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 俺が彼を伴って連れて行ったのは、どちらの息もかかっていない、ショットバーだった。幹部バッチをはずしてポケットに忍ばせれば、金を持っているちょっとヤバめなサラリーマンと売春少年、のように見えなくもない取り合わせだ。

 この場所は、俺が息抜きに使っている隠れ家だった。

「マスター。いつもの」

 それで通じるくらいには常連になっている俺に、マスターはこくりと頷いてくれ、それから俺の隣に視線を向ける。

「えっと、……どうする? 酒はイケるクチ?」

「ミキ、って呼んで。……そうだな。マンゴーで甘いカクテル、できます?」

「承知しました」

 えっと、と困った理由を悟ったらしく、彼はそう名乗った。ミキ、とは、多分名前なのだろう。顔に似合って可愛い名前だ。

 それにしても、甘いカクテル、か。女の子みたいだな。

 目の前で作ってくれる作業を眺めて、彼は嬉しそうに微笑んでいる。薄明かりに照らされた瞳が潤んで見えて、俺は生唾を飲み込んだ。

 なまじ味を知っている分、食欲をそそる。

 お待たせしました、と声をかけて、俺と彼の両方を同時に出してくれる。俺のはキープしてあるウイスキーで、彼はカクテルで、手間のかかり方が違うから、そこは時間を合わせてくれたと見るべきだ。

 小さく乾杯をしてトロピカルカクテル風に作られたそれをストローで吸い上げ、ミキは嬉しそうに笑った。

「おいし」

「恐れ入ります」

 彼の反応をうかがっていたのだろう。マスターは礼を言って頭を下げ、向こうへ立ち去っていく。

 さて、ここへ連れてきたのは俺だが、話を誘ったのは彼だ。どうやって切り出すのかと待っていると、彼は頬杖を突いて、俺を見やった。

「結城さん、だよね?」

「あぁ。結城孝臣という。できれば、名前で呼んで欲しいな」

「じゃ、孝臣さん。……ねぇ、組変えする気、ない?」

「……裏切れ、と?」

「俺、貴方を殺したくない」

 昨夜は、乱れている時でさえ「ボク」で通したミキが、一人称を変えた。それが、いつもの言い方なのだろう。ボク、よりも慣れを感じる。

 しかし、殺すとはまた、物騒な言葉が飛び出したものだ。

「どういうことだ?」

「明日、若松組に殴りこみに入る。明後日には警察からガサ入れが入る手はず。このまま組に従ってたら、殺されるか、ムショ行きか。わかってて見過ごせない」

 そりゃまた、急展開だ。あまりにも淡々とミキがそう言うので、俺は興奮することすら忘れてその言葉を聞き入った。そして、のん気に感想を心に呟いた。

 のん気なことを言っている場合ではない。それが本当ならば、組に知らせなければ。

「それを、確約もしない俺に明かして、良いのか?」

「かまわないよ。竜水会が生き残っても、若松組が生き残っても、俺は特に困らないし。できれば、うちがつぶれて欲しいくらいだ」

 それを、跡継ぎが言うのか。

 ミキの言葉に、俺は絶句した。彼は、生まれた時から将来を約束された身だ。それなりの教育も受けてきているはずの。その人間が、自分がこれから背負う予定の組を、つぶれて欲しいと言うなど、俺のような成り上がりには考え付かない。

「……何故?」

「親の命令とはいえ、自分の身体を見も知らない親父に投げ出せる? そんな目に合うくらいなら路頭に迷った方がマシだよ」

「……いつ?」

「来週の日曜日。相手は県警の幹部。ガサ入れと銃刀法違反の捏造の見返りにね。処女の可愛い男の子がお好みなんだとさ」

「変態野郎……っ」

 それは、ミキが投げやりになるのも当然だ。まったく、何を考えているのだ、こいつの親父さんは。

 だが、それがヤクザの世界だといわれれば、納得するしかないだろう。事のためなら、自分の子供も道具に使う。そうでもしなければ、生き残ってはいけない世界だ。

「だから、ね。昨日、貴方にしてもらえて、嬉しかった。孝臣さん、優しいんだもの」

 それは、気持ちは嫌でも、諦めもついていることを物語っていた。

 くすり、と笑って、ミキは黙ってしまった。静かに、カクテルに口をつける。俺も、グラスを傾けた。

 しばらく、俺たちのあいだに沈黙が走る。

 その間、じっと考えていた俺だが、昨日会ったばかりのこの青年と自分の立場を秤にかければ、結論は変えようもない。彼をがっかりさせるのは承知で、答える。

「親父っさんを裏切ることはできない。そうとわかれば、あの人を守って討ち死にする覚悟もつく」

「……反対に、俺を囲ってくれないかな? 貴方の愛人の一人で良い。俺の身の安全を守ってくれたら、殴りこみもガサ入れも、潰してあげる」

「できるのか?」

「今回の計画も、俺の案だからね。逆手にとって叩き潰すくらい、わけない」

 ふふっと笑うその笑みが、実に妖しく、艶かしく、尚且つ恐ろしいくらいに陰謀に満ちていた。自分の実家を潰す結果になるのを、彼はこんな風に笑って言えるのだ。一体どれだけの確執があるのか。想像もつかない。

「ミキは、それで良いのか?」

 自分と自分の家の将来を決めるのだ、そんな簡単で良いのか。俺には判断が付けられない。俺は、彼にとっては昨日出会ったばかりの得体の知れないヤクザ者の一人のはずだ。その相手に、身の安全も将来も、全てを預けることの恐ろしさを、彼が知らないとも思えない。

 だが、俺の問いかけに、彼は簡単に頷いた。

「これで自分の身を滅ぼすことになっても、本望だと思う。……あのね。昨日、助けてもらった時に、貴方に一目惚れしてしまったみたいなの。元々、女の人よりカッコイイ男の人に惚れる傾向があったから、驚くことじゃないんだけど。それで、貴方に抱かれて、確信しちゃって。だから、貴方になら、騙されても良い。貴方を守れる力を俺は持ってるんだから、最大限に使いたいの。……迷惑?」

 自分の気持ちを熱心に訴えて、一瞬で冷静さを取り戻したらしく、最後には自信なさげに俺の顔を覗き込んだ。その目が真剣そのもので、それは、俺の決断を求めていた。

 彼を自分の懐に囲うというのは、俺の身にも当然、危険が迫るということだ。彼を、敵からも味方からも守らなければならない。だからこそ、彼は俺に降りかかる危険を心配して、迷惑かと尋ねたのだ。

 ならば、俺は自分を見つめなおして、結論を出さねばならない。俺は、彼を身を呈して守るほど、彼を思っているのかどうか。

 見つめ直して、と深く考えてみれば、結論は何故か、すぐに出ていた。

「わかった。ミキの身は俺が守る。だが、これから明日の殴りこみの潰し、間に合うのか?」

「大丈夫。根回しは済んでるよ。元々、潰すつもりの計画だったもの。問題は、俺の身の寄せ先だけで」

「……お前、なかなかの策士だな」

「頼もしいでしょ?」

 それはつまり、俺の保護が得られなくてもそうするつもりだったと言うことで。同情した俺はなんなんだ、と思わず頭を抱えた。だが、それはしかし、その作戦事態が俺の組を救ってくれることには間違いなく、利害関係はきっちり一致するのだから、別に問題はない。

「で、何をすれば良い?」

「うん。まずはね……」

 口調だけは幼く、だが、繰り出す作戦は容赦なく、俺は彼と肩を寄せ合い、作戦会議に入る。

 カクテルのグラスで、溶けた氷がカラリと音を立てた。





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