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「もったいなくねぇ?」

「そうかな? ……まぁ、しばらくは貯めとく。家族にも内緒の収入だから、大きな買い物してバレるのもヤだしね」

「……年収180万だろ? 未成年の収入、普通隠したってバレないか?」

「確定申告の時期にだけ気をつけておけば、大丈夫だよ。
 うちは僕には興味ないらしくてね。出来のいい弟ばっかり見てるから、ほとんど無視されてる。アメリカから帰ったら部屋なくなってたし、邪魔者扱いだしね。
 博士号持ってるのも、たぶん知らないよ。言ってないもん。下手したら、大学に行ってた事すら知らないかも。だって、ここに来たのって、せめて高校くらい出てくれ、って泣きつかれたせいだし」

「……それ、本気で言ってる?」

「冗談に聞こえるなら耳鼻科行った方がいいよ」

 しかめっ面の優の問いかけに、あっさり茶化して返す。それはいくらなんでもないだろう、と言いかけて、優は口をつぐんだ。

 よく考えてみれば、確かにそうなのかもしれない。学校が学校だけに、イジメはまったくないのだが、人付き合いが苦手そうなところや自分から動かない性格は、人の好意を集めるのも大変だろう。
 話してみるとかなり話しやすくて、頭がいいから面白おかしい話も出来る。温和でまるで包み込んでくれるような雰囲気や話し方。どれをとっても人気者になっておかしくないし、実際アメリカではそうだったようなのに。
 日本でクラスにいる分には、そんな感じは微塵も感じられないのだ。自分にはもったいないと思えるくらいに良い人間なのに。

 それは、家庭に問題があるのだろう。実家に関係がないのなら素が出せるのに、実家にはバレたくない。だから、ひたすら地味に、目立たず、そう心がけて今まで生きてきた。
 アメリカ人の祖母譲りの茶髪と、形見であるサファイアのピアスはかなり目立つはずなのに、何故こんなに影の薄い存在なのかと、ずっと気にかかっていたのだ。
 どうやら、文也の努力によって影の薄さが作られていたらしい。そう考えると、納得できる。

「そうだよな。大卒のエリートな息子に、せめて高校くらい出てくれ、なんて言わないよな、普通」

「でしょ?」

 言わない自分も自分だけど、と笑う文也を、優はたまらず抱きしめた。

 優が見つけてやらなかったら、きっとこの高校でも、自分を押し殺して目立たず騒がず、可も不可もない平凡な生徒として卒業していったのだろう。
 実家に戻っても正当な評価を受けられない文也だ。なんともったいない人生か。もしかしたら、全人類の損失かもしれないのに。

「ここ卒業したら、どうするんだ? 実家に戻るのか?」

「そこなんだよね。そのまま自立しちゃおうとは思ってるんだけど。どうせ就職するならロボット作りたいじゃない。博士号と特許がもったいないもの。でも、そんな技術屋職って、募集が大学院卒以上限定、とかで、一般公募しないんだよね。教授に口聞いてもらうしかないかなぁ」

 それにしても、少なくとも22歳以上にならないと就職は難しいだろう。欧米と違って、日本の企業は求人に年齢制限をつけるのだ。年齢以外では十分に条件を満たせるはずなのだが。

「向こうで就職するとか、考えてないのか?」

「日本人だからね、できれば日本の企業に勤めたい」

 どういうこだわりなのかは微妙にわからないが、文也はどうやら、実家の目に監視されるとしても、日本にこだわっているらしい。
 優にとっては、海を挟んで向こうとこっち、などと引き離されなくてすむようで、まぁ、嬉しい限りではあるが。

「じゃぁ、就職できるようになるまで、一緒に暮らさないか? 俺も家出る予定だし」

 え? 優のそんな申し出に、文也は耳を疑った。ついで、本心を探るべく、優の顔を食い入るように見つめる。

「何だよ。嫌なのか?」

「違う。いいの? 僕なんかで?」

 あいかわらず、この恋人は自分の魅力をわかっていないらしい。優はその文也の言葉に肩をすくめた。まったく、何をとぼけたことを言っているのやら、だ。

「お前な。覚えてるか? 俺が、お前に、惚れたんだぞ。何アホなこと言ってんだ。それは普通、俺のセリフだろ」

「でも……」

「文也は自分を過小評価しすぎ。お前には、俺にこれだけ言わせる魅力があるんだよ。ちったぁ自覚しろ」

 わかったか。強い口調でそう言われて、文也はびくっと首をすくめ、それから小さく頷いた。
 本気で怒られたわけではないのに、恐かった。それが、優にもわかったのだろう。よし、と頷くと、恋人を力いっぱい抱きしめる。

「ごめん。恐かったか?」

「……ちょっと。優って、もしかして元不良?」

 知らなかったように聞かれて、え?と問い返し、それから、ため息交じりの苦笑を浮かべた。

「元ヤンって言って。今は違うけどな」

「……そうだったんだ。気づかなかった」

「けどな、文也。俺が真面目ちゃんに見えるか? 最初に喫煙室に呼び出した時だって、お前、恐がってたろ?」

「あ、そっか」

 優は、文也にだけは優しい。最近では雰囲気もだいぶ穏やかになってきた。
 それは、きっと優を昔から知っている人から見れば、驚くべきことなのだろう。そこも、文也には理解できていなかった。

「だからさ。文也は俺が守ってやるから。そばにいろよな」

 付き合い始めた当初はうまくかわされてしまった言葉をまた言って、文也の反応を待つ。
 文也もまた、じっと恋人を見つめた。本当に信用していいのか、悩んでいるところなのだろう。穴が開くくらい、じっと。

 やがて、そんな文也の視線に耐え切れなくなった頃、視線を宙に泳がせかけた優は、文也がうつむいたのを目の端に見た。
 文也が、小さな声で答える。

「……うん」

 その仕草があまりにも可愛すぎた。優は、自分を抑えきれず、文也を抱きしめる。背中がしなるくらい、力いっぱい抱き寄せた。
 優の昂ぶりが文也の腹辺りに押し付けられて、文也は顔を真っ赤にした。自分もまた、そんな感覚に影響を受けたのか、エッチな気持ちがむくむくと持ち上がってくる。

「好きだよ、文也」

 いったいどこからそんな力が出るのか、文也を痛くないようにかばいながらベッドに押し倒し、自分が覆いかぶさる。
 恐かったせいなのか快感のせいなのか、目が涙目になっていて、そのままで見上げてくるものだから、ただでさえ愛しい顔が余計に可愛く見える。こうなったら、性欲旺盛な年頃の優に、自制する力など残っているはずがない。

 そんな優に、文也からの駄目押し。

「優……好きだよ」

「!? ……文也っ?」

 きっと、初めてだった。文也からその言葉を口にするのは。それを聞いて、途端に文也の顔の両横についた手が、腕がぷるぷると震えだす。
 それから、突然ガバッと抱きついてきて、身体が折れるくらいに抱きしめた。まったく突然のことで、ひゃあっと文也が変な悲鳴を上げる。

「えっ? 何? どうしたの?」

「文也っ! もう、俺、幸せ!!」

「はぁ?」

 何事?とまったく理解できていない表情の文也だが、優は自分の感激と感動を溢れさせんばかりに目を輝かせ、文也に熱烈なキスをした。





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