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 翌朝。

 俺は彼と、ホテルの前で別れた。

 1回のつもりが、一晩明かしたことになる。明け方まで、インターバルを置いて3回。最近ではそんな無茶なセックスはしないでいたから、少し腰に来た。歳は取りたくないものだ。

 彼も、さすがにはじめてなだけあって、帰っていく後姿はフラフラだった。送っていくと申し出たが、それだけは何故か必死に断って、一人で帰って行った。まぁ、こんな朝から襲う男もいないだろうが、あの姿は少し、好きモノの男には目の毒だ。

 駅の方へ角を曲がって行く彼を見送って、俺もまた、反対方向へ歩き出した。

 土曜日だというのに、夕方から接待の予定が入っている。平塚では勢力を二分する、竜水会幹部との懇談会だという。まぁ、犬猿の仲とはいえ、このご時世、上っ面だけでも仲良くしておくに限る。

 そんなわけで、俺はどちらの組にも属していないカタギの料亭の一室に、座を置いていた。

 今日の顔ぶれは、俺が末席に当たる、ものすごいものだ。組長、若頭、組頭が何人か、それに、俺だ。相手も、相応の相手が来るものと推察できる。

 やがて、女将に案内されて、向こうの面々が姿を現した。歳のいった威厳の見える男が、組長だろう。その後ろに、やたら細い印象を受ける優男が従って、その後ろを中年から壮年の男どもが顔をそろえる。

 一人だけ浮いた存在になっている優男の顔を見上げて、俺は目を見開いた。彼もまた、驚いた顔でこちらを見つめていた。

 双方が向かい合って腰を落ち着けると、仲居が何人かで手分けをして、膳を運び込んでくる。最後に女将が深く頭を下げて出て行き、ようやく落ち着いた。

「このたびは、お招きに預かり恐悦至極」

「なんの。シマを接する者同士、友好を深めようではありませんか」

 まったく、この期に及んで腹の探りあいだ。こんなところでまで、一触即発にならずとも良いだろうに。

 彼は、向こうの組長の隣に腰を下ろしていた。ということは、おそらくは息子だろう。そういえば、竜水会の跡取りは、組長の2度目の再婚相手の子供だと聞いた事がある。それまで子供に恵まれなかったというから、気の毒といえば気の毒だ。

 それにしても、これはちょっと困った事態だ。知らなかったとはいえ、敵対する組の若に手を出してしまったとは。

 懇談会は、陰険のうちに予定の時間をすごし、予定の時刻に散会となった。料亭の玄関先で、接待役のうちの組が見送りに立ち、相手が少し先に停められた車に乗り込んでいく。

 そのうち、車は一人若者を残して走り去っていった。こちらも、その若者が立ち去るのを待たずに、帰り支度を始める。

「おい、結城。帰るぞ」

「……へい」

 親の車を見送っている彼をしばらく見ていた俺は、声をかけられて振り返った。が、一人だけ残った彼が気になり、もう一度振り返る。

 彼は、何か言いたそうにこちらを見ていた。

「親父っさん」

「おう」

「すんません。このあたりの店回りもしなきゃならないんで、私は残らさせていただきます」

「……そうかい。じゃあ、置いていくぜ」

 ものわかり良く了承してくれるのは、それだけ俺を認めてくれている証拠だ。そういう意味では、申し訳がない。きっと、俺が残る目的は、裏切りに当たる。

 だが、気になるものは仕方がない。

 彼らが帰っていくのを見送って、俺もまた、彼を振り返った。

 二人の距離が、ゆっくりと縮まる。

「若松組の幹部さん、は知ってたけど、ここまで偉い人だったんだ」

「竜水会の若様とは、思いませんでしたよ」

 昨夜とは、立場が逆転した。それは、双方の口調に現れた。

 ところが、俺が敬語を使ったのが、おかしかったのだろう。彼は、ぷっと吹き出した。

「良いよ、敬語使わなくて。タメで話しましょ?」

「良いんですかい?」

「是非、そうして」

 ヤクザの家に生まれたとは思えない、優しい口調で彼はそう言った。そして、俺の右腕を絡めとり、甘えるようにすりよる。

「少し、時間取れる?」

「場所を移動しましょ……しようか」

「若松組の息がかかったところは嫌だよ?」

 思わず敬語を使いかけて、言い直すのに、彼はくすりと笑うと、そんな了解の返事をした。





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