連れてきていない。
 校長、理事長は、ネイティブの外国人相手にすらすらしゃべれるほどには英語ができないので、通訳に佐藤教諭が抜擢された。今回の見学会の担当なのだから、当然の人事である。

 学校中を見て回った見学会は、最後に学生たちが待つ会議室へと案内された。
 どんな人たちなんだろう、と雑談をしていた学生たちが、一斉に客を見やった。どう見ても学生な私服の少年たちが6人。それを見て、見学会の団長らしい人が、佐藤教諭を振り返る。

「(なんだ、彼らは。我々は、ここに、実際の生の声を聴きにきたのだ。用意された回答など望んでいない)」

「(だったら、日本語のできる通訳を連れて、学生がまだいる午前中においでになったらいかがですか?)」

 佐藤教諭が大慌てでフォローに入る前に、部屋にいた、もう取り繕ってもしょうがないから堂々としている文也が、さらっと攻撃的な返答を返す。
 それには、さすがの団長も反論ができなかった。大体、日本人の学校に日本語の分かる人を一人も連れずに来たこと自体が、確かに手落ちではあったのだ。

「(それに、別に回答を用意してはいませんよ。昨日、英語ができる人、として突然集められた人ですから。学生の私たちに何かお聞きになりたいことがあるのでしたら、どうぞお入りください。用意された私たちに聞くことなどない、とのことでしたら、どうぞお引き取りください。私たちだって、昼食1食分で手を打ったバイトですから、仕事がないならないほうがありがたい)」

 そんな、客に対して言うにはとんでもないことを言ってのけた文也に、周りの学生たちがうんうん、と頷く。相手が失礼なことを先に言ったのだから、当然の報いだ。

 それを聞いて、まず部屋に入ってきたのは、佐藤教諭に食って掛かったリーダーらしいその人だった。後からぞろぞろと総勢6名の見学会の面々が入ってくる。
 文也がちょうど真中に座っていたため、リーダーと向かい合うことになった。文也の隣には太郎がいて、文也の意外と強気なところもある様子に楽しげに笑っている。

「(君は、我々がなぜここに来ているのか、わかっているのかね?)」

「(そういう脅しは、この学校を買収する場合には有効ですけれど、そうなんですか?)」

 ただの見学会に取り繕う気はないぞ、というのが文也の態度だ。
 そんな発想に、佐藤教諭は驚いて見学会の側を見やる。そういうつもりであるのなら、丁重にお引き取りいただいた方が学校のためだ。この学校に外資を入れて、良くなるとはとても思えない。普通の学校ではないのだから。

「(そうだったらどうするつもりだ、という事だよ)」

「(それこそ、お引き取りいただきます。当校に外資は必要ありません。この学校は、心に少なからず傷を持つ学生たちが、ほんの一時でも平穏無事に暮らしていける空間です。それを壊す権限は、あなた方にはないでしょう? 学生たち全員の心の病に、責任が取れると言うのであれば別ですが?)」

 びくっと身を震わせたのは、3年生の高橋だ。
 来年には地元に戻らなければならない。それを、思い出してしまったらしい。
 何の事情があってここに来たのかは分からないが、彼にとっては確かに、ここにいることでたとえ一時ではあっても平和な日常が送れるのだ。
 そこを、まだこの外人はわかっていない。

「(それは、本心かね?)」

「(なぜそんな問いが返ってくるのか、こちらがお聞きしたいくらいです)」

 そう、続きを引き受けたのは、正史だった。
 そこをもぎ取っていくとは思わず、太郎は隣にいた正史を思わず見つめてしまった。文也もその向こうから、正史に目をむける。

「(あなた方は、何故この学校を見学にいらしたのですか? この学校の特徴はご存知なはずでしょう?)」

 そうそう、その通り。学生たちが正史の言葉に賛同して態度に表す。
 口では賛成の声をあげなくても、それだけ多くの人が頷けば、誤解のしようもないだろう。

 そもそも、この学校に見学に来る理由は、その教育方針に興味を持って、実践の様子を見にやってくるのがほとんどである。
 そして、大抵、大満足して、あるいはひどく驚いて、帰っていく。
 学生の言葉を「本心か?」などと疑う人は、今まで一人としていなかった。
 見れば分かるではないか。いじめを受けていたり、家庭内で虐待を受けていたり、反対に家庭内暴力を働いていたり、不良だったり、引きこもりだったり。そんな生徒ばかりを集めた学校なのに、こんなにも雰囲気が明るいのだから。疑いようもないのだ。

 第一、授業風景を見ることのできない時期に来る方が間違っている。
 だから、そんな場違いな台詞が簡単に飛び出してくるのだ。

「(本当に、そんな学生を集めているのかも、怪しいものだ)」

「(ちょっと、あんたっ!)」

 がたんっ。勢いよく立ち上がったせいで、椅子が一緒に飛び上がって落ちる。
 アメリカのダウンタウンで使われるような低俗的な英語で思わず叫んだのは、文也だった。
 その「思わず」な場面で出たのが英語であることに、その場の全員が驚いた。日本人が、まさかそこで英語で叫べるとは思っていなかったらしい。
 文也にしてみれば、さっきから英語の会話が続いていて、思わず英語が飛び出しただけなのだが。

「(あんた、仮にも教育者だろ。言って良いことと悪いことがあるんじゃないのかっ? 僕は別に心に傷があるわけでもないから良いさ。でも、ここに通っている学生の大半は、実際地元の普通高校には通えなくてここに逃げてきてるんだ。その学生の前で言えた台詞か? たとえ思っていたとしても、そんなことは大人しかいない場所で言えよ。その程度の心遣いもできないで、学校経営なんて、笑わせんじゃねぇっ!)佐藤先生っ! 帰るっ」

 どたどたどた、ばたん。

 怒って早口に叫んで走り去っていった文也を、全員がなす術もなく呆然と見送った。
 見学会の面々が不愉快そうな顔で顔を見合わせる。が、日本人たちは、太郎を含め、誰一人として文也の早口の台詞を全部聞き取れた人はいなかった。
 断片的に、なんとなくつなぎ合わせられるところまで分かれば、分かった方だ。

 やがて、太郎が深くため息をつく。

「(彼が怒るのは、当然だと思います。本人は、自分はそうじゃない、と言っていたみたいですが、それでもここにいるということは何かしらの深い理由があったのでしょう。ここの学生は、それぞれに、こんな山奥に逃げてこなければならなかった理由を持っているんです。私だってそうですし、ここにいるみんな、全員がそうだと思う。彼が怒ってくれなかったら、私が彼と同じことをしていました。少し、自分がどこに来ているのか、考えた方がいいと思いますよ)行こう。これ以上ここにいても無駄だから」

 そう言って、太郎は周りの生徒たちを促す。正史が率先して立ち上がったので、他の3人もそれに従った。ぞろぞろ、と部屋を出て行く。

 部屋を出たところで、文也は壁に寄りかかって待っていた。太郎にひらひらと手を振って見せる。

「フォローありがとう。意図を汲んでくれてて嬉しいよ」

「俺じゃなきゃ、わかんねぇよ。ただ切れただけに見えるじゃんか」

「だって、ただ切れて見せただけだもん。たろちゃんが何とかしてくれると思って」

 くすくすっ。そう、余裕を見せて笑う文也に、太郎と正史が同時にため息をついた。あまりに息がぴったり合って、お互いに顔を見合わせる。

 どうやら礼を言うためだけに待っていたらしい。それだけ言うと、文也は職員室の向こうへ歩き去っていった。
 職員室をはさんで向こう側の喫煙室前で、昨日悪びれもせずに肯定した恋人が壁に寄りかかって待っていて、二人揃って喫煙室に入っていく。

「佐藤って、タバコ吸うんだ?」

「かなり強いのを平気な顔して吸うぞ、あいつ」

 ぽろっとこぼれた独り言に、隣にいた正史が返してくる。平均身長はある太郎が、隣の長身を見上げた。

「タバコ、嫌いならやめればいいのに」

「他にストレスの解消法があるなら、考えんでもない」

 そう返して、今度は正史がその場を離れていった。それが合図になったらしく、全員がバラバラにそこを立ち去っていく。
 確かに、精神的にはかなりひどいことになったが、それでも食券1枚もらえたのだから、良しとしよう。それがきっと、集まった全員の感想だった。





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