第二話 「太郎」 1
藤堂学園高等学校。
ここに、一人の天才児がいる。
加藤太郎、17歳。身長170センチ強の標準体型。かなり視力が悪いらしく、薄型タイプでも分厚い眼鏡をかけ、特徴と言えばその眼鏡と左利きなことくらいの、外見は一般的な少年である。
何が天才児かといえば、それは、異常なほど発達した学力だった。
学力検査では、特に試験勉強などしなくても、全国レベル50位に入る。
受験直後の現役東大生でも難しいと言われる某予備校の全国統一模試で、全教科全科目満点を取った経歴もある。
さすがに、未学習の単元ではそこまでの成績を取ることはできないが、それでも、勘と閃きと運で、平均点くらいは余裕で取れる。
そんな彼がこの学校に入学したのには、二つの理由があった。
一つは、その学力ゆえである。
一般の進学系といわれる公立高校や私立高校では、彼をライバル視する不届きな輩が多すぎて、別に注目を集めたいわけではない彼にとっては、不愉快極まりなく、ストレスの種でしかない。
だからといって、レベルを落とした学校では、それこそ授業が授業にならない不良の溜まり場であったり、実力と学校のレベルの違いを嫌味に感じていじめの対象としたりと、やはりうまくいかない。
それは、中学の時からの懸案で、公立中学校でも私立中学校でも平穏な学生生活には縁がなく、彼は彼なりに進学先に悩んだのである。
そして選んだのが、山梨県の山奥に建つ、教育方針がかなり独特な、この学校であった。
さらに、もう一つ。
彼はすでに、職業人であった。
もちろん、一般的企業が高校生を雇うわけもない。
彼は、高校生作家だった。中学3年生で文学賞に選ばれ、それを機にプロとして活動を始めた。ジャンルは時代小説。江戸時代、戦国時代、平安時代と幅も広い。
そうして仕事をする傍ら、勉強好きな彼は、両立できる学校、という条件を自分に課して進学先を探し、そうして見つけたのがこの学校だったと言うわけである。
彼の名前は、とにかく平凡極まりない。
加藤という苗字は全国津々浦々どこへ行っても結構多い部類に入るし、太郎という名前は公文書の書き方サンプルなどでよく利用される、最も一般的な名前だ。
その名前を、彼は案外気に入っているらしい。というのも、作家としてのペンネームが海藤太郎だからだ。「い」を間にはさんだだけである。
そういった事情と素性を持つ彼が、クラス内で一目置く相手が二人いる。
一人は佐藤文也。
クラスの中ではとことん目立たない人で、太郎の目利きによると2歳年上。
天然の茶髪に両耳にあけたピアスは、大人しい人が多いこの学校にあって、目立って当然の人なのだが、実際にはいるのかいないのかわからないほど目立たない。
成績は上の中、騒がれるほどではないがある程度よくできる、といったレベルだ。
2年生になってから同じクラスになったのだが、最近はクラス内に一人だけいた、おそらく元不良の少年とよくつるむようになって、笑顔も時々見られる。案外可愛い人だ。
その彼を太郎が一目置いて見る理由は、彼の学力にある。
太郎から見ると、どうにもその実力を隠しているようにしか見えないのだ。
そもそも、太郎でさえ試験時間の3分の2は使うというのに、彼は半分の時間もたたないうちに鉛筆を置いてしまう。残りの半分は寝て過ごしているのだ。
アレはきっと、やればできるのだろう。それを自覚していて、やらないのだ。どんな事情があるのか知らないが、もったいない、と常々思っている。
もう一人は、後藤正史。
クラス委員であり、常に学年1位の太郎に追随する学力を持つ。
さらに言うと、理事長の息子だ。ただし、正妻の子ではなく、愛人の。
理事長からは認知を受けていて、生活的にも援助をもらい、理事長一家から引き取るとの話もあるのに、かたくなに拒んでいる純情青年、だと太郎は見る。
この彼に一目置く理由は、そのカリスマ性だ。良い参謀がつけば、これは将来化けるぞ、というのが太郎の見解であった。
そして、その参謀を密かに狙っているのである。その理由は、おもしろそうだ、それだけ。
そもそも、太郎の行動の原理はその一言に尽きる。
おもしろそう。
そうでなければ、誰がなんと言おうと手や口を出さない。やる気も出ない。おかげで、集団行動には不向きで、それがかえって本人のストレスの原因であったりもするのだ。
太郎にとっては非常に幸運な、とんでもないその事件が起こったのは、彼が高校2年生の、夏休み直前のことであった。
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